表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
17/27

第17話 アルからの相談


 銀角黒豹の騒ぎから、数日が経った。


 あの日の合同実習は、途中で中止になった。


 銀角黒豹は学園側で一時的に保護されることになり、ベッラはその場で実習への参加を止められたらしい。

 その後保護者に、つまり私とベッラの両親にも連絡がいったと聞いた。


 しばらく魔獣関連の授業への参加も禁じられるそうだ。

 エドガーも事情を聞かれたらしい。


 自分はただベッラに付き添っていただけだ、と言ったようだが、あの場で「ベッラはこういう立派な魔獣を扱える」と言っていたので、完全に無関係とは見なされなかったようだ。


 詳しいことは知らない。

 正直、あまり興味もない。


 ただ、二人とも以前より騒がしくなくなった。

 それは良いことだ。


 廊下でベッラを見かけることもあった。

 以前より顔色が悪い。


 髪飾りも、リボンも、いつもより控えめだった。

 周囲の生徒たちが、少し離れたところで小声で話している。


「あの銀角黒豹の……」

「危なかったよね」

「リシェル様がいなかったら……」

「魔獣を見せびらかそうとしていたんでしょう?」


 ベッラはそれを睨む。

 だが、生徒たちは以前ほど怯えなかった。


 さっと視線を逸らしはするが、ベッラに従うような空気ではない。

 セリアたちはまだ戻ってきていない。


 ベッラの隣に並ぶ者もいない。

 エドガーも、少し離れた場所にいた。


 ベッラの方を気にしてはいるが、近づこうとはしない。

 ベッラと一緒にいれば、自分まで噂されると思っているのかもしれない。


「リシェル様」


 別の日、廊下を歩いていると、女生徒が声をかけてきた。

 見ると、銀角黒豹の時に助けた女生徒だった。


 隣には、友人らしい生徒たちもいる。


「先日は、本当にありがとうございました」


 彼女は丁寧に頭を下げた。


「怪我がないならよかった」


 そう答えると、女生徒は少し目を潤ませた。


「はい……あの時、リシェル様が助けてくださらなければ、本当に危なかったと思います」

「風で引き寄せただけだ」

「それがすごいんです……!」

「銀角黒豹の攻撃も片手で止めたって聞きました」

「怖くなかったんですか?」

「しかも、その後に懐かれていたって……」


 少しずつ、周りから向けられる目が変わっているのは感じていた。

 好意的な視線が増えたのだろうが、どう返せばいいのか、よくわからない。


「……そうか」


 とりあえず、そう言った。


「リシェル様はすごいんです……!」


 横からミーナが言った。

 なぜか、自分のことのように誇らしげだ。


「銀角黒豹も、小型魔獣たちも、リシェル様の前では安心するんです……!」

「ミーナ」

「はいっ」

「お前も、銀角黒豹が怯えていたことをよく見ていた。偉いぞ」


 私はミーナの頭を撫でた。


「はぅ……!」


 ミーナは頬を赤くして、ふにゃりと笑う。

 周囲の女生徒たちが、なぜか少しざわついた。


「綺麗……」

「リシェル様、かっこいいのに優しい……」

「ミーナさんが羨ましい……」


 よくわからない。

 だが、敵意ではないようなので、悪いことではないのだろう。


 女生徒たちが離れていった後、アルが横から言った。


「ずいぶん人気者になったな」

「そうなのか?」

「今のを見てわからないのか」

「好意的なのはわかる。だが、どう返せばいいのかわからない」

「普通に礼を言えばいい」

「そうか。なかなか難しいな」


 アルが少し笑った。


「今、笑ったな」

「まあ、笑ったな。お前がそういう態度を見せるのが珍しいからな」

「そうか、可愛いぞ」

「すぐそれを言うな」


 私は手を伸ばしかけた。

 だが、アルは一歩下がる。


「ここではやめろ」

「では、あとでか」

「そういう意味ではない」

「難しいな」

「難しくない」


 アルはため息をついた。


 放課後、私は銀角黒豹の様子を見るために魔獣厩舎へ向かった。

 当然のように、アルも隣にいる。


 やはり可愛い。


 厩舎に着くと、ミーナがすでに待っていた。


「リシェル様!」

「元気だな」

「はい! 銀角黒豹の寝床を整えておきました!」

「有能だな」

「はぅ……ありがとうございます……!」


 ミーナは帳面を胸に抱えて、嬉しそうに笑った。


 銀角黒豹は、広めの区画で休んでいた。

 小型魔獣とは別の、丈夫な柵と結界のある場所だ。


 だが、以前の檻のような息苦しさはない。


 銀角黒豹は私に気づくと、ゆっくりと顔を上げた。

 まだ少し警戒はある。だが、敵意はない。


 起き上がり、静かにこちらへ近づいてくる。

 そして、額を私の手に押し当てた。


 私はその額を撫でる。


「少しは落ち着いたな」


 銀角黒豹が低く喉を鳴らす。

 アルが横から状態を確認した。


「首輪の影響はまだ残っている。だが、魔力の乱れはかなり落ち着いた」

「しっかり治るのか?」

「ああ。単純に休ませればいい」

「そうか」


 それならよかった。


 小型魔獣たちも、少し離れた場所からこちらを見ていた。

 兎型の魔獣が、小さく鳴く。


「きゅ」


 銀角黒豹がゆっくり目を向ける。

 小型魔獣は少し耳を揺らしたが、逃げない。


 銀角黒豹も襲わない。


「仲良くできそうか?」


 私が尋ねると、銀角黒豹は低く喉を鳴らした。


「そうか。いい子だ」

「大型魔獣にもそれで通じるのか」


 アルが言った。


「通じているだろう」

「まあ、通じているな」


 アルは少し不思議そうに銀角黒豹を見た。

 ミーナは記録帳に何かを書きながら、目を輝かせている。


「リシェル様の前だと、みんな穏やかです……!」

「そうなのか?」

「はい……!」


 ミーナは強く頷いた。

 アルも少し真面目な顔になる。


「たしかに、不思議だな」

「何がだ」

「強い魔力は、本来なら魔獣を怯えさせる。だが、お前の魔力には近づいてくる」

「可愛いものに好かれるなら、良いことだ」

「そういう話では……いや、そういう話でもあるのか」


 アルは少し考え込んだ。


 銀角黒豹が私の手に顔を擦り寄せる。

 私はそのまま撫で続けた。


 しばらくして、ミーナが小型魔獣のほうへ行ったとき、アルが口を開いた。


「リシェル」

「なんだ?」

「前に言っただろう。うちに、会わせてみたい相手がいると」

「魔獣か?」

「近い。だが、普通の魔獣ではない」


 アルは少しだけ視線を落とした。


「聖獣に近い存在だ」


 聖獣……私は銀角黒豹を撫でながら、アルを見る。


「名前は?」

「シルヴァ」

「シルヴァ、か」


 口に出すと、少し響きが柔らかい。


「ルンドホルム家に、代々関わりのある存在だ。昔は家を守る守護獣のようなものだった」

「今は違うのか?」

「……今は、人を拒んでいる」


 アルの声が、わずかに沈んだ。


「怪我というより、魔力が荒れている。近づく者を拒絶する。俺でも、近づける時と近づけない時がある」

「お前でもか」

「ああ」


 アルは動物や魔獣に好かれる。

 小型魔獣も、銀角黒豹も、アルには比較的警戒を解いていた。


 そのアルでも近づけない時がある。

 なら、シルヴァという存在は、かなり苦しんでいるのだろう。


「何かあったのか?」


 私が尋ねると、アルは少し黙った。


「外部の術師が、シルヴァの力を利用しようとしたことがある」


 淡々とした声だった。

 だが、少し硬い。


「無理な契約術をかけられた。その残滓が、今も残っているのかもしれない。俺たちも完全には解けていない」

「それで人を信じなくなったのか」

「おそらくな」


 アルは銀角黒豹を見る。


「それでも、シルヴァは俺を守ろうとする。だから余計に魔力が荒れることがある。俺に近づく強い魔力を、敵だと判断するんだ」

「つまり、私も威嚇されるかもしれないな」

「その可能性は高い」

「そうか」


 私は頷いた。


「だが、お前なら……落ち着かせられるかもしれないと思った」


 珍しく、アルの声に迷いがあった。

 頼ってくれている。そうわかる声だった。


 私は銀角黒豹を撫でながら尋ねる。


「シルヴァは苦しんでいるのか?」

「ああ」

「なら、行くさ」


 アルが少し驚いた顔をした。


「即答だな」

「苦しんでいるのだろう? それに、お前が頼ってきた」


 私は淡々と言う。


「断る理由がない」


 アルは少し目を逸らした。


「……そうか」


 耳が赤くて可愛い、撫でたい。

 だが、真面目な話なので少し我慢した。


 私は偉い。


「次の休み、うちへ来てほしい」

「お前の家か」

「ルンドホルム公爵家だ」

「大きそうだな」

「感想が雑だな」

「猫はいるか?」

「いる」

「なら行く価値は高い」

「聖獣より猫なのか」

「どちらも大事だ」


 アルは少し笑った。


「では、迎えを出す」

「ああ、わかった」


 後ろで、こちらに戻ってきたミーナが小さく息を呑んだ。


「リ、リシェル様が、アルヴィン様のお家に……!」

「どうした、ミーナ」

「い、いえ……すごい展開だと思いまして……!」


 ミーナの目が輝いている。

 何かを想像している顔だ。


 アルがため息をついた。


「ミーナ、変な想像をするな」

「し、していません……!」


 していると思う。


 私は銀角黒豹の額をもう一度撫でた。


 次の休み、私はルンドホルム公爵家へ行くことになった。

 猫ではなく、魔獣でもない。


 アルが会わせたいという、聖獣に近い存在に会うために。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ