19.誓い
それから程なくして、殿下は詩人アロンゾを王宮へと正式に召喚した。表向きの理由は、彼とパトロン契約を結ぶためだ。
これによって、彼は今後宮廷の一角に住まうことになる。市井の隠れ家に身を潜めていた頃に比べれば、格段に安全度は高まる。本当にありがたいことだわ。
「俺がアロンゾのパトロンになる。君は表に出るな。理由は……そうだな、俺の愛妻の君への賛美、俺たち夫婦の睦まじさとフェラーラの強さや素晴らしさを讃える詩を作らせ、世界中に喧伝することに決めた、というのはどうだ? これなら、今まで芸術に全く興味の無かった俺が、政治的理由で詩人を雇うのだと皆納得するだろう」
「彼に求めるお仕事はそれだけですの? 通常、宮廷詩人は敵国のスパイや、雇い主の秘密秘書も兼ねるのでは……?」
「それをさせると、それこそアロンゾが危険だぞ。政敵や敵国、それもチェーザレ殿に狙われるかもしれない。ナポリの元王子には物足りない仕事だろうが、これくらい気楽な仕事のほうが安全だ」
「何から何までご配慮くださり、お礼申し上げます、殿下。このご恩は、一生かけてお返し致しますわ」
「頼もしいことだ。よろしく頼むぞ」
そう言って胸を張る殿下に、私は深々と頭を下げた。すると殿下は楽しげに目を細め、言葉を続けた。
「君とアロンゾが会えるのは週に一度。その場で新作を俺と君に披露し、合格ならば市井に流す、という建前だ。俺は……まあ、仕事の都合で立ち会えないことも多いだろう。その時は君一人で対応してくれ。立ち会わせる侍従は君が選べば良い」
「……殿下? それって……」
「せっかく再会できたんだ。今はこの幸運を享受しておけ」
「……」
あまりの太っ腹な計らいに、私は口をぽかんと開けて固まってしまった。
「ハハハッ! 何だルクレツィア、最初の夜の、あの凛とした口が達者な君はどこへ行った? 呆けている暇はないぞ。敵はそこかしこにいる。気を引き締めていけ」
「は、はい、殿下!」
(そうよ、殿下の仰るとおりだわ。獅子身中の虫とも言うじゃない。せっかく頂いたチャンスをむざむざ無駄にしてたまるもんですか! 負けないわよ!)
そして間もなく、執務室で公式の対面が行われた。
「公子殿下、公子妃殿下。この度は私をお雇いいただき、誠にありがとうございます。不肖アロンゾ、世にフェラーラの素晴らしさを広めるため、励んで参ります」
「うん、頼むぞ。それとな、俺は詩というものがよく分からんが、これを機に学ぶつもりだ。面会時に自作の詩を渡すから、添削を頼みたい。俺が欠席の場合は、妃に手紙を託す」
「畏まりました、殿下」
「ああ、念のため言っておくが、俺の下手な詩が世に広まっては困る。俺の評価が下がるからな。しっかり封印して、内容が外に漏れないようにしてくれ」
((えっ……それって……!?))
「何だ、ルクレツィア。アロンゾまで呆けた顔をして。俺が詩を学ぶのがそんなに意外なのか?」
私たちの動揺を見透かしたように、殿下はニヤリと口元を歪めた。
「「いえ、そんなことは……!」」
「では決まりだ。アロンゾ、まず今日のところは妃の美しさを讃える詩を作れ。まだ彼女の性格を知らないだろうから、二人でよく話し合って彼女の美点を見つけ出しておけ」
「はっ! 畏まりました」
「俺は軍の視察に行く。ルクレツィア、後は頼んだぞ」
バタンと重い扉が閉まり、殿下が出ていく。
(殿下……本気なの? でも甘えすぎてはいけないわ。調子に乗れば、絶対にボロが出る。そうなれば殿下も良い気持ちはしないだろうし……私たちが生き残るのが最優先よ。そのためには……)
こうして、私たちの新しい関係が始まった。
週に一度、必ず公式の場で面会する。
口にする言葉は、万が一公式記録に残っても何一つ支障のない事柄だけ。
そして別れの瞬間、殿下の「拙い詩」をやり取りするフリをして、秘かに手紙を交わす――それだけ。
もう二度と触れ合わない。二人で固くそう決めた。
正直に言えば、抱きしめたい、抱きしめられたいという激情に押し潰されそうになるときもある。でも、決して一線を越えない。
生きている。
直に顔を合わせることができる。
言葉を交わすことができる。
それだけで充分だ。
燃え上がる恋心は胸の奥だけに深く秘めて。けれど、私たちの心は確かに繋がっている。
全てが満たされる訳じゃない。けれど、このささやかで尊い平穏をありがたく享受しよう。
――そして何より、フェラーラと、大切な戦友である殿下のために!




