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人殺し配信者と呼ばれた俺、なぜか毎回ダンジョン事故を当ててしまう  作者: 有馬 凪


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第五話 「助けたら助けたで燃える」

 霧島ハヤトを引っ張った瞬間、腕が抜けるかと思った。


「痛っ、ちょ、痛いって!」


「走れって言ってんだろ!」


「走ってる!」


「引きずられてるだけだろ!」


 霧島の声は完全に配信用じゃなかった。


 さっきまでの軽い笑い声も煽る時の高いテンションも消えている。


 ただの怖がっている人間の声だった。


《霧島ガチ声》

《初めて素の声聞いた》

《死神、普通に助けてる》

《走れ走れ走れ》


 黒い犬型モンスターの群れが通路の奥から押し寄せてくる。


 足音が多すぎる。


 一匹ずつじゃない。


 地面そのものが濡れた布みたいに波打っている。


 ミオは初心者の男を引っ張りながら叫んだ。


「灰原さん、右!」


 反射で身体をひねる。


 犬型モンスターの爪がパーカーの袖を裂いた。


「うわ」


《うわじゃねえ》

《死神、反応薄い》

《袖代スパチャするわ》


「袖代いらないから逃げろ」


「誰と喋ってるんですか!」


 ミオに怒られた。


 正論だった。


 青崎は少し前方で、初心者二人を誘導していた。


「こっちです! 壁際!」


 声がよく通る。


 こういう時でも、青崎の声は人を動かす。


 配信用の作った明るさじゃない。


 本当に人が聞いてしまう声だった。


 少し腹が立つくらい上手い。


「灰原さん!」


 青崎が振り返る。


「そのまま左へ! 広い通路に出ます!」


「分かりました!」


 霧島が俺の腕を掴み返してくる。


 強い。


 爪が食い込む。


「待って、マジで死ぬ!」


「だから走れ!」


「さっきまで俺が主役だったんだけど!」


「命の危機で配役気にするな!」


《霧島、主役降板》

《命の危機でメタるな》

《死神のツッコミが忙しい》


 左へ曲がる。


 通路が広がった。


 でも、そこで終わりじゃなかった。


 広い場所に出た瞬間、犬型モンスターの群れが左右へ散った。


 挟む気だ。


 喉がさらに乾く。


 嫌な予感が喉の奥に張りつく。


「止まるな!」


 叫んだ。


 その瞬間、初心者の一人が振り返った。


 やめろ。


 見るな。


 人間は怖いものを確認しようとして遅れる。


 その一瞬で死ぬ。


「前だけ見ろ!」


 声が自分でも少し怖かった。


 初心者の肩が跳ねる。


 でも前を向いた。


 ミオが横から支える。


「大丈夫、大丈夫、足動かして!」


 ミオの声は低い。


 配信の時の明るい声じゃない。


 でも、今はその方がよかった。


 人を助ける声だった。


《ミオちゃんガチ探索者じゃん》

《見直した》

《死神の女じゃなくて普通に強い》

《普通にかっこいい》


 ミオのコメント欄が少し変わった。


 死神の女。


 事故ヒロイン。


 そういう遊び方から少しだけ違う方向へ流れている。


 ミオもそれに気づいたのか、一瞬だけスマホを見そうになった。


「前!」


「見てます!」


「今見ようとしただろ!」


「反射です!」


《数字ジャンキーで草》

《探索中にエゴサする女》

《でも助けてるから許す》


 青崎が前方の扉を指した。


「隔壁、閉めます!」


 8層の非常隔壁。


 普段はほとんど使われない。


 使う時はだいたいかなりまずい時だった。


 青崎のスタッフが操作盤に走る。


 だが、遅い。


 犬型モンスターが一匹、先に跳んだ。


 スタッフの背中へ向かっている。


「青崎!」


 俺が叫ぶより早く、青崎が動いた。


 持っていたライトを投げる。


 ライトが床を転がり、白い光がモンスターの目に当たった。


 犬型が一瞬怯む。


 青崎はスタッフの襟を掴んで、壁際へ引き倒した。


 上手い。


 怖いくらい上手い。


《青崎うま》

《今の反応すごくね?》

《トップ配信者、ちゃんと実力ある》

《ただの爽やかじゃなかった》


 青崎のコメント欄が沸く。


 それは当然だった。


 今のは普通にかっこいい。


 でも青崎はカメラを見なかった。


 そこも、かっこよく見えた。


 ずるいなと思った。


「灰原さん、急いで!」


 霧島を引きずり込む。


 最後にミオと初心者が飛び込んだ。


 青崎のスタッフが操作盤を叩く。


 隔壁が降りる。


 遅い。


 重い金属音。


 その隙間から、犬型モンスターが頭を突っ込んできた。


 黒い牙。


 赤い舌。


 息が生臭い。


 ミオが短く叫ぶ。


「閉めて!」


「閉めてます!」


 隔壁がモンスターの首元を押し下げる。


 でも止まる。


 何かが噛んでいる。


 俺は周囲を見る。


 投げた水筒はない。


 棒もない。


 霧島の腰に撮影用の自撮り棒が見えた。


「それ貸せ!」


「え、これ高いやつ!」


「命と比べるな!」


 奪い取って、犬型の口に突っ込む。


 嫌な音がした。


 自撮り棒が曲がる。


《高いやつ死亡》

《自撮り棒、殉職》

《スポンサー泣いてる》

《霧島の命より自撮り棒が惜しまれてて草》


 隔壁が落ちた。


 重い音。


 向こう側で犬型モンスターの群れが金属を引っ掻く音が響いた。


 しばらく誰も喋らなかった。


 全員、息が荒い。


 床に座り込んでいる。


 霧島も、初心者たちも、ミオも、青崎のスタッフも。


 青崎だけが立っていた。


 でも肩は上下していた。


 怖かったんだと思う。


 俺も、その場に座り込んだ。


 スマホの画面を見る。


 配信は続いている。


 同接。


 8.9万。


「……最悪だ」


《まず生きててよかっただろ》

《同接見て最悪って言うな》

《でも見るよな》

《数字は命より重い》


「重くない」


 即答した。


 でもその数字を見た瞬間、胸の奥が少しだけ熱くなった。


 最悪だった。


 本当に最悪だった。


 霧島が床に座ったまま、震える手でスマホを見ていた。


 さっきまでの笑顔はどこにもない。


 顔が白い。


 ピアスだけが妙に光っている。


「……助かった」


 霧島が小さく言った。


 誰に向けた言葉なのか分からなかった。


 俺は何も返さなかった。


 返すと、たぶん嫌味になる。


 ミオが初心者の男に水を渡している。


「飲めますか?」


 男は頷く。


 手が震えて、うまくペットボトルを持てない。


 ミオがキャップを開けてやる。


 その横顔に配信者の顔はなかった。


 ただ、助けようとしている人間の顔だった。


《ミオちゃん優しい》

《これは推せる》

《死神の女呼びしてたやつ謝れ》


《さっきまで言ってたのお前らだろ》


 コメント欄は反省すらコンテンツにする。


 俺は画面から目を逸らした。


 青崎がこちらに来る。


「灰原さん、大丈夫ですか」


「はい」


「腕、怪我してます」


 見ると、袖が裂けたところから血が出ていた。


 浅い。


 でも画面に映ると、たぶんそれなりに痛そうに見える。


《血出てる》

《死神負傷》

《スパチャ投げろ》

《包帯案件》


「案件にするな」


 青崎が少し笑った。


「灰原さん、こういう時でもコメント拾うんですね」


「拾ってるんじゃなくて、勝手に目に入るんです」


「分かります」


 その言い方が少しだけ本音に聞こえた。


 青崎もずっと見ているのだろう。


 見ないふりをして。


 画面の向こうの人間を。


 霧島がゆっくり立ち上がった。


 足が震えている。


 それでも、カメラの方を見た。


 配信者の本能だった。


「いやー……マジで危なかった」


 声がかすれていた。


 でも笑おうとしている。


「でも、まあ、結果的に神回ってことで――」


 その瞬間。


 空気が冷えた。


 青崎が何も言わない。


 ミオも何も言わない。


 初心者たちの顔が引きつる。


 俺は霧島を見た。


「それ今言うことか?」


 自分の声が低かった。


 霧島の笑顔が固まる。


《あ》

《それはない》

《霧島、今のは終わった》

《神回は違うだろ》


 コメント欄が反転する。


 速い。


 怖いくらい速い。


 さっきまで「霧島逃げろ」と騒いでいた人間たちが、今は霧島を責め始めている。


 でも、今回は俺も止める気になれなかった。


 霧島は唇を震わせた。


「いや、そういう意味じゃなくて」


「じゃあどういう意味だよ」


「配信的に、っていうか」


「だから、それ今言うことかって聞いてる」


 霧島は黙った。


 その沈黙がまた切り抜かれるのが分かった。


【切り抜き速報】


『霧島ハヤト、救助直後に「神回」発言』


「早い」


 ミオが呟いた。


「早すぎる」


 でも今度は誰も笑わなかった。


 初心者の男が小さく言った。


「俺、帰りたいって言ったんです」


 全員がそちらを見る。


 男は顔を伏せたまま続けた。


「入る前に、帰りたいって言ったんです。でも、空気的に言えなくて」


 霧島が顔を上げる。


「いや、聞こえてなかったって」


「聞こえてなかったんじゃなくて」


 男の声が震える。


「聞く感じじゃなかったです」


 静かだった。


 隔壁の向こうで、モンスターが金属を引っ掻く音だけが続いている。


 青崎のカメラも、俺のスマホも、霧島の配信も、全部その沈黙を拾っていた。


 最悪だった。


 また、人間が一番怖い場面になっていた。


《空気的に言えない、分かる》

《これ霧島悪いだろ》

《でも参加したの本人じゃん》

《初心者連れて未確認ルートはない》


 コメント欄が裁判所になる。


 証拠もないのに誰かを裁き始める。


 俺はそれを見て、三年前のことを思い出しそうになった。


 やめろ。


 今は違う。


 今はまだ、誰も死んでいない。


 霧島が小さく言う。


「……ごめん」


 声は弱かった。


 配信用じゃなかった。


 でも、コメント欄はもう許す準備をしていない。


《謝るの遅い》

《カメラ回ってるから謝ってるだけ》

《本心じゃないだろ》

《でも助かったんだからよくね?》


 意見が割れる。


 空気がぐちゃぐちゃになる。


 青崎が一歩前に出た。


「まず、全員生きてます」


 声が通る。


「それが一番です。責任の話は地上に戻ってからしましょう」


 綺麗な言い方だった。


 正しい。


 そして、今必要な言葉だった。


《青崎まとも》

《さすが》

《これがトップ》

《空気戻した》


 空気が、少し整う。


 やっぱり上手い。


 青崎は人を責めずに、場をまとめる。


 でもその言葉で、霧島は少し救われる。


 初心者の男は、少し黙らされる。


 俺はそれを見ていた。


 青崎が悪いわけじゃない。


 でも、上手すぎる人間は、時々誰かの痛みを綺麗に畳んでしまう。


 ミオが俺を見る。


 たぶん同じことを思ったのだと思う。


「地上に戻りましょう」


 青崎が言う。


「協会にも連絡します」


 俺は頷いた。


 その時、スマホが鳴った。


【急上昇ランキング1位】


【切り抜き速報】

『灰原レン、三年前の再来を防ぐ』


 息が止まった。


 三年前。


 その文字だけで、喉が乾く。


 画面を消そうとした。


 でも遅かった。


 コメント欄に一つの文が流れる。


《でも三年前は助けられなかったよね》


 続いてもう一つ。


《今回はカメラ回しててよかったね》


 胸の奥が冷えた。


 さっきまでの熱が一気に消える。


 ミオが小さく言った。


「灰原さん」


「大丈夫です」


 大丈夫じゃなかった。


 でもそう言った。


 霧島を助けた。


 初心者も助かった。


 今回は誰も死んでいない。


 それなのに。


 コメント欄は俺を三年前に戻す。


 青崎が画面を見て、少し顔を曇らせた。


「灰原さん、配信切った方がいいです」


 正論だった。


 でも切ったらまた言われる。


 逃げた。


 都合が悪くなった。


 説明しろ。


 謝れ。


 俺はスマホを持ち直した。


 画面の中の自分は顔色が悪かった。


 黒髪は汗で額に張りついている。


 灰色のパーカーは破れている。


 どう見ても配信者というより事故現場の人間だった。


 それでも同接は増えていた。


 10万を超えていた。


「……今日は」


 声が掠れた。


 コメント欄が少し止まる。


「今日は、誰も死んでません」


 自分でも、変な言い方だと思った。


 でも他に言葉が出てこなかった。


 数秒。


 コメント欄が止まったように見えた。


 次の瞬間。


《それでいい》

《生きてるならいい》

《灰原、よくやった》

《でも前のことは消えない》


 最後のコメントだけが目に残った。


 その通りだった。


 前のことは消えない。


 何を助けても。


 何を当てても。


 何回走っても。


 三年前に死んだ人間は戻らない。


 隔壁の向こうで、また爪の音がした。


 俺は水筒がないことを思い出した。


 さっき投げた。


 なくなった。


 喉が乾いているのに水がない。


「灰原さん」


 ミオがペットボトルを差し出した。


「飲みます?」


「……ありがとうございます」


 受け取る。


 水はぬるかった。


 でも、少しだけ息ができた。


《水助かる》

《ミオちゃん優しい》

《水筒案件消えたからペットボトル案件へ》


「もう案件の話やめろ」


 声に出すと、ミオが少し笑った。


 青崎も少しだけ笑った。


 霧島は笑えなかった。


 それでいいと思った。


 全員が笑える状況ではない。


 でも、少しだけ息ができるならそれでいい。


 地上へ戻る途中、協会から連絡が入った。


 未確認ルートは一時封鎖。


 霧島の配信は強制停止。


 初心者三人は事情聴取。


 俺とミオと青崎にもあとで話を聞くらしい。


《協会きた》

《霧島終了》

《灰原は表彰される?》

《いや事情聴取だろ》


 地上に出ると、入口前はさらに人が増えていた。


 報道カメラ。


 野次馬。


 探索者。


 みんな同じ顔をしている。


 怖いものを見に来た顔。


 面白いものを見に来た顔。


 その違いは、たぶん本人にも分からない。


 霧島が協会職員に囲まれる。


 ミオは初心者の男に頭を下げられて、少し困った顔をしていた。


 青崎はカメラの前で、落ち着いた声で状況を説明している。


 俺は少し離れたところで、スマホを見ていた。


【登録者数:63万人】


 増えている。


 怖いくらい増えている。


 俺は画面を伏せた。


 でも、またすぐ見た。


 本当に最悪だった。


 通知が鳴る。


【青崎ユウトがライブ配信を開始しました】


 タイトル。


【今日の件について】


「早いな」


 思わず言った。


 すると隣でミオが呟く。


「配信者って反省も早押しなんですよ」


 嫌な言葉だった。


 でも、たぶん正しかった。


 さらに通知。


【霧島ハヤトが投稿しました】


『今回の件について』


 本文は短かった。


【関係者の皆様にご迷惑をおかけしました。後ほど改めて説明します】


 コメント欄はもう燃えていた。


 そして最後に俺の通知欄が光る。


【急上昇ランキング1位】


【灰原レン】


【人殺し配信者】


【今それ撮ってる場合じゃないだろ】


 三つの言葉が並んでいた。


 俺はしばらくそれを見ていた。


 ミオが横から覗き込む。


「……変なランキングですね」


「最悪ですね」


「でも、一位です」


「最悪の一位だな」


 そう言うと、ミオは少しだけ笑った。


 俺も少しだけ笑った。


 その瞬間、通知が鳴る。


【企業案件】

『防災水筒PRのご相談』


「本当に来た」


《水筒案件きたあああ》

《伏線回収》

《死神、スポンサー復活》


 俺はスマホを伏せた。


「この世界、終わってるだろ」


 ミオが頷く。


「でも、ちょっとだけ助かりましたね」


 俺は何も言えなかった。


 終わっている世界で。


 誰かが生き残った。


 それを喜んでいいのか、まだ分からなかった。


 でも少なくとも今日は。


 誰も死んでいない。


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