表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
10/27

第10話 犯人の尋問へ


「この時間帯に、世話当番をしていた生徒はいるのか?」


 アルが記録簿を見ながら、管理教師に尋ねた。

 管理教師は少し考え、それから別の帳面を開く。


「ええ。小型魔獣の世話を手伝っている下級生がいます。最近は特に熱心に通っていました」

「呼べるか?」

「はい、すぐに」


 管理教師はそう言って、近くにいた職員に声をかけた。

 私は記録簿を見下ろす。


 そこには、何度か同じ名前があった。

 私は記録簿の名前を指先でなぞる。


「セリア・バルシュか」

「そいつが、さっき言っていた義姉の取り巻きか?」

「ああ、そうだ」


 私がそう言うと、管理教師の顔が強張った。

 アルは静かに首を振る。


「まだ確定ではない」

「わかっている」

「その顔は、あまりわかっていない顔だ」

「そうか?」

「ああ」


 失礼なことを言う。

 私はただ、少し話を聞きたいと思っているだけだ。


 しばらくすると、一人の女子生徒が管理室に入ってきた。

 小柄で、栗色の髪を三つ編みにした少女だった。


 年は私より一つか二つ下だろう。

 制服の袖口には藁が少しついている。


 世話当番というのは本当らしい。


「ミ、ミーナ・ロセッティ、です」


 少女は小さく頭を下げた。

 声が少し震えている。


 管理教師だけならまだしも、アルと私がいるからだろう。

 アルヴィン・ルンドホルムは公爵令息だ。


 普通の生徒なら緊張する。

 そして、私も見られている。


 なぜかミーナは、私の方をちらりと見てすぐに目を伏せた。

 怖がられている気がする。解せない。


「ミーナ、少し確認したいことがある」


 管理教師が穏やかに言った。


「最近、小型魔獣の区画で変わったことはなかったか?」


 ミーナはびくりと肩を揺らした。

 それだけで、何かを知っているのだとわかる。


 私は一歩前に出ようとした。

 だが、その前にアルが小さく言った。


「脅すなよ」

「そんなつもりはいない」

「怯えている」

「……難しいな」


 私は少しだけ下がった。

 アルはミーナの方を向く。


「見たことを話してくれるだけでいい。君を責めるためではない」


 ミーナはおずおずと顔を上げた。


「……本当に、ですか?」

「ああ」

「私、止められなくて……」


 その言葉に、管理教師の表情が険しくなる。

 私は黙ってミーナを見る。


 止められなかった。

 つまり、やはり何か見ている。


 ミーナは両手を胸の前で握りしめた。


「放課後に……令嬢の方が小型魔獣の区画に入っていくのを見ました」

「何人だ?」


 アルが尋ねる。


「三人です。でも、私より上級生で、家格も高そうな方で……声をかけられませんでした」

「奥の区画へ?」

「はい……」


 ミーナは唇を噛む。


「その後、小さな鳴き声がしました。嫌がっているみたいな声で……でも、怖くて、すぐには近づけなくて……」


 ミーナの声が小さくなる。


「私、もっと早く言えばよかったんです。でも、相手が誰かわからなかったし、もし目をつけられたらと思うと怖くて……」

「責めてはいない」


 アルが静かに言った。


「話してくれて助かった」


 ミーナは少しだけ息を吐いた。

 私は彼女を見つめる。


 怖かったのだろう。

 相手は上級生で、おそらく貴族の令嬢。


 下級生が一人で止められる相手ではない。

 それでも、この子は魔獣たちのことを気にしていた。


 なら、責める理由はない。


「ミーナ」

「は、はい」

「魔獣たちを見捨てなかったのだな」


 私が言うと、ミーナは目を丸くした。


「え……」

「怖かったのに、今も話してくれている。お前は悪くない」


 ミーナは少し泣きそうな顔になった。


「ありがとうございます……」


 私は頷く。

 それから、もう一つ聞いた。


「その令嬢の特徴は覚えているか?」


 ミーナは少し考える。


「顔は……すみません。はっきりとは」

「構わない」

「でも、甘い匂いがしました。香水か、髪につける油のような……それから、赤いリボンが見えました。とても鮮やかな色で、揺れていて……」


 赤いリボン。甘い匂い。

 私はアルを見る。


 アルもこちらを見ていた。

 昨日、魔獣たちが怯えたものと重なる。


「声は?」

「高い声でした。少し笑っていたような……でも、はっきりとは聞こえませんでした」

「そうか」


 私は静かに息を吐く。

 セリア・バルシュ。


 やはり、名前が浮かぶ。

 だが、アルの言う通り、まだ確定ではない。


 下級生の証言だけで詰め寄るには弱い。


「もう一度、奥の区画を見たいな」


 私が言うと、アルは頷いた。


「俺もそう思っていた」

「わ、私も同行します!」

「助かる、ミーナ」


 私たちはミーナも連れて、再び小型魔獣の区画へ向かった。

 奥へ近づくと、傷ついた魔獣たちがこちらを見る。


「きゅ……」


 兎型の魔獣が、小さく鳴いた。

 私はしゃがみ、ゆっくり魔力を流す。


「大丈夫だ。少し調べるだけだ」


 兎型の魔獣は耳を震わせたが、逃げなかった。

 私はその頭をひと撫でしてから、藁の乱れている場所を見る。


 今までは魔獣たちの傷を見ることで精一杯だった。

 だが、改めて見れば不自然なところはいくつかある。


 奥の藁が押しつぶされている。

 壁際に小さな爪痕がある。


 逃げようとした子を、誰かが追い詰めたように見えた。

 腹立たしい。


 私は藁をそっと動かす。

 その中に、小さな赤い布切れがあった。


「……あったな」


 私はそれを指先でつまみ上げた。

 鮮やかな赤。細く裂けた、上等な布。


 制服飾りや髪飾りに使われるような質のものだ。

 端は、何かに引っかかったように乱れている。


 私は鳥型の魔獣を見る。

 鳥型の魔獣は、その赤い布切れを見て、びくりと羽を震わせた。


「ぴ……」


 怯えた声だった。

 やはり、この赤だ。


「この布に覚えがあるのだな」


 私が静かに言うと、鳥型の魔獣は小さく身を縮めた。

 ミーナが息を呑む。


「それ、たぶん……リボンです」

「そう見えるな」


 アルも布切れを確認する。


「制服飾りに使われるものに近い。かなり目立つ色だ」

「誰でもつけているものか?」

「いや。規定の範囲内ではあるが、この色は派手だ。つけている者は限られる」

「だが、思い当たる者はいる」


 私は布切れを鼻に近づける。

 そこには、かすかに甘い匂いが残っていた。


 花のような、油のような匂い。

 魔獣たちが怯えた匂い。


 そして、義姉の取り巻きとすれ違ったときに何度か嗅いだ匂い。


「香りも同じだ」

「ほ、本当ですか?」


 ミーナが驚いたように言う。


「ああ。甘い匂いが残っている」


 私は布切れをアルに渡す。

 アルは少し顔を近づけ、眉を寄せた。


「……たしかに、香りがあるな」

「だろう?」

「よくわかるな」

「女だからな」

「またそれか」

「何度でも言う。女は女の装いに気づくものだ」


 特に、あそこまで主張の強い香りとリボンなら忘れない。

 可愛いものを見るのは嫌いではない。


 だが、その可愛い飾りが魔獣を怯えさせたのなら話は別だ。


 さらに、アルが藁の奥を探っていた手を止めた。


「リシェル」

「なんだ」

「こっちにもある」


 アルが取り出したのは、短く切れた黒っぽい紐だった。

 私はそれを受け取り、指先で術式の残りをなぞる。


 じり、と嫌な感触があった。


「同じだな」

「昨日の制御具と?」

「ああ。術式の癖が同じだ」


 私は紐を少し持ち上げる。


「雑な術式だ。だが、作った者は同じか、同じものを使っている」

「現場に残っていたなら、かなり強いな」


 アルの表情が険しくなる。

 管理教師も黒い紐を見て、顔を青くした。


「こんなものが、まだ残っていたとは……」

「急いでいたのだろうな」


 私は奥の壁際を見る。


 逃げる魔獣を押さえつけた。

 赤いリボンが爪か牙に引っかかり、切れた。


 粗悪な紐も途中で千切れた。

 それでも放置して逃げた。


 見つからないとでも思ったのだろう。

 実に浅い。


「証拠は揃ってきたな」


 私は言う。

 アルは布切れと黒い紐を、持ってきた布の上に並べた。


「話を聞く理由としては十分だろう。では、今すぐ行くか」

「待て」

「……またか」


 私は少し眉を寄せる。


「証拠が揃ったのだろう?」

「だからこそ、正式に呼び出す。教師同席の上で確認する」

「こちらから行った方が早い」

「お前が行くと騒ぎになる」

「騒がせた者が悪い」

「そういう話ではない」


 アルは疲れたように息を吐く。


「手順を踏め。その方が相手の逃げ道を塞げる」


 逃げ道を塞ぐ。

 私はその言葉に少しだけ感心した。


「なるほど。手順とは、相手を逃がさないためにあるのか」

「言い方は悪いが、今回はそうだ」

「お前は賢いな」

「褒めても尋問はさせないぞ」

「まだ何も言っていない」

「顔に書いてある」

「本当に便利だな、顔というものは」

「そういう使い方はしないがな」


 アルは額に手を当てた。

 その横で、ミーナが少しだけ笑った。


 緊張が解けたらしい。

 だがすぐに、また不安そうな顔になる。


「あの……私が話したことは、その方に知られてしまうのでしょうか」


 声が震えていた。

 無理もない。


 上級生の令嬢を相手に証言するのは怖いだろう。

 私はミーナを見る。


「安心しろ。お前に手を出す者がいれば、私が出る」

「リシェルの言い方は物騒だが、君を守るという意味だ」

「そう言ったつもりだが」

「伝わり方がある」


 難しいな、人間の会話は。

 私はミーナと視線を合わせる。


「お前は、魔獣たちを気にかけていたのだろう」

「はい……」

「なら、お前はいい子だ」


 ミーナは目を丸くした。

 私は続ける。


「怖かったのに話してくれた。十分だ。これ以上は、私たちがやる」


 ミーナは少しだけ唇を震わせた。

 それから、小さく頷いた。


「はい……」


 ふむ、ミーナも可愛いな。

 私はその頭を撫でかけて、手を止めた。


 人間の下級生をいきなり撫でるのは、たぶんよくない。

 アルも横でこちらを見ている。


「今、撫でようとしただろう」

「……していない」

「返事が遅いぞ」


 失礼な男だ。

 管理教師は証拠を慎重に包み、記録簿の該当箇所に印をつけた。


「セリア・バルシュ嬢を呼び出します。小型魔獣区画への出入りについて、確認が必要ですから」

「お願いします」


 アルが頷く。

 教師は職員に指示を出した。


「では、話を聞きに行くか」


 まだ、すべてが終わったわけではない。

 だが、道は見えた。


 あとは、その道の先にいる者へ、きちんと話を聞けばいい。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ