兄の告白
30歳を目前とした私に両親は家に帰るように強く言っている。
私は「帰りません。」とその都度答えている。
「自宅の購入と運転免許取得を目指している。」と話すと、特に母は反対した。
嫁入り前の娘の行為ではないという理由で反対している。
母は「車の運転は危ないから止めなさい。」と言い、「お家を買うなどということは、結婚した男性がすることです。」と言って反対している。
両親から話を聞いた兄が、わざわざアパートにやって来た。
「華子、どうして親の言うことが聞けない?」
「いけませんか?」
「案じてくれていることが分からないのかい?」
「それは、分かっています。」
「分かっているなら、どうして高嶋の家に帰らないんだ。」
「自立したいからです。」
「また……自立か……。」
「お兄様………。」
「華子……君が保母として頑張っている姿を見た。
だから、職業については両親も分かってくれている。」
「あの時、お兄様は保育所に御出ででございましたね。」
「雄二朗ちゃんの……。」
「ええ、部外者ですのに………どうして同席なさったのですか?」
「雄一と愛ちゃんに頼んだ。」
「どうして?」
「君が理不尽なことを言うのではないかと案じたからだ。」
「私が理不尽な事を言う?
何故、そんなことを私がすると、お兄様は思われたの?」
「君は………君………二度目の人生って理解出来るか?」
「二度目の人生?」
「そうだ。ある日、目覚めたら時間が戻っている。
そういうことを理解出来るか?」
「………お兄様!」⦅まさか……お兄様も?⦆
「僕は時間を遡って戻って来た。
前の人生の君を僕は生涯許せない!と思ったほどのことを君はしたんだ。
前に人生で君は雄一に恋していた。
その君の恋が始まりだった。
………この人生でも、君は雄一に惹かれている。 そうだろう?」
「それは……もう随分前のことですわ。」
「前の人生での君は、雄一と結婚するために酷いことをした。
雄一の人生も愛ちゃんの人生も……僕の人生も……今と違った。
君のせいだった。
僕は君が雄一に近づくのを許せない。
分からないだろうな……僕だけが戻って来たようだから……。」
「…………私が雄一さんに近づいたこと、ございますか?」
「ないな………それでも不安なんだ。
それほど酷い行いを君はしたんだ。前の人生では……。
だから、雄二朗ちゃんのことも君が何をするのか……。
することが酷いことなら止めないといけないと思った。
それで、無理を言って同席した。
親戚という名目で………。」
「親戚っ!…………それで、私は如何でございました?」
「君は………ちゃんとした保母だと分かった。」
「ご理解頂けて幸いでございますわ。」
「それでも! それでも、僕は不安だ。」
「お兄様の……不安を払拭するために……私にどうしろと仰いますの?」
「結婚して欲しい。 親も望んでいる。」
「誰と?」
「今、付き合っているだろう?
川口孝三郎と………。」
「川口! どうして、御存知なの?」
「川口は僕の大学の頃の友人だ。」
「え………………お兄様のご友人?」
「そうだ、たまたま君が勤めていた工場の取引先に彼が勤めていた。
彼は離婚した直後だった。
僕が頼んだんだ。」
「……………お兄様……和宏さんもお兄様のご友人でしたわね。」
「そうだ。」
「和宏さんも………もしかしたら、お兄様が頼んだのですか?」
「そうだ。」
⦅和宏さん、私のこと………。⦆「私の結婚相手として?」
「そうだ。
………和宏は、結婚相手として優れていると思う。
優しくて……彼は女性に慣れていないから直ぐに赤面する。
君と会っている時も顔を真っ赤にしていたはずだ。
そういう彼だったら!と思った。」
⦅耳まで真っ赤にしていたのは……私のことを好きだと思ってたけど……。⦆
「華子、和宏も川口も結婚相手として僕が良いと思った。
だから、川口とそれなりに付き合って来たんだから、そろそろ考えても」
「お兄様、川口さんから伺っておられませんの?」
「川口から? 何を?」
「川口さんとは、終わりました。」
「えっ? 華子! また君は断ったのか!」
「どうして、また私からだと思われますの?」
「君は何を不満に」
「川口さんは! 川口さんは奥様の所へ戻られました。」
「奥様? 川口は再婚していない!」
「前の奥様です。離婚した……別れた方と復縁なさったの。
そう告げられました。」
「そ……んな………川口が? 復縁?」
「お子さんの為に元の鞘の収まられたの。」
「………華子……。」
「だから、私には結婚相手など残念なことに居ません。
お兄様、諦めて下さいましね。
私は独りでも生きていくことが出来るように力をつけて参ります。
その為の自宅購入と運転免許取得だとご理解下さいまし。」
「華子。」
「それから………お兄様。
もう結婚相手をお兄様が私の為に見繕って頂かなくて結構でございます。」
「華子………。」
「お兄様、私は雄一さんと愛子さんのお二人はとってもお似合いのご夫婦だと思っ
ております。
お二人の間に入ろうなどと思っておりません。
お二人にも、お子様方にも仕事以外では近づきません。
誓います。神仏に………。
お兄様………どうか、余計な詮索などなさいませんように!
お願い致します。」
兄はそれ以上何も言わずに帰って行った。
私は「私も時を遡った」ことを兄には話さなかった。
兄が私と同じだったとは知らなかった。
衝撃は大きかった。
だが、それ以上に和宏の顔が赤くなったのは、ただ単に赤面症だったと知って哀しくなった。
好かれていると勝手に思い込んだことが恥ずかしかった。
孝三郎も兄の友人。
多分、孝三郎にも好かれていなかったのだ。
知りたくなかった。




