幸せになる権利
私は前の人生で4人もの人の人生を変えてしまった。
その事実が今の人生での私の心に大きく重たい物のように私に圧し掛かっている。
だから私は【幸せになるべきではない人間】だと何時しか思うようになっていた。
新しい職場で働き始めて半年が経った頃、幸代が「会えるよ!」と電話を架けて来た。
私は嬉しくて、その日を楽しみにしていた。
そして、久し振りに幸代に会えた。
幸代は男の子を産んだ。
そして今、幸代のお腹には第二子が居る。
「大丈夫? 悪阻は?」
「うん、悪阻で辛いけど、4ヶ月に入ったら少しずつ楽になるから……。
気に掛けてくれて、ありがとう。」
「ううん、当たり前でしょう。友達なんだから………。」
「そこは、親友よ行って欲しかった。」
「親友です。訂正してお詫び致します。」
「宜しい!…………あはは………。」
「うふふ………。」
「お腹の子の性別が分かるのは、先よね。」
「うん、あと一人男の子を産まないといけないから……辛いわ~。」
「本当に。」
「まるで機械みたいよね。機械じゃないのに………。」
「うん、そう思うわ。」
「機械扱いされてるみたいで嫌だけど、産まれてきた子の愛おしさは表現出来ない
の。
言葉で愛おしいとか言えるけど、もっと……何て言うか……愛おしいのよ。」
「そうなんだ………うちの兄もそんな感じなのかな?」
「そうよ、そう思っておられるわ。」
「………二人目の男の子だったら………いいね。」
「うん………そうだったら、男の子を産まないといけないっていうプレッシャーか
ら逃れられるもの。」
「ご主人様は、何と仰ってるの?」
「男の子でないと、お前が困るだろう!って……あはは……馬鹿みたいだわ。」
「そんな言い方をなさるの?」
「そう、なさるのよ。」
「華ちゃんにしか言えないことだけど、私の存在意義って子どもを産むことなのよ
ね。
情けないくらい哀しいわ。」
「家を出る気は無いの?」
「離婚ってこと?」
「うん。」
「出来ないわよ。養女が帰る場所あると思う?」
「………そうね………いつか、年を取った時………ずっと先のことだけどね。
さっちゃんが一人になったら私と一緒に暮らさない?」
「華ちゃんと? 嬉しい!
嬉しいけど、華ちゃん、結婚するだろうから……そんな日が来るのかな?」
「来るよ。私は結婚出来ないもの。」
「出来ない? なんで?」
「そんな権利無いから……。」
「権利が無いって……なんでよ!」
「私ね、ず~~っと前に酷いことしたの。
4人も……の人の……人生を変えちゃったの。
だから、そんな権利無いの。」
「何があったのか聞いたら話してくれる?」
「話さないわ、永遠に……。」
「そっか………じゃあ、聞かない。」
「もし、年を取って、さっちゃんが一人になった時は、私と暮らそうね。」
「うん! なんだか、未来が楽しみになった。」
「そんな風に言って貰えて、私、嬉しい。」
幸代の第二子は男児だった。
定めかのように求められた「男児を二人以上産む」ことを幸代は叶えた。
産まれて来た次男の苗字は、幸代の実家(養父母)の姓にした。
養父母の養子にしたのだ。
兄弟で一人だけ姓が違う。
その理由を幸代は次男にしっかり話した。
次男は小学校入学の頃に幸代の実家(養父母)の家で暮らすようになった。
幸代が第二子を出産した同じ頃に、幸代の夫は自分の店で働いていた若い女の子に子どもを産ませた。
産まれてきた子は女児だった。
幸代は、その後、店を切り盛りしながら、男児3人を産み育てた。
3人産んでからというもの、夫とはより一層心が離れた夫婦になった。
離婚出来なかったのは、幸代が養女だったことが大きかった。
そして、見合い結婚だったことも………。
夫は三度も不倫をして、外に出来た子は最初の子の女児一人だけだった。
幸代の夫は40歳になって直ぐに、筋萎縮性側索硬化症(ALS)と診断された。
身体が動けなくなり、最後には命の灯が消えた。
不倫相手との間に出来た子を認知していた夫。
まるで早く亡くなっても、残した最愛に人との間の子を守ったように私は感じた。
財産分与は妻である幸代が1/2、子ども達がそれぞれ1/8。
幸代は残された舅、姑を介護して看取った。
私は幸代の夫が最期に幸代の介護を受けながら亡くなったことで思った。
⦅この世界には神も仏も無い。
どうして、あんな人が! さっちゃんの介護を受けられるの!
こんなことになるなら、倒れて直ぐに無くなったら良かったのに!
幸せになる権利など、あの人には無いわ!
………あ………だから、幸せじゃなくなったのかしら?
身体が動かなくなる病気………もう不倫相手の所へ行けなくなったのね。⦆




