最後の恋
保育所で雄二朗の療育が始まった。
加配の保母と二人で「いちご組」全員の成長を見守っている。
私は忙しさに気付かないようにしていたのだろうか。
もう2ヶ月も連絡が無い。
川口孝三郎から全く電話が架かって来ていないのだ。
何があったのか不安になった私は勇気を振り絞って孝三郎に電話を架けた。
「もしもし?」
「……私……華子です。」
「あ……華ちゃん………ごめん、こっちから電話するわ。」
「忙しいのね、ごめんなさい。
元気だったら、いいの。
………じゃあ………また………。」
「………俺から連絡するから……。」
「待ってます。」
「………うん。」
何となく様子が変わっていたように思った。
それから、また3ヶ月もの間、孝三郎から電話が架かって来ることが無いままだった。
そして、4ヶ月目に入ったある日、孝三郎から電話が架かって来て「話があるから会おう!」と言われた。
何故だか私は怖かった。
二人で何度も待ち合わせに使った喫茶店で、私は孝三郎を待った。
「ごめん、待った?」
「ううん、そんなに……。」
「ごめんな……長い間、電話もせんと……。」
「ううん、元気そうで良かったわ。」
「おおきに……ありがとう……。」
「話って……何ですか?」
「あ…………話し……やな……。」
⦅つれないなぁ……って言わないのね。⦆「ええ。」
「あのな……俺……別れた奥さんと……その……元に戻ることになったんや。
あの………ごめんな……。」
「……………………えっ?」
「そやから……元の鞘に戻ることになったんや。
子どもの為に……戻りたいって言われたんや。
それで……戻ることにしてん。ごめん!」
「…………………………………。」
「華ちゃん? 聞いてる?」
「………聞こえています。」
「………あの……ホンマにごめん!」
「良かったね。」
「えっ?」
「別れても好きな女性だったのね。」
「いや………そないなこと……あらへんけど………。」
「お子さんの為にも、良かったと思いますよ。」
「………あ…りがとう。」
「じゃあ、もう連絡先を消しますね。」
「…………あ………そやな………俺も………消すわ。」
「………今まで本当にありがとうございました。
楽しかったです。」
「華ちゃん………俺もありがとう。楽しかった。」
店を出る前に私は私の紅茶代をテーブルに置いた。
「否、ここは俺が出すさかい。」
「いいえ、ちゃんと別にしないといけないわ。
終わりを迎えたのですから……。」
「そうか………終わりやったな……。」
「………ええ……お元気で……お幸せに……お暮し下さい。」
「華ちゃんも……幸せに………。」
「さようなら………。」
孝三郎に「さようなら。」と告げて、私は店を出た。
後ろを振り向かないように歩いた。
否、走ったのだ。
泣き顔を誰にも見られないように俯いて走った。
私は川口孝三郎に恋していたのだろうか――分からない。
でも、心は千々に乱れて、悲鳴を上げるような痛みが襲った。
友達だと思っていた。
友達でも会えなくなるのが寂しいからなのか……私は己の心が分からない。
◇◇◇◇
夫の不倫で離婚を考えていると思っていた幸代だったが、結局は何もしなかった。
騒ぐこともせずに、ただ妻のままだった。
幸代に川口孝三郎との別れを伝えた。
彼女は泣いた。
電話の向こうで涙声になっていた。
「華ちゃん、それで、いいの?」
「いいの?って聞かれても、どうしようもないでしょう。
もう決定事項だったから…………。」
「そんな………。」
それからの私は、将来の為に家を買うことを決めた。
車の運転免許の取得も考えた。
一人で生きていく為に今の私が考えた結果だ。
それが自宅の購入と運転免許の取得だった。




