高嶋華子の涙
湖面から大崎誠と華子を見た美穂子は笑い出した。
「馬鹿みたい! 本当に馬鹿みたいだわ。
あんなに簡単に………それも、罪悪感から芽生えた恋?
続くはず無いわ。」
「其方が思うように、彼らは長く続かなかった。」
「そうよね、第一、社長夫人に成れなかったでしょう。典ちゃんは……。」
「中井典子は、社長夫人に成りたかったわけではない。
大崎誠の妻になりたかったのだ。
だから、大崎誠が大崎工業を退職しても不満に思わなかった。」
「じゃあ、なんでよ。」
「大崎誠が後悔したからである。
引き摺られただけの情熱……ではなかったのじゃ。」
「じゃあ、何だったの?」
「罪悪感と罪滅ぼし……それ故に離婚など全く考えていなかったのじゃ。」
「罪悪感と罪滅ぼしぃ? 相手が違うわよ!」
「其方には永遠に分からぬのか………。」
「失礼だわ! ふん!」
「誠に愛した女性が誰か……分かるのに時間が掛かる場合もあろう。」
「誠だけに……うふふっ………。」
「何がそのように可笑しいのじゃ?」
「分からなかったら、いいわ。」
「……余に分からぬものなど無い!」
「はい、はい。」
「其方………。」
「それで、続きは?」
「おお……そうであった。
大崎誠は、のう。
妻であった華子との穏やかな暮らしが恋しく思いつつ日々を過ごしておった。」
「何? それっ。馬鹿じゃないの?」
「愚かなのが人間なのじゃ。其方も愚かであった。」
「私のことは、いいじゃない!」
「愚かなのは人間故のことじゃ。」
「でも、華子って今回だけよね。出て来たのは……。」
「其方の人生に……という意味であるか?」
「ええ、そうよ。」
「高嶋華子は、一番最初の人生から大崎誠と繋がりを持っていた。」
「えっ? 嘘?」
「嘘ではない。最初から大崎誠の一番最初の見合い相手は高嶋華子である。
一番最初の人生に於いても、その後繰り返した人生に於いても……。
一番最初の見合い相手が高嶋華子であった。
ただ、一番最初の人生から実際に見合いしたのは、この人生だけである。
一番最初の人生に於いては、見合いの話だけで高嶋華子は別の男性の妻になり、
若い頃に会うことは無かった。
それなのに、人生の終わりに二人は会ったのじゃ。
病院に二人とも入院しておった。
誠は思ったのじゃ。
この女性と人生を歩めたなら、と………。」
「嘘ぉ―――っ!」
「余が嘘をつくことなど無い。」
「じゃあ、大崎誠は華子を愛していたの?」
「心から愛しておった。
それに気付かぬまま離婚に至ったのよ。愚かなことじゃ。」
「ほおんと! 馬鹿だわ。
あ! 大崎誠は分かったけど、華子は?
あのお嬢様は、どうなったの?」
「知りたいなら、見れば良い。」
「見るわ! あのお嬢様が不幸になれば嬉しいわ。」
「性格が悪いのは、変わらないのじゃな。」
「何ですってぇ~~っ!」
「余に対する態度も言葉も悪いままじゃな。」
「……あ! 見えた。見えたわ。」
湖面に高嶋華子の姿が見えた。
向かい合っている女性を美穂子は知らない。
「誰っ? あの女………。」
「見ていれば其方にも分かるであろう。」
「ふぅ~~ん。」
向かい合って座っている女性が華子に話している。
「華ちゃん、これでいいの?」
「うん、いいの。」
「なんで? なんで離婚………仲良かったじゃないの。」
「どうかしら? 良かったのかしら?」
「好きだったんでしょう?」
「嫌いにはなれなかったわ。」
「好きってことじゃないの!」
「………もう訳が分からないの。
でもね、誠さんは惹かれているわ。典子さんに……。
分かるのよ。」
「だから、身を引いたの?」
「待っても帰って来てくれないかもしれないのよ。」
「それは、そうかもしれないけど………。」
「父がね、許してくれたの。」
「離婚することを?」
「うん、だから、これで良かったのだと思うの。」
「だったら、涙を拭いて!
今は泣いてもいいよ。
私の前では無理しないで!」
「さっちゃん……ありがとう……あり……うっううう……。」
泣いている華子を見て美穂子は喜んだ。
「あはっ! 面白い! 嬉しいわ!
あの女……家が没落せずに大きなお屋敷で育った会社の社長令嬢。
同じ社長の娘なのに、私とは雲泥の差。
このくらい哀しい想いをしても私より恵まれてるんだから……。
泣いているのを見るのは爽快だわ。」
「其方は……何という………
あの中井良太が其方のどこに、あのように惹かれたのか解せん。」
「放っておいてよ。
ねぇ、この後はどうなるの?」
「時間を進めようぞ。」
「待ってましたぁ!」
「余は…………はぁ……。」
「何よ!」
「もう何も言うまいぞ。」
「…………何年後かな?」
「………見て居れば分かるほどに……。」
「そっか、そうよね。」
美穂子は湖面に意識を集中した。




