学の実父
誠は中条昭の前に一通の手紙を差し出した。
中井良太の家に残っていた手紙だった。
「では、これは何ですか?」
手紙を見て中条昭の顔から余裕という表情は消え去った。
「!」
「これは中井美穂子さんが大切に保存されていた手紙です。
この手紙……見覚えがあるでしょう。中条専務。」
「……何のことやら………。」
「手紙はこの一通だけではありません。」
「それが……何なんだ。」
「この手紙、差出人が記されていませんけれども、読むと誰か分かります。」
「……………………。」
「貴方ですよね、中条専務……………。中条昭さん、どうなんですか?」
「手紙など………知らん!」
「この手紙には、こう記されています。
『お腹の子は私の子だけれど、この子は大崎誠の子だと言い切りなさい。』
『この子を将来、大崎工業の社長に据える為に、大崎誠の子だと言いなさい。』
そして」
「止めろ!」
「そして、こう続けています。」
「止めろ!」
「『美穂子を愛しているけれども、大望の為、夫婦にならない。』
『中井良太に縋り、彼の妻になって欲しい。時を待つ間は……。』
『中井良太は」
「止めろぉ―――っ!」
「『中井良太は美穂子を愛しているから、子どものことを委ねなさい。』
『時が来たら、大崎誠の妻になってくれ。私が叶えさせる。』
そう書かれていますよ。」
「なんでだ………なんで証拠を残したんだ。」
「それは、中井美穂子さんが貴方を心から愛していたからですよ。
貴方からの手紙を捨てられなかった。
大切に………彼女は貴方からの手紙は全て箱に仕舞っていました。」
「お前の指示だったのか。」
「………はは………そうだよ。俺が美穂子に大崎家に入るよう言った。
当然だろう! この会社………元々藤井宗助のものだったんだ。
この会社は、藤井宗助の娘のものだ!」
「子どもを産ませてまで?ですか……中条専務。」
「子どもは計画したわけじゃない。
美穂子が産みたがったからだ。」
「藤井宗助の娘と分かって、どうして親子ほど年の差があるのに……。
どうして手を出した。」
「………美穂子は最初、父親のことを知りたがった。
話しているうちに………美穂子は俺に………恋愛感情を持つようになった。
俺は……絆された………。」
「本当に、絆されたのか?
お前……会社を盗る為に宗助の娘に近づいたんじゃないのか?」
「何を………馬鹿な………。」
「そうとしか考えられん!」
「そう思うんだったら、そう思えばいい。
あんたは馬鹿だからな……。」
「言うに事欠いて………俺を馬鹿呼ばわりかっ!」
「そうだ、馬鹿だよ。大崎孝之は馬鹿だ。
藤井製作所を立て直すために、あんたは受け取ったお祖父さんかなんかの遺産を
使い切った。
だから、息子に譲ることに執着している。
違うか?」
「……それの何が悪い。」
「息子に経営の力があると思うか?」
「なんだとぉ―――っ!」
「あんたの息子より、俺の方が適任だと分からないのか?」
「教えて下さい。中条専務。」
「何ですか? 誠さん。」
「中井美穂子さんのお子さん…………学ちゃんを後継者に育てるつもりだったので
すか?」
「そうだ! しっかり育てたら後継者に成れる。」
「そして、お前は! 後ろで操るつもりだな。」
「ふっ………社長、それもアリでしょう。そう思いませんか?」
「でも、不可能になりましたね。
中井良太さん、美穂子さん、そして幼い学ちゃん………亡くなりました。
だから、もう貴方の計画は失敗だ。」
「誠君……その通りだ。あ奴が無理心中などしなければ……俺が会社を……。
あんなことがなければ……な……。」
「お前のことは調べるぞ。会社に損失を与えていれば解雇する。」
「ふっ………あははは…………出来るかなぁ……あんたに………。」
「このまま自宅待機しろ。結果は伝える。」
「仕事は? どうするんだ。」
「お前が居なくても代わりは居る。
お前一人で会社を動かしてきたと思っているのか。」
「強気だな……いつまで持つかな?」
「お前無しで会社が立ち行かなくなったら、それは俺の方針が間違っていたという
ことだ。
だが、お前は人を育てた。
そうだろう? だから、代わりは居る。」
「俺が?」
「そうだ、お前が育てた人材が我が社には居る。
だから、心配していない。
お前は結果を自宅で待て。」
「そうか………俺自身が育てて来たんだな。」
「そうだ。」
「中条専務。」
「何ですか? 誠君。」
「中井美穂子さんが亡くなりました。
美穂子さんと学ちゃんのこと……後悔していないんですか?」
「…………………………………。」
「中井良太さん、美穂子さん、そして学ちゃんの冥福を祈って下さい。」
「…………………………………君に言われなくても……祈っている。
俺は解雇ですかね? 社長。」
「それを決めるのは俺ではない。 役員会だ。」
「………ははは……そうだった。
あんたは口は悪いが、会社にのことについては必ず役員会に諮る。
ワンマンのようで、ワンマンじゃない。
家庭とは違う顔なんだよ。誠君、君のお父さんは………。」
「専務………どうして……中井美穂子の気持ちを受け入れたんですか?」
「絆された……と言ったでしょう。
まぁ………いつか、君にも分かる日が来たりして、ね。」
「そんな日は来ませんよ。誠君は貴方と違います。」
「高嶋家の御意向ですか?」
「父は誠君を信じています。」
「素晴らしい!………そうであれば良いですな……あ…ははは………。
……………では、お話しも終わったようですので、失礼します。」
「中条!」
「何ですか? 社長。」
「………こんなことをするしかなかったのか?」
「そうですね………この会社を取り戻したかったからですよ。
社長が息子……大崎誠に会社を譲ると明言した時に決めたのですよ。
いつか、この会社を取り戻すと………。
それから後は、あんたが経験したことを俺は美穂子にさせた。
あんた達夫婦に近づけさせて、あんた達夫婦に恋人だと思わせるように……。
効果はあったようだな。」
「愚かな………。」
「愚かなのは……俺じゃない。
中井良太だ。無理心中など……愚か者の行いだ。
ただ…………俺は…………。
俺は……無理心中するなんて思わなかった……思わなかったんだ。」
「………中井良太さんを追い詰めたのは、中条昭さん。貴方だ。
妻の最愛の男性が、会社を盗る為に育てて来た最愛の息子を利用した。
利用する為に、まだ何かを行う予定だったんだろう?
良太さんは、それに気付いてしまった。
彼を無理心中に至らしめたのは、貴方です。中条昭さん。」
「…………………子どもを殺した男を俺は許す気など無い。」
「そうですか。」
「社長、決まったら連絡が来るんですよね。」
「あぁ、電話する。」
「じゃあ、これで話は終わりですな。」
「…………………そうだな。」
会社の後継ではない道を誠が考え、一会社員としての人生を選んだ瞬間だった。




