第25話 陥れるつもりが、落ちたのは…
学園祭の会場から連れ出される時、エドガーとベッラに向けられていた視線は冷たかった。
少し前まで、エドガーはこの場で名誉を取り戻すつもりだった。
瑠璃羽のグリフォンと心を通わせ、来賓や生徒たちの前で見直されるはずだった。
ベッラも同じだ。
リシェルを貶め、自分がまた周囲の中心に戻るつもりでいた。
だが、実際に二人が得たものは違った。
エドガーは奥歯を噛む。
なぜ、こんなことになった。
そう思っても、答えは出ない。
その日の夜、エドガーはナルティス子爵家へ戻された。
執務室には、父と母が待っていた。
二人とも、すでに学園から報告を受けている。
父の顔は、今まで見たことがないほど険しかった。
「エドガー」
低い声だった。
「瑠璃羽のグリフォンを用意してやった結果が、これか」
「父上、違うのです。あれはベッラが勝手に――」
「黙れ」
父の声が鋭く響いた。
エドガーは肩を震わせる。
「お前の契約補助札からも、同じ香が出たと聞いている」
「それは……」
「言い訳は聞かん」
父は机に置かれた書類を睨むように見た。
「魔獣契約競技での不正。婚約者であるリシェル嬢への害意。さらに、公爵令息であるアルヴィン様の前で醜態を晒した。来賓の前でナルティス家の名を落としたのだぞ」
エドガーは唇を噛んだ。
母も隣で冷たく言う。
「リシェル嬢との婚約も、もう継続は難しいでしょうね」
「そんな……!」
エドガーは顔を上げる。
「婚約まで解消する必要はありません! 僕はただ、少し評価を取り戻そうとしただけで……!」
「そのために魔獣を利用し、リシェル嬢に濡れ衣を着せようとしたのか」
父の目がさらに冷える。
「お前は、自分が何をしたのかまだわかっていないようだな」
エドガーは言い返せなかった。
ただ、胸の内には怒りがあった。
なぜ、自分ばかりが責められるのか。
香炉を持っていたのはベッラだ。
リシェルに匂いを仕込んだのも、ベッラのはずだ。
自分だけが悪いわけではない。
そう思っていると、父が告げた。
「正式な処分が出るまで、お前は屋敷から出るな。学園祭二日目への参加も認めない」
「ち、父上!」
「リシェル嬢との婚約については、こちらから謝罪と解消の話を進める」
エドガーの顔から血の気が引いた。
婚約者という立場。
それは当たり前にあるものだと思っていた。
だが、それすら失う。
エドガーは自室へ戻ると、机の上の物を払い落とした。
「くそっ……!」
なぜ、こんなことになった。
なぜ、自分がこんな目に遭わなければならない。
ベッラが余計なことをしたからだ。
いや、リシェルが最初から大人しくしていればよかった。
あの女が、急に変わったから。
「全部、リシェルのせいだ……!」
エドガーはそう吐き捨てた。
同じ頃、ベッラもオーケソン伯爵家で責められていた。
屋敷に戻った時、父はすでに待っていた。
母も隣にいる。
だが、以前のようにベッラを庇う空気はなかった。
「私は悪くありませんわ!」
ベッラは開口一番、そう叫んだ。
「エドガー様がやると言ったのです! 私は少し手伝っただけで……!」
「黙れ」
父の声に、ベッラはびくりと身を震わせた。
「お前は何度、リシェルに関わるなと言えばわかる」
「でも、あの子が……!」
「まだ言うか」
父の目は冷たかった。
「学園での評判だけではない。来賓の前で、オーケソン家の令嬢が不正に関わったのだぞ」
ベッラは唇を噛む。
母も顔色が悪い。
だが、ベッラを助けようとはしなかった。
以前なら違った。
リシェルが悪いのだと、ベッラが言えば信じてもらえた。
だが今は違う。
リシェルは魔獣管理の教師からも信頼されている。
公爵令息であるアルヴィンもリシェルの側にいる。
生徒たちも、もう以前のようにはベッラを見ていない。
父は低く言った。
「お前は、もうリシェルを見下せる立場ではない」
その言葉が、何よりベッラを傷つけた。
「なぜ……なぜですの……!」
「正式な処分が出るまで謹慎だ。学園祭二日目への参加も許さない。リシェルへの接触も禁じる」
「そんな!」
「ナルティス家との関係も悪化するだろう。お前にも責任を取らせる」
ベッラは言葉を失った。
何もかもが、自分から離れていく。
取り巻きも。学園での立場も。家での信用も。
すべて、リシェルのせいだ。
そう思わなければ、耐えられなかった。
翌日。学園祭二日目は、朝から賑わっていた。
昨日あれだけの騒ぎがあったにもかかわらず、学園には生徒や来賓の声が響いている。
だが、エドガーとベッラはその中心にはいなかった。
二人は事情聴取のため、保護者同伴で学園へ呼び出されていた。
学園長室へ向かう廊下の途中で、偶然顔を合わせる。
エドガーの顔色は悪い。
ベッラの目元も赤かった。
だが、どちらも反省しているようには見えなかった。
「君のせいだ」
先に口を開いたのはエドガーだった。
「君が余計なことをしたせいで、僕まで疑われた」
ベッラの顔が歪む。
「余計なことですって? あなたが契約競技で使うと言ったのでしょう」
「僕はリシェルの席にまで香を仕込めとは言っていない」
「でも、リシェルに恥をかかせたいと言ったのはあなたですわ!」
「君が勝手に話を大きくしたんだ!」
「あなたが失敗したからでしょう!」
二人の声が大きくなっていく。
廊下の向こうにいた生徒たちが、足を止めた。
昨日の件を知っている者たちは、すぐに小声で囁き始める。
「まだ人のせいにしているのか」
「魔獣に謝りもしなかったのに」
「もう終わりね」
その声に、ベッラが振り返る。
「何を見ているの!」
だが、生徒たちは怯えなかった。
ただ冷たい目でベッラを見て、それから離れていく。
以前なら、その一言で周囲は黙った。
だが今は違う。
ベッラの声には、もう以前のような力がなかった。
エドガーもそれを見て、さらに苛立つ。
「君と関わったせいで、僕の婚約まで解消されるかもしれないんだぞ」
「私のせいにしないでくださいませ! そもそも、リシェルと婚約していながら私に近づいたのはあなたでしょう!」
「君が誘ったんだろう!」
「最低ですわね!」
「君にだけは言われたくない!」
二人は互いを睨む。
もう、味方ではなかった。
利用し合っていたものが、失敗した途端に崩れただけだ。
二人の耳に、学園祭の楽しそうな声が聞こえてきた。
笑い声。呼び込みの声。
どこかで鳴る鐘の音。
昨日まで、二人はその中心に立つつもりでいた。
注目され、評価を取り戻し、リシェルを見下すつもりでいた。
だが今、二人はそこへ戻ることすら許されない。
エドガーとベッラは、互いを睨み合う。
自分たちが落とそうとしたのは、リシェルではなかった。
落ちたのは、自分たち自身だった。




