巣立ち
私は家を出る前日に両親に話した。
退職したこと、再就職をしたこと、そして家を出ること。
母は泣き、父は激怒した。
勝手な事をしたと怒っている父に私は勇気を出して自分の想いを伝えた。
「お父様、私はお父様の会社で辛かったです。
常に誰かが言いました。
御手洗いで、給湯室で、そして更衣室で……
コネで入った、やりにくい、早く辞めて欲しい……。
陰口はほぼ毎日で、私に聞こえるように仰ってるのかしら?と疑うほどでした。
あの会社に私は居られませんでした。
お父様は、お兄様には好きにさせられましたよね。
就職も大学進学も、お兄様が望む限りのことを許されました。
お兄様は将来、お父様の跡を継がれるかもしれません。
でも、就職先はお父様の会社ではありません。
結婚も……お父様は一度もお兄様にお見合いをさせませんでした。
私には許されなかったことです。
私には許されなかったことを、お兄様は難なく得られるのです。
私は役立たずと罵られる日々から解放されたいのです。」
「誰が………誰が、華子さんを役立たずと罵るのですか!」
「お父様の会社の方々です。」
「………ううう…………あなた、華子さんが可哀想です。」
「お父様、私は工場で働くことが決まっています。」
「工場!………そんな………。
お箸よりも重い物を持たせたことがありませんのに……。」
「誰も私の父親が会社を経営していると御存知ではありません。
だから、私はただの高嶋華子です。」
「ただの……高嶋華子、か………。」
「はい。」
「そうか…………。」
「それに、女子寮があります。
お父様、お母様、私は明日その女子寮に入ります。」
「華子………君は何を言ってるのだ。
女子寮? この家から出て行くのか?」
「はい、出て行きます。」
「ううう………華子さんが………。」
「お母様、もう泣かないで下さいまし。
娘が巣立つだけでございます。」
「でも……貴女を外に出すなんて……。」
「結婚しても外に出すことではありませんか。
結婚ではなく、就職で家を出るだけでございます。」
「……華子さん、私は反対ですよ。
いいえ、許しません!」
「明日の午前10時にトラックが参ります。」
「……そうか……華子、そういうことが一人で出来るのだな。」
「はい、お父様。
私は10歳の子どもではございません。」
「……子どもだ。私にとっては何時までも君は子どもだ。」
「それは、そうですけれども……………。
私はもう一人で生きていくことが出来る大人になりたいのです。
結婚しなくても生きていくことが出来る大人を目指しています。
それにね、お父様。
結婚しても夫との離別が訪れないとは言えません。
私は男性の力が無くても生きていくことを目指しています。」
「……そうか……一人でも生きていくことが出来るようになりたい、か。」
「はい! ですから、私はどんなに叱られましても決めた道を歩みます。
お父様、お母様、大切に育てて下さってありがとうございます。
今日から私が自分の道を歩む姿を見守って下さい。
どうかお願い致します。」
母は泣き続け、父は目を瞑ったままだった。
翌日の午前10時前に引っ越し業者がやって来た。
私は一番小さなトラックを頼んでいた。
見積もりは、両親が居ない時に済ませていた。
その日、家に居た執事と手伝いには用事を言い付けて外出させた。
⦅こんな悪巧みは可愛いものだわ。
前の人生での、あの悪巧みと比べると……。⦆
持って行くものは少なかった。
ベッド、ドレッサーなど家具は要らない。
衣服やバッグ、そして化粧品などの日常品を前もって自分で段ボールに入れていた。
少ない荷物がトラックに積まれたのを見て、私は予約していたタクシーに乗った。
母はハンカチで顔を覆うようにしていた。
涙が止まらないようだ。
父は無言で見守っていた。
私は母を抱き締めて「心配しないで。」と言い、父の前で「行って参ります。」と頭を下げた。
ひと言、父が私に告げた。
「身体だけは大切にしなさい・
………華子の家はここだから………何時、帰って来てもいいのだよ。」
私は瞼に涙を浮かべて「はい、お父様こそお元気で居て下さいまし。何時までも……。」と言ってからタクシーに乗り込んだ。
産まれてから長く暮らしたこの家。
両親の愛が育んでくれたこの家。
前の人生では、この家を雄一との結婚で出た。
この人生では、一人で生きる為の力を得る為に家を出る。
今、私は心躍っている。




