幕間:小姑イザベラの苛立ち
悔しい! 悔しすぎるわ! 何なのよあのボルジア女!
そりゃあ嫁ぐ前から噂には聞いていたわよ。「絶世の美女」だって。でも、城の者も国中の民もこぞって「天使だー!」なんて真顔で言うとは思わないじゃない!?
それにあの芸術論議! 無学な我儘娘のはずじゃなかったの!? なんで詩や絵画の歴史まで事細かに知っているのよ!
私が苦労して招聘したダ・ヴィンチもミケランジェロも、いつの間にかあの女のサロンに入り浸ってるし!どうせあの女が色仕掛けで奪ったのよ!
おまけにスラム街の貧民のところへ自分から出向いて慈善活動ですって!?貴族としての自覚がないのかしら!尊き者が平民と同じ目線で語り合うなんて言語道断よ!頭おかしいんじゃない!?
もっと許せないのはお兄様よ! 戦争オタクだったはずのお兄様が、ルクレツィアのために城へ詩人を招待するですって!? 「ボルジアの毒婦など嫌いだ」って吐き捨てていたじゃない!この嘘つき!なにかっこつけて仲良くしてんのよ!
……はぁーっ、このままじゃ腹の虫が収まらないわ。
そうだわ! 新しく仕立てたばかりの衣装を見せびらかしてやりましょう!
聞けばあの女、慈善事業にばかりお金をかけて、嫁いできてから衣装の一枚も仕立てていないそうじゃない。さぞや惨めで悔しがるでしょうね、クフフ。
――あ、噂をすれば来たわ!
「あら、お義姉様、ごきげんよう」
「……」
(ふん! 挨拶なんか返してやるもんですか!)
「まあ、お義姉様、とても素敵なお衣装ですね! この襟ぐりの形は……ミラノかしら? スクエアネックが最先端ですわね。それに、この布地! 素晴らしいわ、ベルベットに贅沢な金糸が縫い込まれているのですね。とても豪華で、お義姉様にとてもよくお似合いですわ!」
ルクレツィアの瞳がキラキラと純粋な感動で輝いている。
「……っ!?」
(え? ミラノの最新流行を知ってるの……!? それに、本気で褒めてるの……!? 何故悔しがらないのよ!? 普通『私の方がいいものを持っていますわ』って張り合って悔しがるところでしょ!?)
私が動揺で固まっていると、ルクレツィアはにっこりと微笑んだ。
「……ではお義姉様。失礼致しますわ。ごきげんよう」
立ち去っていく彼女の背中を見送りながら、少し離れた場所で侍女のアンジェラとルクレツィアの会話が聞こえてきた。
「ねえアンジェラ。お義姉様は今日も声をかけてくださらなかったわね。……喉の調子がずっとお悪いのかしら。心配だわ、喉にいい蜂蜜をお送りしておいてちょうだい。でも、あの衣装、本当に素敵だったわね! 慈善事業が一段落ついたら、私もあんな衣装を仕立ててみたいわ。そうしたら、お義姉様とお揃いね! あ……先ほど衣装を間近で見せてくださったのは、『お揃いにしましょう』っていうお誘いかしら!? きっとそうね! あぁ、楽しみだわ!」
「……そうですわね……」
(ルクレツィア様、天然すぎるわよ! イザベラ様とのお揃いは絶対駄目ですって! 喉の調子が悪い? いやいやルクレツィア様、向こうでイザベラ様がキーッて地だんだ踏んで怒鳴ってますよ。絶対聞こえてますよね!? ここがローマなら、イザベラ様の悪口でも何でも腹割って話せるのに……あーもどかしい!)
あー苛つく! なんでルクレツィアは悔しがらないのかしら!?
もっとあいつの度肝を抜くようなものはないかしら。……無いわね! しょうがない、私の類まれなる美的センスを総動員して、まったく新しいファッションを作るのよ!
ヘッドドレスなんてどうかしら?
あいつの自慢の金髪をすっぽり覆い隠してしまうような、真ん丸で巨大な帽子! そこに惜しげもなく宝石を散りばめて……素敵じゃない! 私ってやっぱり天才だわ! 早速デザインを起こして試作にかからなきゃ!
没頭して作業していると、部屋の扉が無造作に開いた。
「……イザベラ」
「あら、なーにお兄様?」
「お前、また無駄遣いしたな?」
「そんなんじゃないわ! これは新しいファッションの開拓よ! 見て、新作のヘッドドレス。素敵でしょう? これを国中に流行らせるのよ!」
「馬鹿か、お前。流行ったところで国の事業でもなし、何の利益も生まれんじゃないか。ルクレツィアを見てみろ。嫁いできてから一枚の衣装も仕立てずに政策に取り組んでくれている。お前も少しぐらい国に貢献したらどうだ?」
「……っ! で、でも! これが流行ればフェラーラの文化的価値が上がるし、外交交渉にも役立つわ! 何事にもマウントを取らないと負けるのよ!負けちゃ駄目でしょ!?」
「……はぁ。そうだな、お前の交渉術はそうだ。……それはそうと、お前がそのヘッドドレス?とやらを被ると、ド派手なマッシュルームに見えるぞ。細身のルクレツィアなら映えるかもしれんがな」
……っくーーーーっ!! 悔しいーーーっ!!
なんであんな戦争バカのお説教を聞かなきゃいけないのよ!
いいわ、お父様に言いつけてやるんだから!
「お父様ーッ!」
「何だ、可愛い大玉むす……め?」
私を見るなり、お父様は言葉を詰まらせ、呆然と固まった。
「どうしたの、お父様?」
「いや……大玉が『巨大玉』に進化したんだな。それにその新しい衣装は……煌めくマッシュルームの幻覚が……。イザベラ、すまんがわしは少し疲れているようだ。話はまたの機会でよいか?」
「駄目よ、お父様! ちゃんと聞いて! お兄様がルクレツィアを見習えってお説教するのよ! 私はフェラーラがファッションで世界を席巻するために頑張ってるのに!」
「ああ、ルクレツィアか。あの子はいい子だな。初めはボルジアの毒婦なんて言うから構えたが、愛嬌はあるし話は面白いし、良い政策を提案してくれる。何よりあの笑顔がだな……」
それから延々と続く、お父様のルクレツィア絶賛タイム。
(なんなのよーっ!! お兄様だけじゃなくて、お父様まであの女狐に騙されて! もう我慢できないわ。絶対にあの女をフェラーラから追い出してやる! 見てなさいよ、ルクレツィア!!)




