第11話 犯人特定、そして罰へ
しばらくすると、管理室の扉が叩かれた。
「失礼いたします」
入ってきたのは、三人の令嬢だった。
先頭にいるのは、鮮やかな赤いリボンをつけた少女。
甘い香りが、部屋に入ってきた瞬間にふわりと広がる。
セリア・バルシュ。
間違いない。私の記憶にある、ベッラの周りによくいる令嬢だ。
その後ろに、二人の令嬢が続いている。
一人は気の強そうな顔をしていて、もう一人は少し怯えたように視線を揺らしていた。
そして、最後にベッラが入ってきた。
呼ばれていないはずだが、当然のような顔をしている。
ベッラは私を見ると、すぐに眉を吊り上げた。
「なんであんたがいるのよ」
「お前に用はない」
「は?」
ベッラの顔が固まる。
私は三人の令嬢を見る。
「用があるのは、そちらの三人だ」
「なっ……!」
ベッラの頬が赤くなる。
どうやら、私が自分を見ていないことが気に入らないらしい。
だが、本当に今はどうでもいい。
ベッラが何を言おうが、何を思おうが、今回の件で話を聞く相手は彼女ではない。
魔獣たちを傷つけた者だ。
アルは横で静かに立っていた。
セリアは私とアルを見て、少しだけ目を細めた。
「それで、私たちに何の御用でしょうか」
声は落ち着いている。
だが、指先がわずかに震えているのが見えた。
平気な顔をしているつもりなのだろう。
「小型魔獣区画への出入りについて、確認したいことがあります」
管理教師が言った。
「あなた方は、この数日で何度か小型魔獣区画に入っていますね」
「ええ。入りましたわ」
セリアはあっさりと認めた。
「魔獣の様子を見に行っただけです。授業のための確認ですわ。それが何か問題なのですか?」
後ろの二人も頷く。
「そうですわ」
「ただ見に行っただけです」
ベッラが鼻で笑った。
「大げさね。魔獣のことで、わざわざ呼び出すなんて」
私はベッラを見なかった。
ただ、セリアたちを見る。
「魔獣なら、何をしてもいいのか」
セリアの口元が一瞬だけ止まった。
だが、すぐに笑みを作る。
「どういうことですの?」
「小型魔獣に傷がついていた」
「まあ、そうなのですね。ただ、少し怪我をしたくらいで騒ぎすぎではなくて?」
「傷くらい、か」
私の声は、自分でも驚くほど静かだった。
セリアはわずかに顎を上げる。
「ええ。魔獣でしょう? 人間ではありませんし」
「それに、私たちは何も知りませんわ」
「そうですよ」
部屋の空気が、少し冷えた気がした。
管理教師の表情が険しくなる。
アルも何も言わない。
「そうか」
今はまだ、それだけにしておく。
アルが一歩前に出た。
「まず、出入り記録だ」
机の上に記録簿が置かれる。
アルは日付と時間を指差した。
「傷ついた魔獣が見つかった日、その前後の時間帯に、君たち三人の名前が何度もある。特に、セリア・バルシュ。君の名前は複数回出ている」
「だから、見に行っただけですわ」
セリアはすぐに返した。
「小型魔獣の様子を見るのは、特に禁止されていないはずです」
「奥の区画にも入っているな」
「入ってはいけない場所でしたか?」
まだ、余裕がある。
確かに、これだけでは弱い。
出入りしたことと、傷つけたことは別だ。
セリアもそれがわかっているのだろう。
アルは表情を変えず、次に管理教師の方を見た。
管理教師が頷く。
「ミーナ・ロセッティさん」
部屋の隅で控えていたミーナが、びくりと肩を揺らした。
セリアたちの視線が、一斉にミーナへ向く。
その目を見て、ミーナの顔が青ざめた。
私は一歩、ミーナの前に出る。
「下級生を睨むな。癖なのか?」
セリアの顔が引きつった。
「睨んでなどいませんわ」
「そうか。なら、随分と目つきが悪いのだな」
「リシェル」
アルが小さく止める。
私は黙った。
ミーナは震えながらも、前に出る。
「わ、私は……放課後に、その三人の方が小型魔獣の奥の区画へ入っていくのを見ました」
セリアの眉がぴくりと動く。
「その後、嫌がるような鳴き声が聞こえて……怖くて、すぐには近づけませんでした」
「見間違いや聞き間違いではなくて?」
セリアが冷たく言った。
ミーナはびくりとした。
だが、私が少し振り返ると、小さく頷く。
「赤いリボンを覚えています。それから、甘い匂いも……この方たちです」
部屋の中が静かになった。
後ろにいた令嬢の一人が、小さく息を呑む。
セリアはすぐに笑った。
「下級生の曖昧な証言ですわね。赤いリボンをつけている生徒なんて、他にもいるでしょう」
ベッラも口を挟む。
「そうよ。そんな子の言葉だけで何を言っているの」
「なら、次だ」
私は静かに言った。
アルが机の上に、布に包んでいたものを置く。
中から出てきたのは、赤い布切れだった。
セリアの目が、ほんのわずかに揺れた。
「これは、小型魔獣区画の奥の藁から見つかった」
アルが言う。
「かなり上等な布だ。制服飾りに使われるものに近い」
私はセリアの胸元を見る。
鮮やかな赤いリボン。
確かに、同じ色だ。
そして、端が少し欠けている。
「そのリボン」
私が言うと、セリアは反射的に胸元を押さえた。
「端が欠けているな」
「こ、これは……昨日、どこかに引っかけただけですわ」
「どこに?」
「覚えていません」
「そうか」
私は赤い布切れを見る。
「私は、魔獣の爪か牙に引っかかったのだと思うが」
セリアの顔から、少し血の気が引いた。
アルが続ける。
「布地、染め、幅。確認すれば一致するだろう。少なくとも、偶然で片づけるには難しい」
後ろの二人の顔色も変わっていく。
だが、セリアはまだ口を閉じない。
「だ、だから何ですの? 布切れ一つで、私が何かしたとでも?」
「では、これはどうだ」
アルは次に、黒っぽい紐の切れ端を出した。
部屋の空気が、さらに重くなる。
管理教師もそれを見るたびに表情を険しくしていた。
「これも同じ場所から見つかった」
アルが言う。
私はその紐を指先で軽くなぞる。
嫌な術式の残滓がある。
「魔獣たちにつけられていた粗悪な制御具と同じ術式だ」
「私たちはそんなもの知りませんわ!」
セリアの声が少し大きくなった。
「本当に?」
私は彼女を見る。
セリアは唇を噛む。
「この紐をつけられた子たちは、痛みで動きを鈍らされていた。逃げようとすれば、魔力が乱れる。抵抗するほど、苦しくなる」
私は黒い紐を見下ろす。
こんな雑なものを、小さな魔獣につけた。
逃げようとする子を押さえつけ、怯える子を見て笑った。
想像するだけで、胸の奥が冷えていく。
「小さく、反撃できないものを選んだのか」
セリアは答えない。
後ろにいた気の弱そうな令嬢が、ぽろりと言葉をこぼした。
「わ、私は……そんなにひどいものだとは思わなくて……」
「ニナ! 黙りなさい!」
セリアが鋭く叫ぶ。
ニナと呼ばれた令嬢は、肩を震わせた。
私はセリアを見る。
「黙らせるな。今はお前たちが話す番だ」
「……っ」
もう一人の令嬢、ラウラも顔を青くしていた。
「最初は、本当に少しだけだったんです……」
ラウラは震える声で言う。
「授業でうまくいかないことがあって、家でも叱られて……むしゃくしゃしていて……」
「それで?」
私は尋ねる。
ラウラはびくりとする。
「小型魔獣なら、大きな怪我にはならないと思って……少し脅かすだけなら、誰にも見つからないって……」
むしゃくしゃしていた。
それで、魔獣を傷つけたのか。
「気分が晴れれば、それでよかったのか」
三人が黙る。
「自分の苛立ちをぶつける相手に、この子たちを選んだのか」
誰も答えない。
答えられないのだろう。
弱い相手を選んだ。
反撃しにくい相手を選んだ。
傷つけても、すぐには大事にならない相手を選んだ。
実に卑怯だ。
「可愛いものを傷つけた罪は重いぞ」
私がそう言うと、セリアの唇が震えた。
「わ、私は……そんなつもりでは……」
「なら、どんなつもりだった?」
「少し、大人しくさせる道具だと聞いていただけですわ!」
アルが反応する。
「聞いた?」
セリアはしまった、という顔をした。
私は一歩近づく。
「あの紐は誰から手に入れた?」
「し、知らないわ」
私は黙って彼女を見る。
セリアは視線を逸らす。
ニナが震えながら言った。
「商人が……」
「商人?」
アルの声が低くなる。
「魔獣を大人しくさせる道具だって……危険なものではないって聞いて……」
「商人か……」
アルは黒い紐を見る。
管理教師も顔を険しくした。
「学園内で生徒とやり取りをした商人の記録を確認します。これは、生徒の悪戯だけでは済まないかもしれません」
「そうだな」
アルが頷く。
私はセリアたちを見た。
この三人は愚かだ。
浅く、幼稚で、卑怯だ。
だが、この粗悪な制御具を渡した者がいる。
それも、魔獣を大人しくさせる道具だと偽って。
まだ、終わりではないらしい。
その時、ベッラが慌てたように声を上げた。
「わ、私は魔獣なんて虐めていないから、無関係よ!」
私はようやく、ベッラを見る。
「そうか」
「本当よ!」
「なら、お前は今回は関係ないな」
「なっ……何よ、その言い方」
「今はこの三人の話だ」
ベッラは唇を噛んだ。
自分が責められないことに、安心している。
だが同時に、どうでもいいものとして扱われたことが腹立たしいのだろう。
面倒な女だ。
管理教師は深く息を吐き、セリアたちを見た。
「あなた方の行為は、学園の規則に明確に反しています。小型魔獣区画への立ち入りを禁止します。魔獣関連授業への参加も、当面は認めません。保護者へも報告し、正式な処分は学園側で審議します」
三人の顔色が変わった。
ニナは泣き出し、ラウラは青ざめている。
だが、セリアだけは違った。
彼女は一瞬、悔しそうに唇を噛んだ。
だが、すぐに小さく笑った。
「……その程度ですの?」
管理教師の眉がぴくりと動く。
「セリア嬢」
「謹慎と家への報告くらいでしょう? 別に構いませんわ」
セリアは震えを隠すように笑う。
「魔獣関連授業に出られない程度で、何だというのです。そもそも、魔獣など私には必要ありませんもの」
管理教師の顔が、悔しそうに歪んだ。
これ以上、この場でできることはないのだろう。
学園の規則があり、家格があり、手順がある。
アルも目を細めていた。
ベッラは少し安心したように息を吐く。
その空気が、私には不快だった。
セリアはまだ、自分が何をしたのかわかっていない。
自分が傷つけたものを、軽んじている。
その程度、魔獣など必要ない……。
あの子たちの震えを見ても、同じことが言えるのか。
痛みに怯え、逃げ場を失い、雑な術式で身体を縛られた小さな子たちを見ても。
私は静かに一歩前へ出た。
「リシェル」
アルの声が聞こえた。
だが、私は止まらなかった。
セリアの前に立つ。
「その程度、か」
セリアは私を見上げた。
「な、何ですの」
「お前は、魔獣たちが味わった痛みを、その程度と言った」
「だって、実際に――」
その言葉の途中で、私はセリアの頭を掴んだ。
髪を引くのではない。
頭に手を置き、逃げられないようにする。
「なら、見せてやる」
「な、何を……」
セリアの声が震える。
私はゆっくりと魔力を流した。
傷ついた魔獣たちを落ち着かせる時とは違う。
柔らかく包むものではない。
冷たく、深く、逃げ道を塞ぐ魔力。
「お前が笑った痛みを」
セリアの瞳が揺れる。
「お前が軽んじた恐怖を」
私の手の下で、セリアの身体が震え始めた。
「お前が踏みにじった小さな命の記憶を」
セリアの目が大きく見開かれる。
私は静かに告げた。
「――地獄を見せてやる」
その瞬間、セリアの悲鳴が管理室に響いた。




