藤井と大崎
中井美穂子の旧姓は、葛西美穂子だと父は話した。
父は調査した内容を初めて口にしたのだ。
「誠君、君が知っているかどうか……私は分からないのだがね。」
「はい。」
「今から話すことは、私が華子に相談もせずに興信所に依頼して調べた内容だ。
我が社で長年に渡り調査を依頼して来た興信所だ。
私はその調査力を信頼している。
その調査結果を今から話す。
古い話から始めるよ。」
「古い話ですか?」
「そうだ、古い話だ。
………華子も聞きなさい。」
「はい。」
「中井美穂子、旧姓・葛西美穂子だが、彼女が産まれた時の苗字は違う。」
「えっ?」
「葛西美穂子という名は、彼女が祖父母に引き取られ養女になった時からの名だ。
産まれた時の名は、父親の苗字である藤井美穂子だった。
彼女の父の名は藤井宗助で、母の名は藤井厚子。
一人っ子で、愛されて育った。
藤井宗助は優秀な技術者で、彼は自分の技術で新しい物を作り出したらしい。
そして、小さな会社を作った。
有限会社・藤井製作所を……。」
「藤井製作所………。」
「誠君は聞いたことがあるか?」
「僕の会社で古くから働いてくれている専務が、確か藤井製作所で働いていたはず
です。」
「そうか………従業員は、そのまま………。」
「お義父さん?」
「あぁ、続きを話すよ。」
「はい。」
「その藤井宗助の友人だったのが、君のお父上だ。」
「父が………父の友人に藤井宗助さんはいらっしゃいませんが………。」
「もう、亡くなっている。」
「そうですか……お亡くなりに………。」
「藤井宗助が亡くなってから、彼女を取り巻く周囲は大きく変わった。
会社は、誠君のお父上が経営者になった。
藤井厚子は全く何も出来なかった。
会社を誰かに委ねるしか無かったのかもしれない。
その藤井製作所を大きくして社名も変えたのが、君のお父上だ。」
「………父が………待って下さい。
あの………父はどのようにして藤井製作所の経営を……。」
「それについての経緯は分からない。
藤井厚子も全く知らなかったようだ。
経営には一切関わっていなかったらしい。
分かっていることは、登記上も実質も君のお父上に移ったことだ。
そのタイミングは藤井宗助が身体を壊してからだ。」
「…………何があったか……知る由は無かったのですか?
興信所に依頼されたのなら……他の誰かが話してくれるということは?
藤井厚子さん以外の誰かが………。」
「残念ながら、君のお父上の会社に居る古くからの社員に聞いても話さなかった。
知らないのかもしれないし、何も言いたくないのかもしれない。」
「そうですか。」
「それで、それが今の中井美穂子とどんな関係があるんですか。
お父様、それと、如何繋がると?」
「氏郷、急がせないでくれないか。」
「氏郷さん、お父様のお話を伺いなさい。」
「はい、お父様、お母様。」
「中井美穂子は、否、当時の名前を使おう。
藤井美穂子の父の会社の経営が、大崎孝之に移ってから半年後に藤井宗助は亡く
なっている。」
「お亡くなりに………。」
「華子……大丈夫?」
「はい、大丈夫です。」
「藤井宗助は入院してから一度だけ外泊したそうだ。
その後、病院で亡くなった。
藤井厚子は宗助の両親には頼れなかった。
遠方であり、農家で長男が跡を継いでいたからだ。
頼れるのは、藤井厚子の両親だけだった。
藤井厚子は娘・美穂子を連れて実家に帰った。
そして、働き始めたが、再婚を考える相手と出逢った。
再婚に美穂子の存在は……難しかったんだろうな……。
再婚して間もなく、美穂子だけが厚子の実家に戻された。
そして、祖父母の養女になったのだ。
彼女は葛西美穂子としての人生を歩み始めた。」
「継父に虐められたのかしら………?」
「そうだね。相手の男性にとって邪魔な存在だったのかもしれないね。
………続きを話すよ。」
「はい、伺います。」
「葛西美穂子としての人生は裕福とは程遠かったらしい。
それでも彼女は大学への進学を決めた。
そして、奨学金を得て大学に進学した。
ここからは、誠君が知る葛西美穂子だ。」
「はい。」
「ただ、君は葛西美穂子が藤井美穂子だったことは知らなかったのだね。」
「はい、知りませんでした。」
「誰かの口から、彼女は自分の父親の会社を誠君の父が経営していることを知った
のだろうね。」
「それは……何故、そのように思われるのですか?」
「これは、私が感じて想像したのだが…………。」
「はい。」
「彼女と付き合っていないのに、君のご両親に会いに行って付き合っていると思わ
せたんだよね。」
「はい。」
「君に恋しているからだ、とは思う。
だが、それだけだろうか?」
「それは、どういう………。」
「彼女が父親の会社のことを知っている――それは、確かだ。
彼女は………夫・中井良太に話している。
興信所は中井良太から話を聞いている。
彼女は言った。
『大崎の会社は、本来、私の会社だ。』と、ね。
誰の口から美穂子の耳に入ったのかまでは分からない。
だが、自分の父親の会社であり、相続すべきは自分だと言っていたそうだ。
だから、大崎孝之に近づいた。
私は、そのように考えた。」
「それは……会社を取り戻したいと思っているとお考えなのですね。」
「取り戻す方法は彼女にとって一つだ。
それが、君との結婚だった。
だが、叶わなかった。」
「僕との結婚……。」
「誠君と結婚したら、近い未来に社長夫人に成れる、ということですか?」
「そうだ、そうすれば取り戻せる。」
「でも、不可能だった。」
「そうですわね……でも、あなた。
彼女は中井良太さんとご結婚なさいましたわ。」
「そうだね、彼女は祖父母の所で育っている時の幼馴染の中井良太と結婚した。
結婚した時、彼女のお腹の中には子どもが居たようだ。
その子のことを大崎のご両親は、孫だと思い込んだ。」
「でも、何故? 何故かが僕には分からないんです。」
「それはね、彼女は結婚するまで君の両親に会いに来ていたようだよ。」
「両親に………。」
「誠君、君と彼女との話し合いなのだが………。」
「はい。」
「どんな要求を彼女はしたのかい?」
「………『子どもを欲しかったら、子どもの籍を大崎の家に入れて欲しい。
無理なら慰謝料を払って欲しい。』
そう言っていました。」
「そうか……籍は誰の養子に、と願っていた?」
「彼女の要求を全てお話しします。」
「聞こう。」
「先ず、彼女を要求したのは、僕との結婚でした。
僕が『離婚して、彼女と結婚することを一番望んでいる。』と言っていました。
僕が拒否しましたら、次に『僕の養子として迎えて欲しい。』と言い、それも拒
絶しましたら次に『養子にするのは、僕の親でも良い。』と言いました。
そして、『それも無理なら、こんな風に振り回される身になって欲しい。』
そう言って慰謝料を要求しました。」
「慰謝料の金額は?」
「金額は明言しませんでした。」
「そうか……まぁ言えないな。」
「彼女と話し合います。何が欲しいのか、聞きます。」
「多分、会社と君自身だよ。」
「会社の経営に彼女を関わらせることを将来的に約束することは出来ます。」
「彼女は君とは違うよ。」
「ですから、今直ぐではなく、将来的に!です。
今から学んで貰えば可能かと思います。」
「今から、何年掛かる?
それに藤井製作所は有限会社だった。
今の君の会社は、どうなんだ?」
「………それは………。」
「大きくなって有限会社ではなく、株式会社になり東証一部上場の企業になった。
しかも多角経営を行い、グループ企業もある。
藤井製作所の頃とは違い過ぎている。
従業員は?
彼らの暮らしを守るのは経営陣の責務だぞ。
その為に、君は大学でも就職した後も学んできたのではないのかい?
親の会社の入ることなく、御曹司なのに他の企業に就職してまで君は学んだ。
だが、中井美穂子は、就職して結婚し退職した。
専業主婦の能力を馬鹿にする気は無いが、彼女の場合は大企業の経営に入れるよ
うな力は今の所はない。
従業員の数も少ない有限会社ではないのだよ。
私はそう思うが、君は可能だと思うのかい?」
「それは………難しいと思います。」
「それにね、彼女が産んだ子はどうやら君の子ではないだけでなく、夫の子でもな
さそうだ。」
「それは……どういうことでしょうか?」
「君とは付き合っても居ないから、有り得ない。
だが、一応血液型から見てみたいと思った。
君の血液型は?」
「AB型です。」
「そうだね、彼女の血液型もAB型。」
「産まれてきた子はO型だ。
だから、君の子ではない。」
「はい。」
「次に夫である中井良太の血液型だが………。」
「O型だと言ってました。」
「そうだね、子どもと同じ血液型だと言っていたが……事実とは違う。」
「えっ?」
「嘘を仰ったの? あの方は………。あなた!」
「私が調べた所、彼の血液型もAB型だった。
子どもの血液型はO型に違いない。」
「それは、誰から聞いたのですか?」
「中井良太の母親から聞いた話だ。
間違いないのかどうかは、中井良太と直接会って聞こう。」
「中井良太の母親の話は本当でしょうか?」
「『結婚自体は喜んでいた。』と言ったそうだ。
だが、子どもが長じるにつれて良太にも美穂子にも似ていないらしい。
それで、懸念が芽生えたそうだ。」
「そうですか。」
「それに、結婚前に彼女は別の男性と付き合っていた。」
「では、中井良太さんは騙されてご結婚なさいましたの?」
「否、それは分からない。
それも併せて本人に聞こう。」
「単純な恋心ではない可能性があるんですね。中井美穂子には……。」
「そうだと私は考えている。」
「お父様、中井良太さんには何時会えますの?」
「華子。」
「誠さん、私も同席させて頂いて宜しいかしら?」
「大丈夫か?」
「はい。」
「あなた、華子さんも私も同席をお願い致しますわ。」
「分かった。そのようにしよう。」
「お義父さん、ありがとうございます。
宜しくお願い致します。
お義母さんも宜しくお願い致します。」
「では、僕も同席ということで、お父様、よろしくお願いします。」
「氏郷、君は暇なのか?」
「お父様、僕も家族ですから……。」
「そうか……そうか……では頼んだぞ。」
「はい。」
直ぐに父は中井良太に面会を願い出た。
ただ、面会するのは父だと伝えた。




