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24.告発の行方

『あなたは すっごく きれいな人


ぼくは みすぼらしい 男だけど


ボルジアの お姫さまを みつめてる


あなたの 父さまは えらい 教皇さま


ぼくは どろんこ まみれの 兵士


手紙を かこうとしたけれど


かき方が いまいち わからない


あかい バラを あげたいな


でも トゲが いたくて 刺さったよ


あなたの ドレスは すてきだな


ぼくの 服は ぼろぼろさ


どうか ぼくを わすれないで


たまには こっちを みておくれ


愛してると いいたいけれど


恥ずかしくて いえないよ』


場内に妙な空気が漂い始める中、イザベラお義姉様は迷いもせず二通目を広げた。


「もう一通!


『あなたの瞳は、きらきら光る


私の心は、ドキドキ高鳴る


庭に咲いた、綺麗なカエル


あなたにこの愛を、全部あげる


私はあなたを、絶対に離さない


だってあなたは、私のものだから』


以上です! 特に二通目は意味が分かりません! これは間違いなく、ボルジアの恐ろしい暗号文ですわ! ルクレツィア、どの機密を流したのか正直に白状しなさい!」


ざわざわ……ざわざわ……。


貴族たちが顔を見合わせ、困惑の声を漏らし始める。


(え……? 私、そんな変な詩、まったく知らないのだけど……)


あまりの突飛さに、思わず声が漏れた。


「……あの、イザベラお義姉様……」


「ルクレツィア、君は話さなくていい」


殿下が私を制し、深く重い、深海のような溜め息をついた。


「お兄様! この期に及んでその女を庇うのですか!? いくら公子と言えども、国家反逆罪に問われかねません! 皆様、どう思われますか! どうぞ、この毒婦に厳罰を!」


「……イザベラ。証拠はこれで全部か?」


「はい、お兄様! 揺るがぬ証拠が二つもあります! その女を庇うのも大概になさいませ!」


「……はぁぁぁ……」


殿下は頭を抱え、痛々しいほど大きな溜め息を吐き出した。


「イザベラ……まず、その二つの詩だがな。……それは二つとも、俺が書いたものだ」


「……えっ!?」


イザベラお義姉様が凍りつく。


「遅まきながら詩を学ぼうと思ってな、アロンゾに添削してもらうための『習作』だ。……お前、これをどこで手に入れた? アロンゾには外部に漏れないよう厳命してあったのだが……はぁ……お前のおかげで、俺の文才の無さが国中に広まったな……」


「え、ええっ!? お兄様の習作……!? で、でも、筆跡が……!」


「だからな! 下手なのは自分でもよく分かっている! だからこそ、万一アロンゾがどこかに落とすなどして人の目に触れたら困るだろう!? 一国の公子がこれほど文才が無いなどと知られたら、権威も何もあったものじゃない! だから手近にあったルクレツィアの文字を真似て書いたんだ! ……ああ、もう恥ずかしい! 恥辱の極みだ! 許さんぞ、イザベラ!……それと、密会の件だが」


崩れ落ちそうになっている殿下の横から、アンジェラがすっと前に出た。


「殿下、発言をお許しいただけますでしょうか?」


「侍女アンジェラか。許す。話せ」


「畏まりました。……先ほど証人の方が見られたと仰った『金髪で肌の白い女性』ですが……それはおそらく、私でございます」


アンジェラは優雅に歩み寄り、町民の男を見下ろした。


「あなた、間近で見られたのなら、目の色も覚えているでしょう? どうでしたかしら?」


「……えっと……青です! 突き抜けるような、澄み切った空の色でした!」


「……では、私の目と、公子妃殿下の目をよくご覧になってちょうだい」


男がまじまじと二人を見比べ、ハッと息をのんだ。


「あっ……!! ち、違う……!」


「そうでしょう? ルクレツィア様の瞳はとても不思議なのよ。光の加減でコロコロと輝きが変わり、色も蜂蜜色や緑がかって見えるの。だから、あなたが『空の色』と一色だけで断言するのは絶対におかしいわ。それに……私たちをご覧なさいな。従姉妹同士だけあって、髪色も肌の色も顔立ちもよく似ているでしょう? ローマにおりました頃は『双子のようだ』とよく言われたものですわ。ねえ、ルクレツィア様?」


「え?…ええ、本当にそうだったわね」


「証人の方、いかがかしら? あなたが三年前に見かけたのは、本当にルクレツィア様?」


「い、いいえ! 違います! ……た、たぶん、あなた様です……!」


「そうね。実際、私ですもの」


イザベラお義姉様が顔を真っ青にして叫んだ。


「っ! で、でも! 会っていたのがアンジェラだったとしてもよ!? それは何故!? その女との橋渡し役でしょう!? そうに違いないわ!」


「はぁ……殿下、引き続き発言しても? 私にとっても恥になることですから言いたくありませんけれど……」


「話せ」


「畏まりました、殿下。……アロンゾ様が宮廷に初めてお越しになったとき、私も侍女として同席しておりました。皆様が詩を絶賛しておられる中、私はアロンゾ様の甘い声にすっかり骨抜きにされたのです。そこで……口説きに行きましたの。正直、自信満々でしたわ。ルクレツィア様とそっくりな美貌を持つ私に口説かれて、靡かない殿方なんて今までおりませんでしたから。……ですが、見事に振られましたの」


ざわ……! と大謁見室がどよめく。


「諦めきれなくて、長い時間をかけて何度も口説いたのですが……『僕には真実の愛の相手がいる』だの、『君は僕の愛の詩のミューズにはなれない』だの……もう、大屈辱でしたわ!」


貴族たちが口々に囁き合い始めた。


「アンジェラ殿に口説かれるなんて、なんと羨ましい……!」

「あんな美女に見つめられて靡かない男がいるなどと……信じられん!」


「……イザベラ様、もうよろしいでしょうか? 私、こんな恥を晒してしまって……これからどうやって生きていけばいいのか……」


そう言って肩を震わせ俯くアンジェラ。


(アンジェラ……! 私を助けるために、そんな嘘までついて……ありがとう……!)


「……イザベラ。そういうことだそうだ。これ以上詮議することもないと思うが……他にあるか?」


「っ! あ、あります! アロンゾを私が召し抱えたいと申し上げたとき、お兄様は『ルクレツィアの心の支えにしてやりたいから駄目だ』と仰った! その女にねだられたのでしょう!? それこそが心を移した証拠です!」


「イザベラ様、それは――」


アルフォンソ様が庇おうと前に出かけると、殿下がそれを手で制した。


「いい。アロンゾ、お前から言うと角が立つ。俺から話す。……それはな、イザベラ。アロンゾにお前が『断られた』んだ。お前の元では詩のインスピレーションが沸かないそうだ。お前、同じ理由で他の芸術家からも数多く断られているだろう? 兄としてお前を哀れに思って、理由をぼかしてやったんだ! 他にはあるか!?」


貴族たちがざわめく。

「アンジェラ殿がミューズになれないんだ、イザベラ様がなれる訳…」「しっ!聞こえたらイザベラ様に粛清されるぞ!」


「っ!……い、今は……ありません……! でもっ! その女は絶対……!」


「見苦しいぞ、イザベラ! 控えろ! 勘違いとはいえ、我が妻を貶めようとした罪、許せん! 追って沙汰を出す、謹慎していろ!」


怒号を飛ばす殿下の前に、私はそっと進み出た。


「殿下、発言をお許しください」


「ルクレツィア、どうした? ……妹が酷いことを言って悪かった。代わって俺が謝る。あいつに言ってやりたいことがあれば、何でもいい、言ってやれ。 俺が許す」


「イザベラ様には、悪気はなかったと思うのです。ひとえに国を想う心から告発されたのでしょう。……それに、今から思えば、私にも反省すべき点がございます」


「反省……?」


「私、イザベラ様をずっと『お義姉様』とお呼びしていました。たった二つですけれど、私より年上でいらっしゃるから尊敬を込めてそうお呼びしてきたのですが……それが、いけなかったのですわ。関係性を正しく言えば、殿下の妹君ですから、イザベラ様は『義妹』ですものね。 仲良くして頂きたくて敬っていたつもりでしたが、かえって私がよそよそしく距離を取ったように感じられ、腹に据えかねたのでしょう。元はと言えば、私が配慮に欠けていたのが悪いのです。 イザベラ様、今まで申し訳ないことをいたしましたわ。お詫びします。水に流していただき、これからは仲良くして頂けると嬉しいわ。 ですから、殿下。そんなにお怒りにならないでお許しください。お可愛らしい妹君ではありませんか」


私はにっこり微笑んだ。いつものことだ、こうやって笑えば大抵のことが上手くいく。ほら、みんなの顔が解けてふやけて笑顔になっていく……ツキン...!不意に胸に痛みが走った。


(もしかして、私がこうやって微笑む度に、お兄様が壊れていったのかしら…)


そう思ったところで頬の強張りを感じる。私、うまく笑えているかしら?何でも無いように笑いさえすれば、この場は丸く収まるのだ。お願い、私の頬、固まらないで。


誰かに助けてほしくて、殿下に顔を向ける。いつも通り頼もしい瞳。


イザベラお義姉…イザベラ様は顔を真っ赤にし、プルプルと震えながら唇を噛み締めている。


あれ?私、どうしたら良いんだろう?イザベラ様の表情を見た瞬間、分からなくなった。殿下の声が頭の中でぼんやり反響する。


「……コホン。ルクレツィアの気持ちはよく分かった。しかし、国中の貴族を集めて騒ぎを起こしたのは事実だ。イザベラ、しばらく謹慎していろ。追って沙汰を下す」


こうして、私を陥れるはずだった大騒動は、殿下の文才のなさ露呈とアンジェラのモテ自慢で、人知れぬ私の胸の痛みを残してあっけなく幕を閉じたのだった。

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