やり直しの人生での美穂子
時を遡りやり直しの人生を美穂子は歩み、そして必ず命を失った。
二度目の人生が今から湖面に映し出される。
もう美穂子は嫌気が差している。
美穂子にとって見たくも無い光景ばかり見せられている。
「もう何も見たくないんですけどぉ!」
「黙って見よ。」
「もう本当に嫌だ!」
嫌なのに見せられる。
瞼を閉じているのに湖面に映し出される過去の自分が見えた。
◇◇◇◇
湖面に映し出された光景は、海水浴場だった。
美穂子は中条昭の家族を見つめている。
その美穂子の傍に良太が美穂子を見つめている。
良太の眼差しには美穂子を案じている心が秘められている。
「みぃちゃん。」
「何よっ!」
「社長から借りた車だからね、返す時間までに帰らないといけないんだよ。
だからね……………。」
「五月蠅いわね。静かにしててよ。」
「みぃちゃん………。」
美穂子は昭の後を追い駆けた。
昭が一人になったからだ。
その美穂子を良太が追った。
昭に美穂子が追いつくと、美穂子は昭の背中に抱きついた。
良太はそれを見て動けなくなった。
昭は岩出姿が隠れるような場所まで美穂子を連れて行った。
動けなくなった良太の足が動いて、無意識に後を追った。
「どうして来たんだ。」
「会いたかったの。」
「今日は家族で来ている。
見られたら困るだろう。
早く帰りなさい。」
昭の口を美穂子の口付けが塞いだ。
良太の目が虚ろになった。
⦅分かってた………みぃちゃんから好かれてないって………
分かってたのに…………諦めないと……諦めるんだ。
でも、家族が居る人だったんだな。みぃちゃんが好きな人………。
みぃちゃんが傷つかなければ、いいな。
それに、あの奥さんとお子さんも……傷ついて欲しくない………。⦆
良太の目から涙が流れ落ちた。
良太は袖で乱暴に涙を拭いた。
美穂子を捨て置くように、昭は缶ジュースを買い家族の元へ戻って行った。
その美穂子から少し離れて良太は美穂子に付いて行った。
美穂子は昭が家族と仲良くお弁当を食べている様子を涙しながら見ている。
妻が作ったお弁当を囲んで家族が楽しそうに食事をしている。
10代で結婚した昭の長女が幼い孫を連れている。
昭の頬は孫の愛らしい姿に緩みっぱなしだ。
「みぃちゃん、もう帰ろうよ。
遠くまで来すぎて時間が間に合わなくなっちゃうよ。」
「静にして。」
「みぃちゃん………。」
昼食を終えた昭の家族。
ヨチヨチ歩きの孫が打ち寄せる波で遊んでいる。
キャッキャッと声を上げながら楽しそうに遊んでいる。
アヒルの玩具を孫は海に落とした。
そのアヒルの玩具が流されて行った。
孫は泣いた。
昭も、家族も「諦めよう。」と宥めた。
家族が諦めさせようと宥めている間、美穂子の視線が沖に流されて行っているアヒルの玩具に注がれていた。
水着を着ていない美穂子が海に向かって駆けて行った。
良太が追い駆けた。
美穂子は泳いだ。
服を着たまま海に入り泳ぎ出した美穂子の姿を見て、昭は目を背けて、家族に「もう帰ろう。」と声を掛けた。
沖にどんどん流されていくアヒルの玩具。
もう少しで手が届く――そう思った瞬間、美穂子の手がアヒルの玩具に触れた。
必死に手を伸ばして、アヒルの玩具を掴んだ瞬間、美穂子は嬉しくなった。
⦅昭さんに渡せる。⦆と思った。
良太と目が合った。
それを無視して、泳いで帰り始めて暫くした時、足が攣った。
「痛い!」と発した後、身体が沈んで行った。
良太が美穂子の異変に気付き、大急ぎで美穂子を抱いた。
そのまま美穂子を抱き抱えたまま立ち泳ぎで良太は浜辺へ泳ぎ出した。
暫く泳ぐと、段々と浜が見えて来た。
身体が段々と沈みながら良太は必死になって泳いだ。
美穂子も良太も着衣のままで泳いでいたから、衣服が海水を吸っていて身体は重くなっている。
良太は助けに来てくれた救助員に美穂子を委ねた。
助かる確率が上がるのは、疲れていない救助員に美穂子を委ねることだ。
「貴方は大丈夫ですか?」
「……はい。付いて泳ぎます。」
「分かりました。もう直ぐですからね。」
「ありがとうございます。」
そして、後から追うように泳ぎ始めた良太の身体が少しずつ海に沈んで行った。
救助に来てくれた救助員は一人だった。
沈んで行った良太を後から来た救助員が見つけた。
その間、美穂子は救急搬送された。
美穂子は溺れる寸前で良太が助けた。
水を飲んではいたが、大した量では無かった。
美穂子は軽く済んだ。
良太は救助が遅れたことで搬送された病院で息を引き取った。
良太の家族が嘆き悲しんでいるその時、美穂子は両親に言った。
「ねぇ、おじちゃん、おばちゃん。
アヒルの玩具、知らない?
良ちゃん、持ってなかった?」
「アヒルのおも………なかった。」
「嘘っ………私、手にしたのよ。
でも、気付いたら無かった。
ねぇ、本当に知らないの?」
「美穂ちゃん……悪いけど……知らないんだよ。」
「…………ごめんね………見てない。」
「ええええええ………じゃあ、何処に行ったの?
玩具が歩いて、どっかへ行くはず無いもん。
おじちゃん、おばちゃん、探しておいてよ。」
「………分かった。」
声が聞こえて来た。
凛として涼しげな声が………美穂子に告げる。
「中井良太は、其方が起こした事故の為に眠れなかったのじゃぞ。
其方、高嶋華子を轢いたであろう。
あの事故、誰の車で起こした?
会社の社長の車であろうが………。
あの時、車を借りた其方のことを案じたのが良太であった。
其方は事故死させたにも拘わらず真面に謝罪に行かなんだ。
其方の代わりに……良太が謝罪に行ったのじゃぞ。
良太は心を込めて謝罪しておった。幾度も………。
其方のことを思い、良太は眠れぬ日々を送っておった。
その疲れが出て溺れたのじゃ。
良太をあのような目に遭わせたのは、其方じゃ。」
「其方はやり直しても変わらなんだ。
己のことにのみ心を砕く。
周囲の嘆き、悲しみを見ようともせずに、己のみの人間であった。
愚かなことよ。」
言い返そうとしても何故だか美穂子は声が出なかった。
◇◇◇◇
最初の人生で、中井良太が美穂子を庇い、その命が失われた。
やり直した人生、二度目の人生でも良太は美穂子を助ける為に命を落とした。
そして、三度目の人生では、美穂子と学を道連れにして命を絶った。
それを、美穂子は訴えようとした。
⦅何を言うのよ! 良太の奴は私と学を殺したのよ。 人殺しよ!⦆
美穂子の閉じている眼に、また湖面に映し出された光景が見えた。
⦅止めろっ! 今度は私と学が殺される場面を見せるの! 許せない!⦆
泣いている良太が居た。
泣きながら優しく美穂子と学の頬を撫でている。
「みぃちゃん、ごめん………もう………これ以上……罪を重ねて欲しくなかった。
これを………この手紙を……読んだから……もう、何もさせたくなかった。
止めてくれって頼んでも、何度も頼んでも……頼んでも………。
みぃちゃん、聞いてくれなかった。
まーくん………俺をパパって呼んでくれたのに……。
ごめんな……ごめん…………パパを恨んでくれ。
パパが悪いんだ。
でも、まーくんを一人には出来なかった。
まーくんは、ママと天国へ行くんだ。
悪いパパは……パパは地獄へ行くから……もう会えない。
みぃちゃん……苦しかったよな。ごめん。
まーくん…………まーくん………ごめん……ごめん。
今から俺は………楽に死なない。
それが……命を奪った俺の……死……………。
二人に許しを乞う気持ちは無いよ。
みぃちゃん、まーくん……の……恨みをしっかり受け取ってるよ。」
良太は遺書を封筒に入れて、その封筒に美穂子が書いた計画書とその計画書に対する中条昭からの手紙は入れなかった。
それらに火を点けて無かったことにした。
そして、良太は浴室で命を絶った。
己の身体に包丁を何度も刺して倒れた。
良太の死因は出血死だった。
美穂子と学の死は睡眠薬の多量摂取による死だった。
良太は通院先の診療所で「眠れないこと」と「異常な疲れ」を訴え、投薬治療を受けていた。
その薬を受け取った日だった。
だから、薬は大量にあった。
それらを美穂子と学に飲ませた。
最初、睡眠導入剤を飲み物に入れて飲ませた。
ボーっとしている二人に水で溶いた薬を飲ませた。
美穂子が抵抗なく飲んだのは、最初の飲み物がビールだったからだ。
酔ってしまった時、良太に何度も介抱して貰った。
その時、水分を良太は摂らせた・
いつも良太に飲ませて貰っていた。
この日も同じだと思ったのだ。
良太は二人の傍で泣きながら、二人が亡くなる寸前まで抱き締めて泣いていた。
湖面に映し出された光景を見た美穂子は激怒した。
幾度も「良太ぁ―――っ! お前を許さない!」と言ったが、声にはならなかった。
良太が火を点けて燃やした手紙は、大崎誠の妻・華子の殺害計画だった。
美穂子は愚かなことに「華子を殺せば全て適う」と思ってしまったのだ。
中条昭からの手紙には「そんなことは絶対にするな。」と書かれていた。
それでも良太は感じたのだ。
最早、幼い頃の面影など全く失われた美穂子の内に秘めた狂気を………。
【神】と呼ばれる凛として涼しげな声の主が告げる。
「美穂子、其方にはやり直すことも生まれ変わることも与えぬ。
其方は、余の傍におれ。」
美穂子は大声で叫びたかったが、声は全く出なかった。
美穂子が心から反省する日は来なかったのだ。
それが、このやり直しの人生の不幸だった。




