【神】と呼ばれる声の主
凛として涼しげな声の主が告げる。
「この渡るやり直しの人生。
余がやり直しの記憶を残したのは、高嶋華子と氏郷兄妹。
そして、葛西美穂子の三人だけじゃ。
華子と美穂子には反省を促す為。
氏郷には見守らせる為。
華子は反省して己を変えた。
美穂子は変えられなんだ。反省なき人生を幾度も歩んだ。
やり直しの人生など、余は二度と選ぶまい。
産まれ変えさせるのが、一番。
それが一番、別の人生を歩ませさせることが出来ると知った。
余は二度と同じことを行うまいぞ。」
葛西美穂子だけが、声の主の傍に留め置かれた。
時が過ぎても留め置かれたままだった。
日本という国の元号が変わっても、何処にも生まれることは叶わず、時を遡り愛する男性に会うことも叶わなかった。
声の主が言う。
「其方が己の心だけではなく、周囲の人の心を、その動きを見ることが出来ねばな
るまいのう。
そのことを心から大切だと、其方が思う日がやって来たならば………。
ここではない場所へ行くことが出来よう程に……。」
その言葉をただ聞いているだけの美穂子だった。
◇◇◇◇
美穂子に関わった者は鬼籍に入った。一人残らず……。
【神】と呼ばれる声の主に、話し掛ける者が居た。
「主よ。」
「如何した?」
「あの者に関わる人間は全て人生を終えました。」
「そうか………。」
「主よ。
あの者だけ、何故に留め置かれます?
あの者をあのように変えたのは中条昭ではございませんか。
その中条昭は留め置かれぬのでございますか?」
「中条昭は愚かであった。
其方が言うように葛西美穂子を惑わした。
だかな、人の命を取ろうとはせなんだ。
人の命を取ろうと考えた美穂子とは違うのじゃ。
余が美穂子を留め置くのは、殺めようと言う気持ちになったことじゃ。
そして、それを計画したことじゃ。
昭は阻止した。
故に留め置かなんだ。
ただ…………昭には償わせねばなるまい。
昭には妻から捨てれ、娘からも離れられてしまう寂しい人生を送らせた。
それでも、息子だけとは交流を許した。」
「左様でございましたか。」
「中井良太にも罪はある。
最後の人生に於いて罪を犯した。
中井良太は命の灯を二つも消した。
だか、その罪は現世で償わせておる。
中井良太には子を育てさせぬ。
幾ら望んでも、失う人生を歩ませる。
たった一人の我が子を失わせる。」
「それは………主よ、それは子が哀れでございます。」
「子の命を奪いはせぬ。
その子を他の者に委ねるしかない人生なのじゃ。」
「委ねる?……と申されましたが………。」
「そうじゃ、人工授精で、良太の子両親が別に居る。」
「では………それは、取り違いでございますか?」
「そうじゃ、但し良太夫婦には子は無い。
受精卵の取り違い…じゃ。
そして、良太夫婦の受精卵は着床せぬ。永遠に………。」
「主よ、それは………。
大切に育てた子が、自分の子ではないということを既に経験しております。
それでも、その苦しみをお与えになられるのでございますか?」
「その子を中井良太は殺めたのじゃ。
故に罰を与えた。」
「それは………妻には罪はございませぬ。」
「厳しいか?」
「はい……私にはそのように………。」
「妻は……子を育てられる身体と思うか?」
「いえ………それは…………。」
「あの者は弱い身体で生を受けた。
哀れであるが、あの懐妊も出産も命懸けであった。
あの身体で……よく耐えた。
もう充分であろう。」
「主よ………これから先の妻の人生を御救い下さい。」
「良太と共に生きれば、幸せになれる。」
「主が、そのように仰せであれば、幸せな人生を送るのでございましょう。」
「其方は案じておるが………。
良太については………それが人を殺めたことへの罰。
殺めてはならぬのじゃ、それも幼い子を殺めるなど………あってはならぬ。」
「はい。」
「其方、しっかり人間の生きる姿を見守れ。」
「はい。主の御言葉のままに………。」
昭和から令和になり、中井良太の生まれ変わりは成人した。
子が無いままの人生だったが、妻と二人で仲睦まじく暮らした。
中井学の生まれ変わりも成人し、子どもを4人も授かり、家族で慎ましやかだが幸せな人生を送った。
美穂子の眼から学の生まれ変わりの話を聞いた時、一筋の涙が流れ落ちた。
美穂子が泣いたのは、己のこと、中条昭のこと、だけだった。
美穂子の心の中に母親の心が残っていたのか、それとも芽生えたのか……誰にも分からない。
令和の先の世にも、美穂子は生まれ変わりを許されなかった。
美穂子は凛として涼しげな声の主、【神】と呼ばれる声の主の傍近くで人間の生き様を永遠に見続けた。




