自立のハードル
父には和宏から「終わった」ことを伝えられていた。
父と母は私にどう話せばいいのか分からなかったようだ。
両親の口から破談になった事を聞いたのは、兄が帰った翌日だった。
部屋に籠ることが多くなった私の部屋に両親が来た。
ノックの後、「華子、話がある。」という父の声が聞こえた。
私が「どうぞ、お父様。」と言うと、父と母が入って来た。
「華子、矢沢和宏君との話を君は断ったのか?」
「華子さん、あんなにお付き合いして楽しそうでしたのに……。
それなのに……貴女からお断りしたの?」
「はい、そうです。」
「やはり、な。」
「和宏さんは何と仰っておられました?」
「和宏君は大人だからな、華子の為に『お互いに合わないと思いました。』と仲人
さんに言ってくれた。
その上、私に連絡をくれて、彼は『申し訳ありませんでした。』と………。
華子を気遣って『幸せを祈っている。』と言ってくれたのだよ。
彼は華子に対して何の不満も無いとも言ってくれた。
だが、違うんだよね。」
「はい。」
「何が不満でしたの?」
「嘘を吐かれたことです。
お父様も嘘を吐かれましたよね。
知人の御子息だと……お兄様のご友人なのに……。」
「それだけで、か?」
「お父様が見合いの前に和宏さんとお会いになられたことも、私は知らされてはお
りません。
和宏さんにお見合いの前……何故、面接のようなことをなさいましたの?」
「華子の結婚相手として、華子を委ねられるかどうかを見極める為だ。」
「お兄様は? お兄様の結婚には何もなさらずに……私だけ……。
私の気持ちなど無視されてばかり………。」
「華子………お父さんは君が心配なだけだ。」
「私には自由がありません。
就職の自由も、結婚するかどうかの選択の自由も……何もありません。」
「華子さん、お父様は貴女のことが大事だから………。」
「お母様が結婚された頃と今は違います。
恋愛結婚する方の方が多いと思います。
それに、今は結婚するかどうかより前に就職します。女性でも……。
お母様の頃とは違うの………違うの………。」
「華子、結婚するんだ。
私達が死んだら誰も君を守ってはくれない。
いいね! 私が決めた相手と結婚しなさい。」
「あなた………。」
「次の相手との見合いは、もう結婚が決まったものだと理解しなさい。」
「お父様、嫌です!」
「華子! 我儘を言うんじゃない!」
「あなた、落ち着いて下さいまし。
華子もお父様にそのような言い方をしてはいけません。」
父が怒って部屋から出て行った。
母は私に一瞥して父を追った。
私は父の会社を辞めて就職することを決めた。
◇◇◇◇
月曜日、結婚して松森という姓になった幸代から電話が架かって来た。
嫁ぎ先に誰も居ない時間でないと幸代から電話が架かって来ることは無い。
「さっちゃん、元気だった?」
「うん、元気よ。華ちゃんは?」
「うん、元気!」
「あれから、和宏さんとどうなったのかなぁ~って気になって……。
それで、どうなの? もうプロポーズされた?」
「………終わったの。」
「え……………終わった?」
「うん、父の知人の息子さんじゃなかったの。」
「えっ?」
「兄の高校の頃からのお友達で、お見合いの前に父が面接してたの。」
「えっ?」
「私ね、贅沢な悩みだと、さっちゃんは思うだろうけど……自由が無いの。
短大に通っている頃から見お見合いさせられて、やっと就職させて貰えても、就
職先は父の会社。
私は籠の鳥で……出たいの。」
「華ちゃん、気持ち、分かる。」
「それでね…………。」
「急に小さな声になって……近くに誰か居るの?」
「居ないけど、急に入って来られたら困るから………。
あのね、別の会社に就職したいの。
それで、就職出来たら家を出たいの。」
「じゃあ、職安だね。」
「職安?」
「そう、先ず行くべき先は、職業安定所!
そこで、就職先を探して貰うの。
出来れば寮があるところだといいよね。」
「寮?」
「そう女子社員寮。そしたら、アパートとか探さなくていいもん。」
「そうなのね! さっちゃん、ありがとう!」
「いいえ~~。
あ! お姑さんが帰って来た。」
幸代はそう言って直ぐに電話を切った。
私は幸代が可哀想でならなかった。
幸代こそ自由が無い。
幸代が結婚する前に言っていた。
「私ね、二人以上男の子を産まないといけないの。」
「どうして?」
「一人は嫁ぎ先の松森家の跡取り。
もう一人は吉田家の跡取り。」
「えっ?」
「私を養女にしたのは、嫁がせてでも血が繋がった男の子が欲しいから。
だから、女の子でも妥協したのよ。」
「それ、誰から聞いたの?」
「養父母から聞いた。
お見合いの前に、結婚したら二人目の男の子の苗字は吉田に決めてあるって。
女の子は要らないんだって、さ。」
「何なの? さっちゃんのこと、何だと思って!」
あの話を聞いた時、私は泣いてしまった。
一番泣きたかったのは幸代だったのに………。
◇◇◇◇
私は退職する前に職業安定所に会社を休んで私は行った。
今の会社名を聞いた職員は「勿体ないですね。」と言ったが、私は「退職しますので寮がある会社を探しています。」と話した。
その日は、求職票を記入して、自分で求人票を見た。
途中入社になると給与は下がる。
資格を持たない私には、再就職のハードルは高い。
心が折れそうだった。
それでも、私は家を出たかった。
一人でも生きていくことが出来る力が欲しかった。




