新しい暮し
転職した私は、工場での勤務で毎日疲れ果てて女子寮の自室に帰っていた。
仕事は単純な軽作業だけれども、慣れない仕事を覚えることに疲れるのかもしれない。
職場の女性達とは少し話せるようになったが、言葉に相手が違和感を持つようだった。
自室に戻った私を優しく迎えてくれるのは、あの折り紙のオーナメントである。
優しい和宏の笑みが見えるような気がした。
癒された。
◇◇◇◇
私の転職と入寮を兄には伝えていなかった。
兄夫婦は家族で義姉の実家へ行っていた。
義姉の祖父の体調が悪くなったからだ。
父も母も兄には伝えなかった。
義姉の祖父の体調が良くなってから、兄夫婦は帰って来た。
帰宅した兄に母が私のことを伝えた。
兄は驚いたそうだ。
驚いて慌てて私に会いに来た。
「華子、どうして辞めたんだ。」
「社長の娘が一緒に働くって、周囲の人たちにとっては喜ばしい事では無いのよ。
私は辛かったの。
だから、逃げたの。
お兄様、逃げたら駄目だった?」
「そんなことは、ない。」
「お兄様……今日はそれを聞く為にいらっしゃったの? わざわざ?」
「華子………そんな言い方は無いだろう……。
別に喧嘩をしに来たんじゃないんだから、さ。」
「お兄様、お義姉様のおじい様のことがございます。
私の所へ来られても宜しいの?
お義姉様のお傍に居らっしゃった方が宜しいのでは?」
「体調は落ち着いて居らっしゃるから大丈夫だ。」
「本当ですか! 良かったぁ~!
お義姉様もご安堵なさっておられるでしょうね。」
「うん…………華子、どうして家まで出たんだ?」
「お兄様が仰ったではありませんか。
自立もしていない、と………。
自立してない私が自立を目指しています。」
「僕が逝った言葉が原因?」
「ええ、お兄様には感謝しています。
自立していない、と気付かせて下さいました。」
「華子、僕のせいなのか?」
「お兄様のせいとか思ってません。
感謝申し上げておりますと、私は申しましたわ。」
「華子。」
「私、結婚をする気はありません。
それに、お兄様の大切なお友達に近づくこともしません。
心の奥底に想いを秘めたままかもしれません。
でも、それで良いと諦めて下さいまし。」
「まだ、想いを寄せているのか? 雄一に……。」
「私の初めての恋です。」
「和宏では無理だったのか。」
「大変優しい方で、素敵な方で……私には勿体ない方で………。」
「でも駄目だったのか?」
「私、友達が結婚してから会えなくて寂しかったのです。
その寂しさを埋めて下さいました。」
「今は? 寂しくないのか?」
「休日の過ごし方がお洗濯とお掃除……それが終われば何もありませんもの。
寂しいわ……寂しいけれども……これで、いいの。」
「寂しいのに一人で居るのか?」
「誰かと一緒に居て孤独を感じるよりも、最初から一人の方が宜しいのでは?」
「家に居て孤独を感じていたのか?」
⦅お兄様、それは前の人生のことです。⦆「いいえ……。」
「本当か?」
「本当です。」
「そうか………あのな、和宏だけど………。」
「お元気で居らっしゃいますか?」
「うん、元気だよ。
あのな、和宏、結婚したんだ。見合いで………。」
「………まぁ……それは御目出とうございます!
そのようにお伝え下さい。」
「気にも掛けないか?」
「お幸せなら……お元気なら……嬉しいです。」
「そうか………。」
「嘘が嫌だと申しましたよね。」
「うん、そうだったな。」
「お兄様のお友達だと初めから教えて頂いて居ましたら、まだお友達でした。」
「そうか………。」
「でも、私とお友達のままでしたら、ご結婚は出来なかったのかもしれません。
だから、良かったです。ご結婚なさって………お幸せにお暮し頂きたいです。
和宏さんは私に楽しい時間を過ごさせて下さった優しい方ですもの。
お幸せを祈っております。
お兄様が伝えても良いとご判断なさったら、そのようにお伝え下さい。」
「分かった。」
女子寮の私の部屋には今も和宏から貰ったあの折り紙のオーナメントが飾られている。
私は部屋に戻り、そのオーナメントを見た時、涙が頬を一筋流れ落ちたことに気付かぬようにした。




