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第24話 企みは暴かれて

「な、なぜ僕がそんなことをされなければならない!」


 エドガーが声を荒らげる。


「競技中に魔獣が異常な反応を見せた。さらに、ベッラ嬢の手から魔獣が反応する香炉が見つかった」


 反対に、アルの声は冷たい。


「競技参加者である君の持ち物を確認するのは、当然だろう」

「それはベッラが勝手に持っていたものだ! 僕には関係ない!」


 エドガーがそう叫んだ瞬間、ベッラの顔が歪んだ。


「エドガー様……?」


 裏切られたような声だった。


 だが、エドガーはベッラを見ない。

 自分を守ることで精一杯なのだろう。


 魔獣管理の教師が近づいてきた。

 表情は厳しい。


「エドガー君。アルヴィン君の言う通りだ。競技に持ち込んだ補助具を確認させてもらう」

「先生まで……!」

「これは学園祭の催しである前に、魔獣を扱う競技だ。魔獣に異常が出た以上、確認を拒むことはできない」


 教師の声に、周囲が静まる。


 エドガーは唇を噛んだ。

 逃げたいのだろう。


 だが、教師もいる。アルもいる。

 観客の視線も集まっている。


 エドガーは震える手で、懐から一枚の札を取り出した。

 薄い木札のようなものだ。


 淡い魔力の線が刻まれている。


「これは、契約補助札です」


 エドガーは早口で言った。


「競技で使用を認められているものだ。魔獣に魔力を伝えやすくするためのもので、不正ではない!」

「本来の契約補助札ならな」


 アルが札を受け取る。

 そして、少し顔をしかめた。


「同じ匂いがする」


 私も近くにはいないが、出した瞬間にわかったので頷いた。


「ああ。同じだ」


 ベッラの香炉から漂っていた甘く濁った匂い。

 私の近くに仕込まれていた匂い。


 そして、エドガーの契約補助札からする匂い。

 全部が同じだった。


 教師が札を確認する。

 それから、ベッラの香炉へ視線を移した。


「……これは契約補助札に、香が染み込ませてありますね」


 観客席がざわめいた。


「香?」

「不正なのか?」

「魔獣を惑わせるものなの?」


 教師は香炉を受け取り、慎重に中を確かめた。


「表向きは、魔獣を落ち着かせるための香に見える。だが、これは濃すぎる。使い方によっては、魔獣の判断を鈍らせる」


 ミーナが息を呑んだ。


「そんなものを……」


 グリフォンがで小さく震えた。

 私はその頭を撫でる。


「もう大丈夫だ」

「ピィ……」


 小さな声が返ってくる。


 その声を聞いた瞬間、胸の奥が少し冷えた。

 この子は何も悪くない。


 ただ、利用されただけだ。

 それなのに、怖い思いをした。


 エドガーは青ざめた顔で、教師とアルを見ていた。


「違う……僕は、そんなつもりでは……」

「では、なぜ契約補助札から同じ匂いがする」


 アルが淡々と問う。


「それは……」

「なぜ、ベッラ嬢の香炉と同じ香が、君の補助札に染み込んでいる」


 エドガーは答えられない。

 ベッラも顔を青くしている。


 その時、ミーナが小さな声を上げた。


「あ、あの……!」


 皆の視線がミーナに向かう。


 ミーナは少し怯えたように肩を揺らしたが、それでも私の方を見ると、ぎゅっと記録帳を抱きしめた。


「リシェル様が座る予定だった席の近くにも、同じ匂いがします……!」


 私は少し感心した。

 ミーナは勇気を出して言ってくれた。


 教師がすぐにその場所を確認する。

 客席の端、私がいる予定だった場所。


 そこに置かれていた案内用のリボンから、同じ甘い匂いが漂っていた。


 教師が目を細める。


「……確かに、同じ香だ」


 観客席がさらに大きくざわついた。


「リシェル様の席にも?」

「じゃあ、誰かが仕込んだのか?」

「ベッラ様が先に匂いのことを言っていたわよね……?」


 空気が変わっていく。


 先ほどまで私に向けられていた疑いが、今はエドガーとベッラに向いている。


 私はグリフォンを撫でながら、ベッラを見た。


「なぜ、この香りが私の近くにある?」


 ベッラの肩が震える。


「し、知らないわ……! 私は何も知らない!」

「そうか」


 私は頷いたが、アルは頷かなかった。


「君は先ほど、リシェルの近くから匂いがすると真っ先に言った」


 ベッラの顔が強張る。


「そ、それは、本当に匂ったから……!」

「客席の前にいた君が、なぜリシェルの席の近くに仕込まれた匂いに、誰より早く気づいた?」

「……っ」


 ベッラは答えられない。

 周囲の視線が刺さる。


 エドガーが一歩下がった。


「ぼ、僕は知らない!」


 また、それだ。


「これはベッラが勝手にやったことだ! 僕は契約競技で評価を取り戻そうとしただけで……!」

「勝手にですって!?」


 ベッラが叫んだ。


「エドガー様が言ったのでしょう! 学園祭で目立てば評価を取り戻せる、リシェルに恥をかかせられるならやる価値はあるって!」


 観客席が静まり返る。


 ああ、言った。

 言ってしまったな。


 エドガーの顔が引きつる。


「ベッラ、黙れ!」

「黙りませんわ! あなたが契約競技で使うと言ったから、私は手伝っただけですもの!」

「君が勝手に余計なことをしたんだ!」

「あなたも同じ香のついた札を持っていたでしょう!」


 二人が互いに責任を押しつけ合う。


 その姿を見て、観客たちの視線が冷えていくのがわかった。


 先ほどまで少し迷っていた者たちも、もう何が起きたのか理解したのだろう。


 エドガーとベッラは、私に濡れ衣を着せようとした。

 そして、魔獣を利用した。


 それだけだ。


「醜いな」


 思わず、そう呟いた。

 二人の言い争いが止まる。


 私はグリフォンの頭を撫でたまま言った。


「私に謝る必要はない」


 エドガーの顔に、ほんの少し安堵が浮かんだ。

 ベッラも、わずかに息を吐いた。


 だが、違う。


「謝る相手は、この子だ」


 私はグリフォンを見る。

 小さな身体は、まだ震えていた。


「この子は、お前たちの評価を取り戻すための道具ではない」


 エドガーは唇を震わせる。

 だが、謝罪の言葉は出てこない。


 ベッラも同じだった。

 悔しそうに顔を歪めているだけだ。


 この期に及んでも、自分たちのことしか考えていないらしい。


 アルが一歩前に出た。


「この件は看過しない」


 その声は、先ほどよりもさらに冷たかった。

 公爵令息としての声だ。


「魔獣契約競技で不正な香を使用し、魔獣を惑わせた。さらにリシェルへ濡れ衣を着せようとし、観客と生徒を危険に晒した。学園にも、両家にも、正式に報告する」

「待ってください、アルヴィン様!」


 エドガーが慌てて叫ぶ。


「これは誤解です! 僕はただ、競技を成功させようと……!」

「誤解なら、なぜその札に香が染み込んでいた」


 エドガーは詰まる。


「それは……」

「答えられないのなら、そういうことだ」


 アルは容赦がなかった。


 魔獣管理の教師も頷く。


「エドガー君、ベッラ嬢。二人には、学園祭への参加停止を命じます。この後、学園長にも報告し、正式な処分を決めます」

「そんな……!」


 ベッラが青ざめる。


「魔獣への不正な干渉、競技妨害、そしてリシェル嬢への害意。軽い処分では済まないと思いなさい」


 教師の声は厳しかった。


 周囲の観客たちも、もう二人を見る目を変えていた。

 呆れと、軽蔑。


 エドガーは焦ったように私を見る。


「リシェル、待ってくれ! 僕は君の婚約者だろう!」


 そういえば、そうだったな。

 忘れていたわけではない。


 ただ、重要ではなかった。

 私はグリフォンを撫でながら答える。


「そうだったな」

「だったら、君からも何か言ってくれ! これは少し行き違いがあっただけで――」

「待たない」


 短く切る。

 エドガーの顔が固まった。


「お前は、可愛いものを傷つけた」


 婚約者としてどうこうより、それが一番許せない。


 この子を怖がらせた。

 利用した。


 そして、謝りもしない。

 なら、もう関わる理由がない。


 アルが静かに言った。


「少なくとも、リシェルを害するために魔獣を利用した者を、彼女の婚約者として扱うことはできない」

「そうか。では解消でいい」


 私は頷いた。


 エドガーが何かを言おうとした。

 だが、言葉にならなかった。


 ベッラも、唇を震わせている。


 以前なら、周りにいた令嬢たちが何か言ったのかもしれない。

 だが今は、誰もいない。


 エドガーもベッラも、学園祭の舞台の上で、自分たちの不正を晒した。

 自分たちで、自分たちを落としたのだ。


 グリフォンが、私の腕の中で小さく身じろぎした。


「ピィ……」

「もう大丈夫だ」


 私はそう言って、頭を撫でる。


 展示区画の魔獣たちも、少しずつ落ち着いていた。


 兎型魔獣は柵の近くで丸くなり、羽猫は毛を戻している。

 水竜の幼体も、また水玉を抱えていた。


 アルが私の隣へ戻ってきた。


「また増えたな」

「何がだ」

「お前に懐く魔獣だ」


 私は腕の中の瑠璃羽のグリフォンを見る。

 青い羽は美しく、目を閉じ始めていた。


「悪くないな」

「人間もいるぞ」

「お前のことか?」


 アルは少し黙った。


「……まあ、そうだ」

「撫でるか?」

「今はいい」

「今は、だな」

「……ああ、あとで頼む」


 私は少し笑った。


 学園祭の主役になるつもりだった者たちは、舞台の上で自らの不正を晒した。


 そして、その中心で震えていた小さな魔獣は、今、私の腕の中で静かに眠ろうとしている。


 それだけで、今日動いた価値は十分にあった。



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