26.解けた呪い
フェラーラの穏やかな陽光が差し込む中庭で、私は届いたばかりの手紙を何度も読み返していた。胸の奥が、じんわりと温かくなっていく。
「アンジェラ、サンシアお義姉様からお手紙いただいたわ。お兄様のこと」
「チェーザレ様……?」
控えていたアンジェラが、分かりやすく眉をひそめた。お兄様の名前を聞くだけで身構えてしまうのは、昔からの彼女の癖だ。私はくすりと笑って手紙を広げた。
「そんな嫌そうな顔しないで。なんでも、お兄様の乱心が突然終わって、人が変わったように面白くなったんですって。でも、お兄様は元から面白かったわよね?」
「いいえ! あれはルクレツィア様限定ですよ! 私たちはどんなに怖い思いをしたことか……!」
「そうなの? でも、いつも怒っている訳じゃなかったでしょう?」
「いいえ! あの方はルクレツィア様以外の全てに怒っていらっしゃいました! あの頃は本当に怖かったんですから……」
「じゃあ、サンシアお義姉様も怖がってたの?」
「いいえ! サンシア様は涼しい顔で面白がっていらっしゃいましたね。あの当時も『嫌いじゃないわ』なんて仰っていましたし……そう考えると、チェーザレ様とサンシア様はお似合いのご夫婦かもしれません。……あれ?」
アンジェラが何かを思い出したように、首を傾げた。
「どうしたの?」
「覚えていらっしゃいますか? サンシア様の『恋愛講座』!」
「ああ、『狩り』がどうとかって言っていた……せっかくの教えなのに、未だに私、意味が分からないの」
「……そうですよね、ルクレツィア様はそれでよろしいんです。……サンシア様、やっと『狩り』に成功されたのかな、と思いまして。それで、お手紙には他に何か書いていらっしゃいますか?」
「お兄様はすっかり体力を取り戻したそうよ。それと、毎日ではないけれどお義姉様が通ってくださって……お二人で一日中お話しされるんですって。お兄様って、そんなにお喋りじゃなかったのにね」
「それはサンシア様の力量ですよ、絶対」
「そうね。あの当時も、私とアンジェラと三人で話している時は本当に楽しかったもの。……あ、それからお兄様が私のことを話すとき、『愛しい』とか『可愛い』とかの枕詞がつかなくなったんですってよ。あら?『先日もあなたが可笑しくって、二人でお腹を抱えて笑いました』って……?」
「ああ、それは……」
アンジェラは笑いを堪えるような、妙な顔をしている。
「なに? なによアンジェラ、教えなさいな」
「いえ! それで、他には?」
「お兄様は、もし監獄を出られたらどうやってお義姉様と暮らそうか、ってご相談されたそうよ。何をするかは、まだお二人で相談中ですって」
私の顔をじっと見つめていたアンジェラが、とても優しく微笑んだ。
「ルクレツィア様。……おそらくですが、やっと『ボルジアの呪い』から逃げ切れたのでは? 多分、チェーザレ様ご自身も、その呪いに囚われて苦しんでいらしたのでしょう。それを、サンシア様が救ってくださったのですわ」
かつて私を縛りつけ、世界を敵に回してまで執着していたお兄様の「狂おしい愛」が、今ではただの「可笑しな妹の思い出話」に変わったのだと、私にも分かった。
青空を見上げると、爽やかな風が私の髪を優しく揺らした。
お兄様も、私も、もうローマの暗い日陰にはいない。
「やはり、アンジェラもそう思う?――私達四人とも、ようやく幸せになれる気がするわ!」




