雄一と華子
泣き止まない美穂子を、その凛として涼しげな声が包んだ。
優しくもあり、厳しくもある【神】とも呼ばれる声の主。
「其方と高嶋華子の差を、その目に映し、しっかりと焼き付けよ。」
「もう、嫌よ! いやっ! 見たくないっ!」
湖面を見たくないのに、美穂子の目に湖面が映し出された。
その中に高嶋華子と谷川雄一が並んで歩いている。
「華ちゃん、疲れただろう。」
「ううん、大丈夫。」
「そう? 何と言っても、あの雄二朗の相手を一日してくれたんだからな。
大変だったと思うし、疲れたと思う。」
「谷川さんより若いから、大丈夫ですわ。」
「僕より若い!って、それは事実ですが……わざわざ言うことじゃないだろう。」
「叱りますか?」
「……僕が華ちゃんを叱ることなど無いよ。」
「うふふっ………そうですわ。」
「何?」
「今度の命日、兄夫婦がお墓参りをしたいと申しておりました。」
「いつも感謝しているよ。
ありがとう、と伝えておいてくれないか。」
「はい、承りました。」
「その……君は? 来る?」
「愛子さんの命日は……私はご辞退したいです。
他の日にお墓参りをさせて頂きますわ。」
「そう……子ども達が君を待っているんだけど……駄目かな?」
「その日だけは……愛子さんとご家族の大切な時間です。
私は愛子さんの相談員。
それだけですから……大学の頃から交友があった兄とは……違います。
また、お墓参りはさせて頂きますね。」
「…………華ちゃん………。」
「何でしょうか?」
「氏郷が言ってた。」
「はい?」
「別れたご主人と会ったんだって?」
「はい、兄が会わせてくれました。」
「その……どう思った?」
「どう、とは……どういう意味ですか?」
「あ……あの……その……だな……。」
「はい。」
「元の……元の鞘に戻りたい……とかの話が……出た?」
「そういう話ではなく、『また会いたい。』という話で終わりましたわ。」
「会いたい!」
「ええ、夫婦でしたから、お互いに元気なのか?などと気になるのです。」
「気になるの?」
「嫌いになって別れた訳ではございませんから……少なくとも、私は……。
元気で居てくれて幸せになってくれていたら、いいなぁ……と……。」
「幸せに………。」
「ええ、別れた後で相手の方の不幸をお互いに望んでいなかったのです。
それを知れて、私は兄に感謝しておりますわ。」
「………そう、なんだ……。」
「色々ございましたが、父が決めた結婚相手です。
良い方だったと思っております。」
「………そう…………。」
「どうか、なさいました?」
「……華ちゃん、再婚する気は無いのかい?」
「私が? 再婚?」
「うん、再婚する気はある?」
「そんな奇特な方はいらっしゃいませんわ。
もう若くありませんもの。」
「そんなことない!」
「谷川さん?」
「君は……君は魅力的だ。」
「えっ?」
「だから、別れた後、君に会いたいと……君の別れたご主人は氏郷に頼んだんだ。
元の鞘に戻りたいからだ。」
「まさか……。」
「華ちゃん……再婚相手に僕を考えてくれないか。
頼む……子どもにとって君でないと……無理なんだ。」
「お子さんの為に………?」
「うん! 子ども達の為に!」
「……それで宜しいのですか?」
「えっ?」
「谷川さんのお気持ちは?
愛情の欠片も無い結婚は、不幸の元かもしれません。」
「華ちゃん……。」
「私の結婚はそうでした。
愛されていないのに結婚しました。
お互いに辛い日々を送りました。」
「大崎誠さんとの結婚は、見合いだと聞いた。
だから、そうだったかもしれない。
でも、僕は違う!
僕は………僕自身が華ちゃんと一緒になりたいんだ。
共に歩んで欲しい。」
「…………うそ……うそ、よ。
そんなこと……起きるはずが無い……有り得ない……。」
「華ちゃん?」
「うそ……だわ……そんなこと……有り得ない……有り得ないのよ……。」
「華ちゃん……ごめん、急にプロポーズして……困惑したよね。
でも、嘘でも偽りでもない。
僕の本心からの願いなんだ。
どうか、僕と結婚して下さい。お願いします。」
「………有り得ない……有り得ないのよ……。」
「華ちゃん! 好きなんだ。気が付いたら君を……僕の目は追っていた。
華ちゃん、信じられないと思うけど……僕は……君が好きだよ。」
「好き?」
「うん、好きだ。」
「あぁ………そういう意味ですね。」
「え…………?」
「人として好きだと……ありがとうございます。」
「違う! どうしたら分かって貰える?
華ちゃん、僕は……君を……愛している。
愛しているんだ。」
「………揶揄わないで下さいまし。」
「揶揄ってなど居ない! 愛してるから、大崎誠さんと会って欲しくない。」
「………?」
「妬いているんだ。彼に嫉妬した。
頼むから、僕のことを再婚相手の候補にしてくれないか?
時間が掛かってもいい。
いつか……僕の妻として僕の隣に居て欲しい!」
「…………うそよ……あっ! これは夢だわ。白日夢よ。」
「華ちゃん? 僕の話を聞いてる?」
「夢の中なのよ……そう……これは私の……夢だわ。」
「華ちゃん?」
「あっ! 済みません。帰りますね。」
「送って行くよ。」
「大丈夫です。」
「送らせてくれないかい?」
「……一人に……一人にさせて下さい。」
「そうだね……うん、そうだ。
………じゃあ、気をつけて、ね。」
「はい、さようなら。」
「うん、また…………。」
華子は幾度も「これは、私の願望が見せた夢!」と自分に言い聞かせていた。
「そうよ、可笑しいもの。あれから、一人では育てられないから、今は愛子さんのご両親と雄一さんのご両親が手伝って下さってるわ。だから……忘れなさい、華子。聞かなかったのよ……。」と幾度も言い聞かせていた。
その姿を見た美穂子は、「なんで、あの女だけ愛されるの!」と憤慨している。




