27.よろしく戦友
アルフォンソ様が旅立ってからしばらく経ち、フェラーラ宮廷にはいつもの穏やかで活気ある日々が戻っていた。
執務室では、殿下が机一杯に図面を広げ、新しい大砲の設計に没頭していた。その横で私が休憩の為にお茶を淹れていると、殿下が手を止めて顔を上げた。
「イザベラの嫁ぎ先が決まった。マントヴァのフランチェスコ・ゴンザーガ公だ」
「まあ、いいお話ですわ! フェラーラからも近いですし、行き来もできますわね。お嫁に行かれても、イザベラ様と仲良くなれる機会を作れそうですわ!」
私が思わず手を叩いて喜んでいると、ドカン!と音を立てて執務室の扉が開け放たれた。肩を怒らせて突入してきたのは、当のイザベラ様だった。
「なに喜んでんのよ!? あんなギョロ目の小男と結婚なんて、とんでもないわ! あんた、私のこと馬鹿にしてるんでしょう!? お兄様、この女はこういう奴なのよ! ちょっとばかり綺麗だからって見下して! お兄様、この女を罰してよ!」
「イザベラ、いい加減にしろ」
殿下は深い溜め息をつき、冷ややかな視線を妹に向けた。
「義姉、しかも公子妃に向かって不敬だ。それにフランチェスコ公は良いやつだぞ。軍隊運営に長けている猛者だ。俺は彼を男として、軍人として見込んだからお前を託そうと決めたんだ」
「キィーっ!! この戦争オタク! 許さないわよ!」
憤慨して床を蹴りつけるイザベラ様に、私は目を輝かせて一歩前に出た。
「イザベラ様。マントヴァはとっても裕福な国ですわ。フランチェスコ公はそれこそお金に糸目をつけずに名画を収集していることで有名ですし……あの素晴らしいコレクションを毎日ご覧になれるのよ! 羨ましいこと! そうそう、イザベラ様が発明されたあの素敵なヘッドドレスも、もっと煌びやかなものを作れますわ! 今から楽しみですわね!」
心から「羨ましい!」と目をキラキラさせる私を、イザベラ様は毒気を抜かれたようにまじまじと見つめた。
「……ふん、そんなに羨ましいの? ……仕方ないわね、お兄様、マントヴァに嫁いで差し上げますわ!」
言うだけ言うと、イザベラ様は再び轟音を立てて部屋を去っていった。
「……ふぅ、助かった。ルクレツィア、礼を言う」
「? よく分かりませんけれど、お役に立てたようで何よりですわ」
(ルクレツィア……君というやつは…そういうところだぞ)と心の中で突っ込む殿下の横顔に、アンジェラが声をかけた。
「そう言えば、殿下。もう召し上がりました? 料理人が新しく作ったパン。ルクレツィア様の長く美しい金髪に触発されたそうで、ものすごーく長いのです。食べる部位によって食感が変わって、めっぽう美味しいそうです。コッピア・フェッラレーゼという名をつけたそうですわ」
「いいえ、アンジェラ。 まだ殿下も私も頂いていないの。そんなに美味しいなら、次の晩餐会で出そうかしら?」
「君が作ったモッツァレラチーズの生産も軌道に乗ったんだろう? それも出したらどうだ?」
「良いですわね! ちょうどイザベラ様の婚約披露も兼ねていますし、喜んでいただけると思いますわ!」
「……あいつにそんなに食べさせないでくれ。あれ以上太ったらドレス生地がどれだけあっても足らん。いくら裕福なマントヴァでも傾くぞ」
「あら殿下、失礼ね。それに、大丈夫ですわ。モッツァレラチーズは意外に低脂肪ですから太りませんことよ」
くすくす笑う私に、アンジェラがいたずらっぽく微笑んだ。
「殿下、ルクレツィア様。料理人はもう一つトルタ・リッチョリーナというデザートも発明したんですの」
「「どんな?」」
「あら、お二人で合唱ですか? 仲のおよろしいこと」
「「早く教えろ(て)!」」
息ぴったりの私と殿下に、アンジェラは楽しそうに説明を続けた。
「タルト生地に甘いクリームを乗せて……」
「「それで?」」
「上に縮れさせたパスタを乗せて焼き上げたケーキです。これもルクレツィア様の美しい巻き髪にインスピレーションを受けたとか」
「美味しそう……それもメニューに入れましょう! アンジェラ、早速試食会をするわ! 料理人に準備してもらってちょうだい!」
「君は、本当に皆に愛されているな」
殿下は呆れつつも、どこか嬉しそうに目を細めた。
「イザベラはもう二十五年もフェラーラに住んでいるが、恐れられこそすれ、菓子の一つも献呈されていないぞ」
「まあ、それはいけません! 料理人に頼んで作って貰いましょう? イザベラ様のご結婚祝いになるようなお料理。どんなものが良いでしょう? お肉? お菓子? ……楽しみだわ! ねえ殿下、美味しいものの話をしていたら、お腹が空いてきませんか? このドラジェをお一ついかが?」
私は机の上の小皿から、一つ摘み上げた。
「今、指がインクまみれだ。食べたいが、後にしよう」
「私の指がありますわよ。はい、あーん」
「っ!?……こ、こんなこと……アンナともやったことがないのに……!」
顔を真っ赤にして固まる殿下を見て、私は首をかしげた。
「あら、殿下。お顔が赤い! お熱かしら?」
心配になって、私は自分の額を、殿下の額にピタリと押し当てた。
「っ! そういうところだぞ! ルクレツィア、熱はない! 大丈夫だから離れろ!」
「ルクレツィア様、戻りました……って、私、お邪魔でしたかしら?」
試食の準備から戻ってきたアンジェラが、目を丸くして私たちを見つめている。
「アンジェラ、お帰りなさい。? 邪魔なんかじゃないわよ?」
「アンジェラ、勘違いするな! ルクレツィアはただ、俺の体調を気遣ってくれただけだ!」
「……ふーん、左様ですか……殿下、もしかして……惚れました?」
「アンジェラ、何言ってるの? 殿下と私はれっきとした『戦友』なのよ? 殿下に失礼だわ、控えなさい」
「……そうだ、戦友だ……アンジェラ、変なことを言うんじゃない……」
真っ赤になって咳払いをする殿下。アンジェラは黙り込んだものの、実に妙な顔で私たちを交互に見つめていた。
「あっ、忘れるところでしたわ!ルクレツィア様。アルフォンソ様からのお手紙をお預かりしてきました」
「まあ、アルフォンソ様から!? 殿下、一緒に読みましょう?」
「ほう、惚気るつもりか?」
「いいえ、もう私たちはそのような関係ではございませんわ。えーと、アルフォンソ様はその後…ローマに戻って……神職に復帰!?まあ!結婚当時、父から既に、世俗枢機卿に秘密任命されていたんですって!知らなかったわ」
「ほう…。義父上は、君と結婚した彼をよほど大切に思っていたんだな」
「ええ、ありがたいことですわ。今でも、父の愛が私たちを守ってくれているのですね」
「枢機卿とフェラーラ公子妃なら、公の場で堂々と会えるな。彼が言っていた『別の形』とはこういうことだったのだな」
「そうですわね、殿下。胸を張ってお会いできるよう精進して参りますわ!」
「頼むぞ、戦友!」
私と殿下は、清々しい顔で見つめ合い、がっしりと手を握り合った。
まさにその時――!
「公子殿下、公子妃殿下! 急報です! ヴェネチアがまた宣戦布告してきました!」
侍従が血相を変えて飛び込んできた。しかし、私と殿下の顔に悲壮感はない。
「そうか! 迎え撃つぞ! ルクレツィア、また留守にするが、国内のことを任せて良いか?」
「ええ、お任せください、戦友の殿下! 民を守るどころか、お帰りになる頃には更に国を発展させておきますわ。驚かれませんように!」
「ハハッ! 頼もしいな! では行ってくる!」
「行ってらっしゃいませ、ご武運を!」
甲冑を纏い出陣していく殿下の背中を見送りながら、私はフェラーラの青空を見上げた。
波乱に満ちた過去も、失った初恋も、全てが今の私を作っている。
私はもう、誰かに守られるだけの儚い姫ではない。この国を支え、民を愛し、戦友とともに歩むフェラーラ公子妃ルクレツィア・ボルジアだ。
さあ、私たちの明るい未来の幕開けだ!
いつも本作をお読みいただき、本当にありがとうございます!
皆様の温かい応援のおかげで、本編を無事に完結することができました。
ここで、本作を追いかけてくださっている読者の皆様へお知らせです。
別作品として少しずつ投稿を進めていた続編『ボルジアの毒婦、フェラーラの守護女神となる 〜教皇国の威圧と嵐の絆〜』ですが、皆様がページを移動することなく、このまま一気読みできるように、10月6日よりこの作品ページへ統合することにいたしました!
◆ 続編の見どころ
ここからは、宿敵となるジュリアーノ教皇との一筋縄ではいかない政治劇、そして殿下とルクレツィアの二人が陰謀や戦争を乗り越え、ジレジレしながらも絆を深めていく大河群像劇が開幕します!
◆ 今後の更新スケジュール
本日、投稿済みの続編、第1話〜第13話を一気に公開いたします!
その後は、毎日21:00頃に1話ずつ更新していきます。全20話前後になる予定で、現在18話まで執筆済みです。
文字数もまもなく大台の10万字を突破し、さらに読み応えのある物語へとパワーアップしていきますので、ぜひ二人の激動の行く末を、引き続き見守っていただけると嬉しいです!
※なお、別ページで公開していた続編は、こちらの統合に伴い後日、非公開とさせていただきます。ご了承ください




