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人殺し配信者と呼ばれた俺、なぜか毎回ダンジョン事故を当ててしまう  作者: 有馬 凪


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7/13

第七話 配信されなかった映像

「俺、あの時の映像を持ってます」


 青崎ユウトはそう言った。


 ダンジョン入口施設の端。


 報道カメラの声が遠くでしている。


 協会職員が行き来している。


 霧島ハヤトは別室に連れていかれ、初心者たちも事情を聞かれている。


 さっきまで全部が配信されていたのに、ここだけ妙に静かだった。


「……映像?」


 自分の声が少し遅れて出た。


「三年前の事故の映像です」


 青崎は言う。


「灰原さんが“人殺し配信者”って呼ばれるようになった、あの配信の」


 喉が乾く。


 ミオが俺を見る。


 でも何も言わなかった。


 言わないでくれるのが少し助かった。


「なんで青崎さんが持ってるんですか」


 俺は聞いた。


 声が硬い。


 自分でも分かる。


 青崎は少しだけ視線を落とした。


「正確には、俺が撮った映像じゃないです」


「じゃあ誰の?」


「当時、一緒にいたスタッフの一人です」


 スタッフ。


 その言葉で三年前の音が少し戻ってきた。


 崩れる音。


 叫び声。


 スマホの通知音。


 コメント欄。


《逃げろ》

《まだ撮ってるの?》

《人死んでる?》


 やめろ。


 今は違う。


 俺はペットボトルを握り直した。


 ミオが小さく言う。


「灰原さん、水」


「……飲んでます」


「飲んでないです」


 言われて気づいた。


 持っているだけだった。


 ペットボトルの水はもうぬるい。


 一口飲む。


 味がしなかった。


 青崎は続けた。


「そのスタッフは、事故のあと業界から離れました。映像も表には出してない」


「なら、なんで今」


「今日の配信を見たらしいです」


 青崎は俺を見る。


「灰原さんが霧島を助けるところを見て、連絡が来ました」


 ミオが息を吸う音がした。


「それって……灰原さんが悪くなかった証拠なんですか?」


 青崎はすぐには答えなかった。


 その間が、嫌だった。


 証拠です。


 そう言ってくれればいい。


 でも青崎はそういう言い方をしなかった。


「少なくとも」


 青崎は言った。


「世間に広まっている切り抜きとはかなり違います」


 胸の奥が重くなる。


 違う。


 そんなことは分かっている。


 三年前からずっと分かっている。


 でも分かっていることと、分かってもらえることは違う。


 そして、一番面倒なのは。


 分かってもらえたとしても死んだ人間は戻らないことだった。


「見ますか」


 青崎が聞いた。


 スマホを出している。


 画面は伏せられている。


 その黒い画面に俺の顔がぼんやり映っていた。


 顔色が悪い。


 目の下のクマが濃い。


 灰色のパーカーは破れていて、腕のテープも雑に貼られている。


 これでよく配信者を名乗っているなと思った。


「見たくないです」


 正直に言った。


 ミオが少しだけこちらを見る。


 青崎も驚かなかった。


「そうですよね」


「でも、見ないと駄目なんですよね」


「駄目とは言いません」


 青崎は言う。


「ただ、今後たぶん必要になります」


「今後?」


「今日で状況が変わったので」


 スマホが鳴った。


 俺のじゃない。


 ミオのスマホだった。


 ミオが画面を見る。


 顔が少し引きつる。


「……すみません」


「どうしました」


 ミオはスマホを見せた。


【急上昇ランキング】


1位 灰原レン

2位 霧島ハヤト 神回発言

3位 三年前の事故

4位 人殺し配信者

5位 青崎ユウト 謝罪


 嫌な並びだった。


 俺の名前と三年前の事故が同じ画面にある。


 それだけで、胸が詰まる。


「また掘られてます」


 ミオが言う。


「三年前の切り抜き、上がり直してます」


 青崎が小さく息を吐いた。


「やっぱり」


「やっぱり?」


「今日みたいなことが起きたら、必ず過去が掘られます」


 青崎は落ち着いていた。


 落ち着きすぎている。


 でも、たぶんそれは冷たいのではない。


 この人は燃え方を知っている。


 火がどこから回るかを、先に見ている。


「今、灰原さんは“人を助けた配信者”になっています」


 青崎は言った。


「でも同時に“三年前に助けられなかった配信者”としても見られる」


「分かってます」


「このままだとまた勝手に物語を作られます」


 勝手に物語を作られる。


 それはよく知っていた。


 三年前もそうだった。


 俺は、カメラを止めなかった人間になった。


 人が死ぬのを撮っていた人間になった。


 助けられなかった、じゃない。


 助けなかった、になった。


 それは少しずつ変わったのではない。


 一晩でそうなった。


「だから、先に出した方がいいってことですか」


 俺が聞くと、青崎は首を横に振った。


「今すぐ出すのは危険です」


「出さないのも危険なんですよね」


「はい」


「詰んでるな」


 ミオが小さく言った。


「配信者ってだいたい詰んだ状態から始まりますね」


「それ、俺の台詞じゃなかったですか」


「便利なので使いました」


 少しだけ笑いそうになった。


 でも喉が詰まって、笑えなかった。


 青崎がスマホをしまう。


「協会の聞き取りが終わったら、場所を変えましょう」


「配信なしで?」


「配信なしで」


 青崎ははっきり言った。


「この映像を扱うならコメント欄なしで話した方がいい」


 その言葉は少し意外だった。


 青崎ユウトがコメント欄を外そうとしている。


 いつも見られる側の人間が見られない場所を選ぼうとしている。


 それだけで、この映像が本当にまずいものなのだと分かった。


「白瀬さんも来ますか」


 青崎がミオを見る。


 ミオは一瞬だけ迷った。


 その間に、スマホがまた鳴った。


【白瀬ミオ 登録者数:58万人】


 ミオは画面を見る。


 そしてすぐ伏せた。


「行きます」


「いいんですか」


 俺が聞く。


「よくないです」


 ミオは言う。


「正直、行かない方が楽です。たぶん配信で今日のこと話した方が伸びます」


 言い方が正直すぎた。


 青崎が少しだけ笑う。


 ミオは続けた。


「でも、ここで伸びる方だけ選んだら、私たぶん霧島さんのこと笑えなくなるので」


 その言葉に何も返せなかった。


 ミオはまだ若い。


 数字を見る。


 通知を見る。


 登録者が増えると、ちゃんと嬉しそうな顔をする。


 でも、ギリギリで踏みとどまる感覚もある。


 それがいつまで残るのかは分からない。


 この業界はその感覚を少しずつ削る。


 たぶん、本人にも分からないくらいゆっくり。


「ありがとうございます」


 俺が言うと、ミオは少しだけ目を逸らした。


「そういう真面目なのやめてください」


「すみません」


「謝るのもやめてください」


「難しいですね」


「もっと雑にしてください」


「助かるわー」


「雑すぎます」


 青崎が小さく笑った。


 その時。


 協会職員が近づいてきた。


「灰原レンさん、白瀬ミオさん、青崎ユウトさん。聞き取りをお願いします」


 来た。


 現実が戻ってくる。


 協会の聞き取り室は入口施設の二階にあった。


 白い壁。


 長机。


 パイプ椅子。


 会議室みたいな場所だった。


 ダンジョンの事故について話す場所なのに、やけに役所っぽい。


 俺たちは順番に状況を説明した。


 霧島の配信。


 未確認ルート。


 初心者の様子。


 犬型モンスターの群れ。


 隔壁。


 水筒。


 自撮り棒。


 職員は水筒のところで少しだけペンを止めた。


「水筒を投げた、と」


「はい」


「それで注意を逸らした」


「たぶん」


「たぶん?」


「必死だったので」


 職員は真面目な顔でメモを取った。


 ミオが隣で肩を震わせている。


「笑うな」


「笑ってないです」


「震えてる」


「協会資料に“水筒”って書かれてるのが無理です」


 青崎も少し口元を押さえていた。


 職員だけが真面目だった。


「水筒のメーカーは?」


「そこまで要ります?」


「念のため」


「案件みたいになるからやめてください」


 職員は意味が分からない顔をした。


 ミオが完全に下を向いた。


 笑いをこらえている。


 少しだけ助かった。


 こういう変なところで笑えると、息ができる。


 聞き取りは一時間ほど続いた。


 霧島の判断について。


 未確認ルートの管理責任について。


 青崎の誘導について。


 俺の察知について。


 最後に、職員が少しだけ言いにくそうに聞いた。


「灰原さんは、危険をどの時点で察知しましたか」


「8層に入る前です」


「具体的には?」


「音が薄かったんです。あと、喉が乾いて」


 職員のペンが止まる。


「喉が」


「乾いて」


「危険察知の根拠として?」


「自分でも変だと思ってます」


 職員は困った顔をした。


 そりゃそうだと思う。


 報告書に書きにくい。


 “喉が乾いたため危険を察知”なんて、公式文書に残されたら俺でも嫌だ。


 ミオが小さく言う。


「でも当たってます」


 青崎も頷いた。


「昨日も今日も、灰原さんの違和感は正しかったです」


 職員は二人を見る。


 少し迷ったあと、メモに何かを書いた。


 たぶん、かなりぼかして書いたのだと思う。


 特殊な経験則。


 異常察知。


 そんなところだろう。


 聞き取りが終わる頃には夕方になっていた。


 外へ出ると、入口施設のロビーはまだざわついている。


 報道カメラは減っていない。


 むしろ増えている。


 霧島の炎上が外の空気まで変えていた。


 スマホを見る。


 通知はさらに増えていた。


【三年前の事故 真相】

【灰原レン 切り抜き】

【人殺し配信者 冤罪説】

【灰原レン 本当に人殺し?】


 最悪の文字が並んでいる。


 冤罪説。


 本当に人殺し。


 どっちに転んでも、俺の名前はそこにある。


 ミオが横から覗く。


「見ない方がいいですよ」


「見ない方法あります?」


「スマホ捨てるとか」


「配信者の死ですね」


「死神なのに」


「うまくないです」


「すみません」


 青崎が少し離れたところで誰かと電話していた。


 声は聞こえない。


 でも表情は固い。


 たぶん、三年前の映像の持ち主だ。


 しばらくして、青崎が戻ってきた。


「場所、取れました」


「場所?」


「知り合いの事務所です。配信設備はありますけど、今日は使いません」


「配信設備ある場所で配信しないんですか」


「我慢します」


 青崎が真面目に言う。


 ミオが少し笑った。


「トップ配信者でも我慢なんですね」


「我慢ですよ。配信者なので」


「病気みたいに言わないでください」


「似たようなものです」


 青崎はそう言ってから、少しだけ表情を戻した。


 でもすぐ真顔になる。


「映像、送ってもらいました」


 心臓が一回強く鳴った。


 青崎のスマホにはもうそれが入っている。


 三年前。


 俺が何度も見ないようにしてきたもの。


 見たら、たぶん戻れなくなるもの。


「車、呼びます」


 青崎が言う。


 その時だった。


 ミオのスマホが鳴った。


 画面を見たミオの表情が変わる。


「灰原さん」


「何ですか」


「これ」


 ミオが画面を見せる。


【新着動画】


『三年前の事故、未公開映像か』


 投稿者は知らないアカウントだった。


 再生数はまだ少ない。


 でも増え方が異常だった。


 十秒ごとに数字が跳ねる。


 青崎の顔が変わった。


「違う」


「え?」


「俺が持ってる映像じゃない」


 喉が乾く。


 青崎が急いで動画を開く。


 画面は暗い。


 揺れている。


 誰かが走っている。


 地下の通路。


 叫び声。


 そして、若い俺の声が聞こえた。


『戻れって言ってんだろ!』


 胸の奥が凍る。


 三年前の俺だった。


 動画は十七秒で終わった。


 肝心なところは映っていない。


 でも、悪意のある切り方だった。


 コメント欄がすでに動き始めている。


《これ灰原?》

《怒鳴ってるじゃん》

《やっぱ危険煽ってた?》

《未公開きた》

《真相出てきたな》


 青崎が低い声で言った。


「誰かが先に出した」


 ミオが息を呑む。


 俺は画面から目が離せなかった。


 十七秒。


 たった十七秒で三年前がまた始まる。


 青崎が俺を見る。


「灰原さん、急いだ方がいいです」


 俺は返事ができなかった。


 コメント欄が流れていく。


《人殺し配信者、再燃》


 その文字だけがやけにはっきり見えた。


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