23.告発
お兄様の破滅を知り、一晩中泣き明かした翌朝のことだった。
腫れ上がった目を冷やしていた私のもとへ、殿下から至急の呼び出しがかかった。
指定された執務室へ向かうと、そこには殿下だけでなく、詩人アロンゾも立ち尽くしていた。二人とも、見ているこちらが不安になるほど顔色が悪い。
「義兄上のことで大変なときに呼び出して悪いが、不穏な動きがある」
「ルクレツィア様……大変申し訳ありません。僕の手紙が盗まれたのです。殿下、申し訳ございません! 管理は徹底していたはずなのですが……」
「いや、アロンゾ。これは宮廷内のことだ。俺の管理不行き届きでもある。それよりも今後の対策だ。盗まれたのは何通だ? 怪しい人間に心当たりはないか?」
「二通です、殿下。直近に頂いて、まだ開封していない二通を盗まれました。返事を書き終えたものとは別に保管していたのですが……」
二人が痛恨の表情を浮かべていたその時、慌ただしく侍従が部屋へ駆け込んできた。
「殿下! イザベラ公女がお呼びです! 至急、大謁見室にお越しいただきたいとのこと。公子妃殿下とアロンゾ殿もご一緒いただきたいと強く望んでおられます!」
殿下の瞳が、悟ったように光った。
「……なるほど。犯人が分かったな。よし、行こう。どういうつもりか知らんが、正面から受けて立ってやる。ルクレツィア、まだ身体が辛いだろう。できる限り俺達が守るから心配するな」
大謁見室の重厚な扉が開くと、そこには溢れんばかりに国中の貴族たちが詰めかけていた。
中央で扇子を誇らしげに掲げ、胸を張っているのは殿下の妹、イザベラお義姉様だった。
「お兄様! お待ちしておりましたわ! 本日、このフェラーラ国の根幹を揺るがす重大な告発を致したく、お呼び立てしたことをお詫び申し上げます!」
「告発だと? イザベラ、それで国中の貴族を集めたのか?」
「はい、お兄様! 我が国の誇りと正義に関わる一大事ゆえ、僭越ながら私が全員を招集いたしました!」
「そうか。では、始めろ」
冷淡な殿下の促しに、イザベラお義姉様は待ってましたとばかりに貴族たちに向き直り、私を指差した。
「皆様! 私は本日、ルクレツィアを告発いたします! この女は公子妃という身分にありながら、あろうことか夫を裏切り、不倫に身を投じております! そればかりか、国の重大な機密を盗み取り、不倫相手を通じて、あの悪名高きチェーザレ・ボルジアに流していたのです! ボルジアの威光が恐ろしく、今まで告発を躊躇っておりましたが……もう看過できません! お兄様、皆様、ルクレツィアは我が国を蝕む毒婦です! どうか厳罰に処すようお願い申し上げます!」
ざわっ……! と謁見室全体に激しい動揺が走る。
(アルフォンソ様とのことが、ついにバレてしまった!? ……ああ、ここまでかしら。もう、お兄様も私を助けてはくださらない……。アルフォンソ様、ごめんなさい。あなたを守りきれなかったわ……!)
絶望で眩暈がしそうになる私をよそに、殿下は至極落ち着いた声で尋ねた。
「……そうか。それで? イザベラ、その不倫の相手とは誰だ?」
「詩人アロンゾですわ!」
(…ああ…やはり…)
イザベラお義姉様の鼻の穴が興奮で大きく膨らむ。
「……ほう。証拠はあるのか?」
「一つ! 詩人アロンゾが宮廷に招聘される前、市井にて居を構えていた折のことにございます!」
(通っていたのがバレた!? あんなに変装して、注意していたのに……!)
「その女がアロンゾの家に入り、不自然なほど長時間滞在しているのを我が配下が確認しております! 当時アロンゾは召使いを雇っておらず、完全に一人暮らし! 男女が二人きりで閉じこもり、一体何をしていたことやら……! 不潔ですわ!」
「……ほう。証人はいるのか?」
「もちろんですわ、お兄様! 証人、これへ!」
イザベラお義姉様の手招きで、身なりの良い町民の男が進み出てひざまずいた。
「はい、イザベラ様。私はアロンゾ様の旧宅の向かいに住んでおります。私は確かに、ルクレツィア公子妃殿下がお一人でアロンゾ様の家に入るのを見ました。見事な金髪と、抜けるように白い肌。フェラーラ国民であれば、ルクレツィア様を見間違うはずがございません!」
(え……? 一人……?会う時は必ずアンジェラも同行していたわ…どういうこと?)
首を傾げる私を横目に、殿下が淡々と問いただす。
「そうか。それはいつだ? 服装はどうだった?」
「ちょうど三年経たないくらいだと思います。ルクレツィア様が街を視察されている噂が広まり、お忍びで来られていないかと街中みんなが目を凝らしておりました。そんな折、私の目の前を颯爽と歩いておられたのでびっくりしてしまい……ずっと目で追っておりましたら、アロンゾ様のお宅へ入っていかれたのです。服装は真っ黒のマントで、フードを深く被っておられました」
「フードを被っていたなら、髪の色や顔など見えないのではないか?」
「だって、目の前、すぐそこを歩いておられたのですよ!? 触れそうなほど近くでしたし、それに家に入ってドアを閉める直前、フードを脱がれたのです! それで黄金の髪とお顔がはっきりと見えました!」
「ふむ。筋は通っているな。おかしな点はない」
「そうでしょう、お兄様! それともう一つ! 言い逃れのできない決定的な証拠がここにございます!」
「何だ?」
「恋文です! しかも二通!」
(……ああ、本当に終わったわ。私は自業自得だから諦めもつくけれど、アルフォンソ様だけでも助ける方策はないかしら……)
「現物があるのか。……読み上げろ」
「はい、お兄様! 皆様、とくとお聞きください!」
イザベラお義姉様は誇らしげに胸を張り、手紙を大声で朗読し始めた。




