氏郷と華子
窘めている凛として涼しげな声の主は続けて湖面を見るように美穂子を促した。
嫌がる美穂子に湖面に映し出された様子を見せた。
そこには、高嶋氏郷と谷川雄一の姿があった。
「何だって!」
「今、話した通りだ。」
「嘘だろう!」
「何だって兄妹が同じ言葉を言うんだ。」
「えっ? どの言葉?」
「『嘘。』って言った。」
「うん、信じられないから、だけど……それが何か?」
「君も! 華ちゃんも……僕のプロポーズを嘘だと言ったんだ。」
「華子も?」
「うん………駄目なのかな……自信が無い。
大崎誠さんが居るから……縒りを戻したら……傍に居て貰えなくなる。」
「おいっ………本気なのか?」
「そう言ってる。」
「本気……本気……。」
「そう何度も言うなよ。」
「それは、言うよ。」
「どうして?」
「愛ちゃんじゃないんだぞ。華子は………。」
「そりゃ、そうだよ。」
「愛ちゃんみたいに美人じゃない。」
「華ちゃんは……可愛いよ。」
「妹みたいに!じゃないのか?」
「妹だったら……妬いたりしない。」
「妬くのか?」
「うん、大崎誠さんが羨ましいんだ。」
「ええ―――っ!」
「頼む、彼を君が華ちゃんに会わせたんだよな。」
「うん。」
「なんで?」
「頼まれたから。」
「じゃあ、もう叶えないでくれよ。」
「ええええええええ!」
「そんなに驚くなよ。年甲斐も無いと分かってるから……。」
「………雄一君、何時からなんだ? うちの華子のことは……。」
「気が付いたら目で追ってた。何月何日の何時って言えないよ。」
「そりゃ、そうだ。
それで、雄一君は華子を妻にしたいんだね。」
「はい、そうです………って、まるで、おじさんの尋問みたいだぞ。」
「今の僕は父の代理で話している。
うちの華子のことを迎えたいんだね。雄一君!」
「頼む……笑いそうになるから……おじさんの真似は止めてくれ。」
「父が反対すると思うけど……。」
「そうか……そうだよな。
子どもが居るから……3人も……しかも」
「雄二朗君が原因じゃないよ。」
「じゃあ、どうして?」
「父は今でも誠君との離婚を認めたくないんだ。
誠君を気に入ってる。」
「あんなことがあっても?」
「あっても!だよ。
それくらい気に入ってるんだ。」
「そうか………。」
「そうだよ。」⦅毎回、見合い相手は誠君だったから……。⦆
「はぁ……可能性ゼロなのか………。」
「どうする?」
「諦められないから……アプローチは続けるよ。」
「……そうか……まぁ……頑張れよ。」
「他人事だと思って………。」
「他人事だからな。」
氏郷は雄一と別れてから独り言を………。
その独り言の姿も湖面に映し出された。
「なんで……こうなった?
最初の時は、華子のことを愛していなかったはず……。
二度目も……華子が主に接していたのは愛ちゃんだった。
なんで……三度目の今……こんなことになった?
二度目は……愛ちゃんより先に死んだのは華子だった、な。
順番が違うからか?
………あの中井美穂子が運転する車が華子を轢いた。
華子は……その事故で死んだんだ。
そう言えば、あの事故の時、中井美穂子の車に誠君は乗って居たのか?
あぁ………分からない。
………もう最初も、二度目も関係ないのか。
今は今………前のことは無かったことなんだ。
華子の幸せを兄として祈ろう。
僕に出来ることは、それだけだ。」
その独り言を聞いた美穂子は大声で訴えた。
「何? 私だけじゃないの?
他にもやり直している人が居たの?
ねぇ! どういうことよ!」
「其方の願いを聞いたわけではない。
余は中井良太の人生をやり直させたかったのじゃ。
中井良太の人生に関わる全ての人間、そして、その人間に関わる全ての人間がや
り直した。
故に、其方一人ではなく、中条昭を始めとして全ての人間がやり直しておる。
それも幾度も……やり直しても同じ結果になった。
幾度も中井良太は自ら命を絶った。
だが、もうやり直すことは無い。
同じ親の元へ産まれさせなんだ。
今度は其方とは会わぬ人生を中井良太は歩む。」
「私は? 私はどこへ? どの親に産まれるの?」
「其方は、このままじゃ。」
「えっ? どうして? なんでよっ!」
「其方と高嶋華子は違うからじゃ。」
「あの女に恵まれた人生を与えたのは、あんたでしょう!
私には与えずに………。」
「華子も愚かな娘であった。
だがな、華子が其方と違うのは、己を変えることが出来た。
正しい人の道を華子は歩もうと努めたのじゃぞ。
其方はどうじゃ、何も変わらなんだ。
常に人のせいにしおって……己の何が良くないのか見ようともせなんだ。
幾度、やり直しても変わらぬのが其方であった。
故に、其方を人の子に産まれさせることはせぬ。」
「そんな…………。」
「今暫くの間、其方がおらぬようになった世界を見るが良い。
其方に足らず、華子が得る努力をしたものが何か……。
それを其方は知らねばなるまいのう。」
「………嫌よ……昭さんに会わせて!」
「その煩悩……捨てきれれば良いものを………。」
「嫌っ………嫌………昭さん………昭さん………。」
「其方が見たくないものであろうと、余は見せる。
良くその眼で見よ。」
湖面に映し出される光景を美穂子は見たくないのに見せられた。
眼を閉じているにも関わらずに、美穂子の脳裏にその湖面の光景が映し出された。
湖面に映し出された現世。
そこには高嶋氏郷と華子が居た。
「あのな……華子。」
「何でしょう? お兄様がわざわざ私をお呼びになられるなんて……。」
「その他人行儀な言葉遣い、いい加減にして欲しいな。」
「前からですわ。」
「そうか? 幼い頃は違ったように思うのが?」
「もう何十年前のことを仰いますの?」
「誠さんには、そんな言葉遣いじゃなかったぞ。」
「それは、夫婦でございましたし……。」
「僕達は、たった二人の兄と妹だぞ。」
「そうでございますわね。」
「……もう、いい。」
「それで、どんなお話ですか?」
「プロポーズされたんだろう?」
⦅!………あれは夢のハズ……よね。⦆「お兄様、何方から聞かれましたの?」
「そりゃあ、勿論……雄一からだけど………。」
⦅どうして? 夢のハズなのに……。⦆「………………。」
「華子、なんで答えないのだ?」
「えっ?」
「プロポーズされたんだろう? 雄一に……。」
「あれは……その……そんなこと、あったかしら?」
「華子! ボケるにはまだ早い。」
「お兄様よりは若いです。」
「それでだな、どうするんだ?」
「どうする……とは?」
「誠さんか? それとも雄一か? どっちを選ぶんだ?」
「どっち…………?」
「そうだぞ、大崎誠さんも君との復縁を願って会ったんだろう?
そういう話だったんだろう?」
「復縁とか……そんな話は出ておりません。」
「じゃあ、どんな話だったんだ?」
「元気かどうかと、幸せに過ごしているかどうか……。」
「うん、それだけ?」
「勿論、あの時の誠さんのお気持ちと、それから典子さんへのお気持ちも……。
別れ際に」
「うん! 別れ際に?」
「また会いたいね……と仰いましたわ。」
「会いたい! 決定的だな。」
「何が? お兄様、何が決定的ですの?」
「また会いたいってことは、君に気持ちがあるってことだよ。」
「私の気持ち?」
「鈍感だなぁ………今も君を愛しているっていうことだ。」
「えっ?」
「そういうことだよ。」
「ええええええええ。」
「で、どうする? 大崎誠か、谷川雄一か……。
選択権は君にあるよ。」
「有り得ない……有り得ません。」
「華子?」
「私が愛されるなど……有り得ません。」
「二人の気持ちを無視するなよ。
この年になって告白するのは勇気が要る。
二人とも勇気を振り絞って告白したんだ。
特に離婚した大崎誠さんは……復縁が無理だと理解したうえで会ったのだぞ。
それも僕に頼んでまで……勇気がどれだけ要ったか……。
だから、二人の気持ちを無視しないでくれないか?
どちらを選んでも問題は無いよ。
周囲のことは考えずに、華子の心のままに……選ぶべきだよ。」
「…………私……困惑しています。」
「だろうね。時間はあるから……華子の気持ちに従って……いいね。」
「……は…い。」
「うん、それでいい。」
「…………お兄様、今日は変ですわ。」
「どうして?」
「だって、お優しいのですもの。」
「僕は! いつも優しい兄だ。」
「えっ?」
「えっ?」
美穂子の眼に仲良くじゃれ合うような兄と妹の姿が映されて、ただただ羨ましく妬ましいとまで思った。
そして、二人の男性から想いを寄せられている華子を、今までよりも一層妬ましかった。




