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人殺し配信者と呼ばれた俺、なぜか毎回ダンジョン事故を当ててしまう  作者: 有馬 凪


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6/13

第六話 反省配信は早い者勝ち

 地上に戻ってから、最初に反省したのは青崎ユウトだった。


 早かった。


 とにかく早かった。


【今日の件について】


 タイトルは普通。


 サムネも普通。


 白背景に黒文字。


 青崎はダンジョン入口施設の端で、まだ息が少し整っていない状態のまま配信を始めていた。


《青崎きた》

《大丈夫?》

《無事でよかった》

《説明助かる》


「まず、全員生きてます」


 青崎は最初にそう言った。


 上手いなと思った。


 謝罪より先に、生存報告。


 責任より先に、安心。


 コメント欄が少しだけ落ち着く。


《それが一番》

《よかった》

《青崎ありがとう》

《ちゃんと報告してくれるの助かる》


「今回、未確認ルートへの進入については、協会の判断を待つべきだと思っています」


 青崎の声は落ち着いている。


 誰かを直接責めない。


 でも、霧島が悪いことはちゃんと伝わる。


「ただ、今この場で誰かを吊るし上げるより、まずは怪我人の確認と再発防止が大事です」


《まとも》

《これがトップ配信者》

《霧島と違いすぎる》

《青崎株上がった》


 株。


 人間はすぐ株にする。


 誰かが怪我をしても、誰かが助かっても、最後は上がった下がったで話す。


 俺は少し離れたベンチに座ってそれを見ていた。


 腕の傷にはミオが貼ってくれた応急テープがついている。


 貼り方は雑だった。


 でも、妙に取れにくい。


「見てるんですか」


 ミオが隣に座った。


 黒キャップを脱いで、膝の上に置いている。茶髪の毛先が汗で少し張りついていた。


「見たくないけど見ちゃうんですよ」


「分かります」


 ミオは自分のスマホを見る。


 見ないふりをする気もないらしい。


【白瀬ミオ 登録者数:51万人】


「増えてますね」


「言わないでください」


「見せてるじゃないですか」


「見せてません。見えてるだけです」


「俺の言い訳取らないでください」


《こっちも配信して》

《死神とミオちゃん何話してる?》

《遠目に映ってるぞ》

《誰か近づけ》


 青崎の配信の端に、俺たちが小さく映っているらしい。


 配信していないのに、まだ配信されている。


「現代って怖いですね」


「今日それ何回目だ」


「何回言っても足りないので」


 ミオは少しだけ笑った。


 その笑い方はさっきダンジョンの中で水を渡してくれた時と少し似ていた。


 配信者用ではない方の笑い方だった。


 スマホが鳴る。


【切り抜き速報】


『白瀬ミオ、震える初心者に水を渡す』


 ミオの顔が固まる。


「そこも切り抜くんですか」


「いい場面だったから」


「いい場面って言われるのなんか嫌です」


「分かります」


《ミオちゃん優しい》

《推せる》

《死神の女から救命の女へ》

《二つ名が忙しい》


「救命の女も嫌です」


「じゃあ何がいいんですか」


「普通に白瀬ミオでお願いします」


「ネット民に一番難しい注文だな」


 青崎の配信では、コメント欄がさらに青崎寄りになっていた。


《青崎がいてよかった》

《灰原もすごいけど青崎の指示もよかった》

《霧島は反省しろ》

《初心者かわいそう》


 青崎はコメントを少し読んで、ゆっくり頷いた。


「灰原さんの判断が早かったのは事実です。そこは本当にすごかったと思います」


 急に名前が出て、肩が跳ねた。


《灰原褒めた》

《青崎、ちゃんと認めるんだ》

《昨日は結果論って言ってたのに》

《大人だな》


 青崎は少しだけ息を置く。


「昨日、僕は灰原さんの判断を“結果論”と言いました」


 コメント欄が速くなる。


《あ》

《そこ触れるんだ》

《言ってたな》

《正直それは引っかかってた》


「その発言については訂正します」


 青崎は頭を下げた。


「昨日も、今日も、灰原さんの判断で助かった人がいます」


 綺麗だった。


 綺麗すぎた。


 これを言われたら俺は何も言えない。


 青崎はちゃんと謝れる人間になる。


 俺は謝られた側になる。


 霧島は謝れない人間になる。


《青崎すげえ》

《これ言えるの偉い》

《登録者82万の理由》

《灰原も救われたな》


 救われたな。


 そのコメントだけ妙に引っかかった。


 救われてはいない。


 でも、救われたことにされる。


 それもまた空気だった。


「青崎さん、上手いですね」


 ミオが小さく言う。


「ですね」


「悪い意味じゃなくて」


「分かってます」


「でも、ちょっと怖いです」


「それも分かります」


 青崎は画面の中で、さらに続ける。


「霧島さんについても、今かなり厳しいコメントが飛んでいると思います。ただ、彼も命の危険に晒されていました。そこは忘れないでください」


《優しい》

《青崎、霧島も庇うのか》

《でも霧島はダメだろ》

《命あってよかったのはそう》


 霧島も庇う。


 でも完全には庇わない。


 責任は残す。


 ただ、燃えすぎないように水をかける。


 青崎の言葉は消火器みたいだった。


 便利で、白くて、あとに少し粉が残る。


「変な顔してますよ」


 ミオが言った。


「どんな顔ですか」


「消火器見てる顔」


「今の内心当てないでください」


「本当に消火器だったんですか?」


「怖」


《ミオちゃん、死神の心読める説》

《死神の女から読心の女へ》

《だから二つ名増やすな》


 その時、別の通知が来た。


【霧島ハヤトがライブ配信を開始しました】


 タイトル。


【今回の件について】


「来た」


 ミオの声が少し沈んだ。


 霧島の配信を開く。


 同接12万。


 燃えている時の配信は人が集まる。


 謝罪配信は現代の見世物小屋だ。


 霧島は白い壁の前に座っていた。


 赤ジャケットは脱いでいる。


 黒いTシャツ。


 顔色は悪い。


 でも髪は直していた。


《謝罪きた》

《神回発言について説明しろ》

《初心者に謝れ》

《生きててよかった》


 霧島は深く頭を下げた。


「まず、今回の件で関係者の皆様にご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありませんでした」


 謝罪文としては普通だった。


 普通すぎた。


 たぶん誰かに相談している。


 でも声は震えていた。


「未確認ルートに入ろうとした判断は僕の責任です」


《お》

《認めた》

《まあそうだな》

《最初から言え》


「初心者の方が不安を感じていたことに、僕が気づけなかったのも僕の責任です」


 ここまではよかった。


 少なくとも悪くなかった。


 ミオも少しだけ息を吐く。


「ちゃんと言えてますね」


「ですね」


 でも。


 霧島は顔を上げた。


「ただ、一つだけ言わせてください」


 俺とミオが同時に固まった。


「駄目だ」


 思わず声が出た。


 ミオも同時に言った。


「それ言っちゃ駄目」


 コメント欄も同じだった。


《ただ?》

《出た》

《言い訳タイム》

《やめとけ》


 霧島は続けた。


「僕は誰かを危険に晒したかったわけじゃありません」


《それはそう》

《でも結果危なかった》

《論点ずらすな》


「配信者として面白いものを届けたい気持ちがありました」


《あー》

《正直ではある》

《それを今言うな》

《終わった》


 霧島の顔が少し歪む。


 たぶん、コメントが見えている。


 でも止まれない。


 配信者は黙った方がいい時ほど喋ってしまう。


 沈黙が怖いから。


「でも、それはみんなも求めていた部分があると思うんです」


 空気が死んだ。


 ミオが目を閉じる。


「言った」


 俺も画面を見たまま固まっていた。


《は?》

《視聴者のせい?》

《終わり》

《それは違う》

《俺たちのせいにするな》


 コメント欄が爆発する。


 怖いくらい速い。


 霧島はすぐに慌てた。


「いや、違う、そういう意味じゃなくて!」


 もう遅い。


 切り抜きは言い直しを待たない。


【切り抜き速報】


『霧島ハヤト「みんなも求めていた」発言』


「早い」


 ミオが小さく言った。


「もう人力じゃないだろ」


 俺は言った。


《切り抜き師AI説》

《人のミスに対する反応速度が化け物》

《霧島、完全に自爆》


 霧島はまだ喋っている。


「視聴者のせいにしたいわけじゃなくて、僕自身もそういう空気に乗ってしまったというか――」


《空気のせいにするな》

《空気を作ったのはお前》

《でもコメントも煽ってたよな》

《責任分散始まった》


 空気


 その言葉が出た瞬間、俺は少しだけ嫌になった。


 霧島は間違っている。


 でも、全部間違っているわけでもない。


 コメント欄は求めていた。


 危険な配信を


 神回を


 事故ギリギリを


 ただ、本当に事故になった瞬間、自分たちは求めていなかったことにする。


 それも分かる。


 でも、だからといって霧島の責任が消えるわけじゃない。


 全部が混ざっている。


 そして混ざっているものを、コメント欄はだいたい嫌う。


 白か黒にしたがる。


「灰原さん」


 ミオが言う。


「これ、止まらないですね」


「ですね」


「霧島さん、言葉足せば足すほど燃えるタイプです」


「配信者として致命的ですね」


「でも分かります」


 ミオはスマホを見つめたまま言った。


「黙るの怖いんですよ。コメントが流れてると」


 その声は少しだけ自分に言っているみたいだった。


 霧島の配信はさらに荒れていく。


 青崎の配信では青崎が霧島について慎重に言葉を選んでいる。


 俺の通知欄には知らない人間からのメッセージが増えている。


【霧島を救ってくれてありがとう】

【三年前のこと謝れ】

【次どこのダンジョン行きますか?】

【防災水筒の件、ご確認ください】


 最後だけ浮いていた。


 浮いているけど無視できない。


 スポンサーだ。


 何年ぶりだろう。


 企業案件。


 俺が画面を見て固まっていると、ミオが覗き込んだ。


「水筒案件ですか」


「見ないでください」


「でも見えてます」


「みんなそれ言うな」


《水筒案件の人、まだ粘ってる》

《死神、スポンサー復活》

《防災水筒、商機を逃さない》


「商機にするな」


 その時、企業アカウントからさらに通知が来た。


【御社ではなく、弊社です】

【先ほどの配信を拝見しました】

【命を守る水分補給の重要性について、ぜひ一緒に発信できればと考えております】


「文章が真面目なのが嫌だな」


 ミオが吹き出した。


「笑っちゃ駄目なんですけど、嫌ですね」


「向こうは真面目なんですよ」


「真面目にこのタイミングで営業してるのが嫌なんです」


《命を守る水分補給》

《案件文面が強すぎる》

《防災水筒、今しかないと思ってる》

《担当者も配信見てたんだろうな》


 俺はスマホを伏せた。


 でも、またすぐ見た。


 案件


 登録者


 急上昇


 感謝


 罵倒


 全部同じ画面にある。


 画面の中では霧島がまだ燃えていた。


 青崎は綺麗にまとめていた。


 ミオは登録者を確認していた。


 俺も、案件メールをもう一度読んでいた。


 最低だった。


 でも、これが今の俺たちだった。


「灰原さん」


 ミオが言った。


「配信、切らないんですか?」


 そういえば俺の配信もまだ続いていた。


 同接は6.4万。


 さっきより減った。


 でも十分すぎるほど多い。


《死神、無言》

《何見てる?》

《水筒案件?》

《霧島燃えてるぞ》


「切ります」


 俺は言った。


《え》

《逃げるな》

《おつ》

《休め》


 コメント欄が割れる。


 いつものことだった。


 俺はスマホを持ち直す。


「今日は、終わります」


 言ってから少し迷った。


 何を言えばいいのか分からない。


 助けた。


 でも燃えた。


 誰も死んでいない。


 でも誰かは壊れかけている。


 全部を短く言える言葉なんてない。


「見てた人は」


 喉が乾く。


 水筒はない。


 ミオにもらったペットボトルを握る。


「次に、危ないって思ったら、コメントで煽る前に止めてください」


 コメント欄が少し止まる。


「たぶん、それだけで少し変わるので」


 言った瞬間、自分で甘いなと思った。


 コメント欄が変わるわけない。


 人は盛り上がる


 煽る


 逃げる


 あとから反省する


 それでも、言わないよりはマシだと思いたかった。


《わかった》

《ごめん》

《でも配信者がやめないと無理だろ》

《俺らのせいにするな》

《少しはそうかも》


 また割れる。


 でも、完全には荒れなかった。


 それだけで今日は十分だった。


「お疲れ様でした」


 配信を切る。


 画面が暗くなる。


 急に周囲の音が戻ってきた。


 報道カメラの声


 協会職員の足音


 遠くで誰かが泣いている声


 配信を切ると、世界が静かになるんじゃない。


 コメント欄が消えた分だけ、現実の音が大きくなる。


 ミオが隣で小さく息を吐いた。


「お疲れ様です」


「お疲れ様です」


「最後、ちょっと良かったですよ」


「ちょっとですか」


「かなり良かったって言うと、切り抜かれそうなので」


「もう切ってます」


「誰かが撮ってます」


「最悪だ」


 その瞬間、通知が鳴った。


【切り抜き速報】


『灰原レン「コメントで煽る前に止めてください」』


「ほら」


 ミオが言った。


「早すぎるだろ」


 俺は言った。


 でも、今回は少しだけ笑えた。


 そこへ、青崎がやって来た。


 配信を終えた後なのにまだ表情が整っている。


 疲れているはずなのにちゃんと見える顔をしている。


「灰原さん、白瀬さん」


「お疲れ様です」


 ミオが少し姿勢を正す。


 青崎は俺を見る。


「このあと、協会の聞き取りがあると思います。その前に少しだけ、話せますか」


「今ですか」


「はい」


 青崎は一瞬だけ、周囲を見た。


 カメラのない場所を探している目だった。


 珍しいと思った。


 青崎が、見られない場所を欲しがっている。


「配信なしで」


 青崎が言った。


 その言葉だけで少し空気が変わった。


 ミオも表情を変える。


「何の話ですか」


 青崎は声を落とした。


「三年前の事故についてです」


 喉が、また乾いた。


 水を飲んでもたぶん足りない。


 青崎は続ける。


「灰原さんが“人殺し配信者”って呼ばれるようになった、あの事故」


 俺は何も言えなかった。


 スマホはもう暗い。


 コメント欄はない。


 なのに、誰かに見られている気がした。


 青崎が真顔で言う。


「俺、あの時の映像を持ってます」


 ミオが息を止めた。


 俺は、青崎を見た。


 画面越しじゃない。


 配信者の顔でもない。


 青崎ユウトが、初めて少しだけ怖く見えた。


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