表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
12/27

第12話 信者?


 セリアの悲鳴が、管理室に響いた。

 次の瞬間、セリアの膝から力が抜けた。


 私は手を離す。セリアはそのまま床に崩れ落ちた。


「セリア様!」


 ニナとラウラが悲鳴のような声を上げる。

 ベッラも顔を青ざめさせ、数歩後ずさった。


 先ほどまでの強気な表情は、どこにもない。

 管理教師が慌ててセリアのそばに膝をつく。


「セリア嬢、大丈夫ですか!」


 セリアは気を失っていた。

 顔色は悪く、額には汗が滲んでいる。


 だが、身体に傷はない。呼吸もしている。

 魔力の流れも、ひどく乱れてはいない。


 ただ、悪夢の名残のように、指先がかすかに震えていた。


「……リシェル」


 アルの声がした。

 低い声だった、怒鳴っているわけではない。


 だが、いつもの呆れた声とも違う。


「何をしたんだ」

「悪夢を見せただけだ」

「悪夢?」

「ああ」


 私は倒れているセリアを見る。


「小型魔獣たちと同じ目に遭う夢をな」


 アルの眉が寄る。

 管理教師も、床に膝をついたまま私を見上げた。


「傷はつけていない。身体にも後遺症はないはずだ。ただ、夢の中でこいつが、自分のしたことを受けただけだ」


 痛み。恐怖。逃げられない感覚。

 助けを求めても、声が届かない絶望。


 それを少しだけ、見せた。

 あの子たちが味わったものに比べれば、まだ優しいくらいだ。


 アルはしばらく私を見ていた。

 それから、小さく息を吐く。


「……やりすぎだ」

「そうか?」

「そうだ」


 私は首を傾げる。

 だが、アルはそれ以上強くは言わなかった。


 彼も、セリアの言葉に怒っていたのだろう。


 ニナとラウラは、完全に怯えていた。

 さっきまで顔色を悪くしながらも立っていた二人は、今は今にも倒れそうなほど震えている。


「す、すみませんでした……!」

「もう二度としません……! 魔獣には近づきません……!」

「私もです……! 本当に、もうしません……!」


 ニナが泣きながら頭を下げた。

 ラウラも震える声で続ける。


 私は二人を見る。


「私に謝るな」


 二人がびくりと固まった。


「謝る相手は、傷つけた子たちだ」

「は、はい……」

「だが、今のお前たちをあの子たちに近づけるつもりはない」


 二人の顔がさらに青ざめた。

 それでいい。


 今の二人が魔獣たちに謝りに行ったところで、あの子たちを怯えさせるだけだ。


 私は床に倒れているセリアを見る。


「そいつを連れて去れ」

「は、はい……!」


 ニナとラウラは慌ててセリアを抱え起こした。

 二人とも震えているせいで、うまく動けていない。


 それでも、必死にセリアの身体を支えている。


 ベッラは、口を開きかけた。

 だが、私と目が合うと、何も言わなかった。


 私はベッラを見る。


「お前も帰っていいぞ。最初から来なくてよかったんだがな」

「……っ」


 ベッラは悔しそうに唇を噛む。

 言い返さない。いや、言い返せないのだろう。


 いつもなら、ベッラの後ろには誰かがいた。

 彼女の言葉に笑い、私を見下す者がいた。


 けれど今、その三人はベッラの顔色など見ていない。

 セリアを支えることで精一杯だった。


 ベッラは一人、取り残されたような顔をした。

 そして、何も言わずに管理室を出ていった。


 扉が閉まる。部屋の中に、重い沈黙が残った。


 その沈黙を破ったのは、ミーナだった。


「あ、あの……」


 小さな声がした。

 見ると、ミーナが両手を胸の前で握りしめていた。


 まだ少し震えている。

 だが、その目は怯えだけではなかった。


「リシェル様……」

「なんだ?」

「すごいです……!」


 ミーナは、ぱっと顔を上げた。


「すごい?」

「はい……! 魔獣たちのために怒ってくださって、証拠も集めて、あの方たちにも全然怯まなくて……!」


 なぜか、どんどん声に力が入っていく。


「かっこよくて、綺麗で、すごく素敵でした……!」

「……そうか」


 私は少し困った。

 前世で、恐れられることは多かった。


 崇められることもあった。

 だが、こういう目で見られることは、あまりなかった気がする。


 純粋な憧れ。尊敬。好意。

 慣れないな。


「まあ、ありがとう」


 そう言うと、ミーナの顔が明るくなった。


「はいっ!」


 可愛い。私は思わず、ミーナの頭に手を伸ばした。


「お前もよく話した。偉かったな」


 そっと撫でる。ミーナの髪は柔らかかった。

 猫とは違う。魔獣とも違う。


 だが、これはこれで悪くない。


「はぅ……嬉しいです……」


 ミーナは頬を赤くして、ふにゃりと笑った。

 なるほど。人間の少女も、撫でるとこういう反応をするのか。


 可愛いな。


 そう思っていた時だった。

 横から、妙な視線を感じた。


 アルだ。彼は少しだけ眉を寄せ、こちらを見ていた。

 不機嫌というほどではない。


 だが、何か言いたそうな顔だ。

 私はすぐに理解した。


「安心しろ、アル」

「何がだ」

「お前もあとで撫でてやる」


 アルの顔が赤くなった。


「そんな顔はしていない」

「していたぞ」

「していない」

「撫でられたいのだろう?」

「違う」

「そうか。なら、今はいらないのか?」

「……ああ、今はいらない」


 私は少し笑った。


「今は、か」

「揚げ足を取るな」


 アルは視線を逸らす。耳が赤い。

 ミーナはそのやり取りを見て、さらに目を輝かせていた。


「お二人、とても素敵です……!」

「やめろ」


 アルが低く言った。

 すると、管理教師が軽く咳払いをした。


「ええと……僕のこと、忘れていませんかね?」


 アルが一瞬で姿勢を正した。


「す、すみません」


 珍しく焦っている。

 私は首を傾げた。


「忘れてはいないぞ」

「そう言っていただけると助かります」


 管理教師は少し疲れたように笑った。


「いやあ、若いですねえ。事件の後に、自然と距離を縮める男女。青春ですねえ。僕にはなかったものです」

「違います」


 アルが即答した。

 管理教師は穏やかに頷く。


「ええ、そういうことにしておきましょう」

「本当に違います」

「はいはい」


 アルの耳がまた赤くなった。

 私は少し考える。


「青春とは、撫でることなのか?」

「違う」

「ふふっ」


 アルがすぐに言った。

 ミーナが小さく笑う。


 管理教師も、疲れた顔のまま少し笑っていた。

 重かった空気が、少しだけ和らいだ気がした。


 管理教師は改めて真面目な顔になる。


「今回の件については、学園側で正式に処分を審議します。小型魔獣区画への出入り管理も厳しくします。世話当番には、教師か職員を必ず同伴させましょう」

「商人の件は?」


 アルが尋ねる。


「すぐに確認します。学園内で生徒とやり取りをした商人がいたなら、大きな問題です」


 管理教師は黒い紐を見た。


「術式についても調べます。これは、学園で認められている管理具とはまったく違う」

「頼みます」


 アルが頷く。


「遅ければ、私が動く」

「リシェル、お前は動く前に先に俺に言え」

「では、お前に言ってから動く」

「動く前に相談しろという意味だ」

「難しいな」

「難しくない」


 アルはため息をついた。

 管理教師はそんな私たちを見て、また少し笑った。


「できれば、学園の手順の範囲内でお願いしますね」

「努力しよう」

「不安ですね」


 正直な教師だ。


 管理室を出る時、ミーナがもう一度頭を下げた。


「リシェル様、本当にありがとうございました……!」

「ああ」


 私は軽く頷く。


「魔獣たちを頼む」

「はい!」


 ミーナは嬉しそうに返事をした。

 かなり元気になったようだ。


 良いことだ。


 廊下に出ると、アルが横で小さく息を吐いた。


「また妙な信者を増やしたな」

「信者?」

「今のはかなり近い」

「そうか。可愛かったな」

「そこなのか」


 アルは呆れたように言う。


 廊下の先では、生徒たちがちらちらとこちらを見ていた。

 セリアたちが出ていったせいだろう。


 すでに噂になっているのかもしれない。

 だが、そんなことはどうでもいい。


 私たちは並んで歩く。


「また噂になるな」


 アルが言った。


「困るのか?」

「面倒ではある」

「私は困らない」

「だろうな」


 アルは少しだけ笑った。

 その横顔を見ていると、つい手が伸びそうになる。


 だが、廊下だ。人目も多い。

 私は少し我慢した。


「何だ」


 アルがこちらを見る。


「いや、撫でたいと思っただけだ」

「思っても言うな」

「言わないと伝わらないだろう」

「伝わらなくていい」


 実に難しい。


 しばらく歩いたところで、アルがふと真面目な声を出した。


「リシェル」

「なんだ」

「お前の魔力は、魔獣を落ち着かせる」

「そうなのか?」

「ああ。普通、あれだけ強い魔力なら怯える」

「なら、あの子たちは強い子たちだな」

「……そういう意味ではないが」


 アルは少しだけ遠い目をした。


「うちにも、会わせてみたい相手がいる」

「猫か?」

「猫ではない」

「魔獣か?」

「近い。だが、普通の魔獣ではない」


 普通の魔獣ではない。

 私は少し首を傾げる。


「ふむ?」

「今はまだいい。少し、様子を見てからだ」


 妙な言い方だった。

 アルの横顔に、ほんの少し影が落ちた気がする。


「変な言い方だな」

「お前ほどではない」

「そうか?」

「ああ」


 アルはそう言って、いつものように視線を逸らした。

 気になる。だが、今すぐ問い詰めるほどではないだろう。


 代わりに、私は手を伸ばした。

 銀色の髪に触れる。


「……なぜ撫でる」

「難しい顔をしていたからだ」

「理由になっていないが」

「では、今日よく働いた褒美だ」

「それも理由になっていない」


 そう言いながらも、アルは逃げなかった。

 指先に触れる髪は、やはり柔らかい。


 今日の件は、一つ片づいた。

 だが、粗悪な制御具を渡した商人がいる。


 まだ、可愛いものを守るためにやることはありそうだ。

 可愛いものを守るためなら、多少面倒なことが増えても悪くない。


 そう思いながら、私はもう一度だけ、アルの銀色の髪を撫でた。



面白かったら本編の下の方にある☆☆☆☆☆から評価を入れていただけると嬉しいです!

ブックマークもしていただくとさらに嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ