第三話 「切り抜き師は人の心がない」
霧島ハヤトの配信待機画面は開始前なのに同接4万人いた。
【8層未確認ルート凸】
【今日はガチ】
【命知らずだけ来い】
サムネには霧島の笑顔。
赤ジャケット。
金髪。
口元のピアス。
『危険が好きそうな男』をちゃんと演出してる顔だった。
《神回確定》
《今日事故ある?》
《灰原レン来る?》
ミオが小さく言う。
「……もう私の配信じゃなくなってる」
ソファの横でずっと通知が鳴っている。
さっきから十秒に一回はスマホを確認していた。
「行かなくていいのか」
「行きますよ」
即答だった。
でも声は少し弱い。
「今日コラボ飛ばしたら『ビビって逃げた』って切り抜かれるので」
「配信者って大変だな」
「灰原さんもさっき言ってましたよねそれ」
コメント欄が流れる。
《死神の女かわいそう》
《もう事故前提で草》
《霧島、数字の匂いで興奮してそう》
その時。
霧島の配信が始まった。
「はいどーもー!!」
テンションが高い。
でも上手い。
最初の三秒で空気を掴みにいく声だった。
後ろには初心者っぽい探索者が三人いる。
全員、少し顔が固い。
「今日はですねぇ!」
霧島がカメラへ顔を寄せる。
「8層の未確認ルート行きます!」
《うおおお》
《神回》
《スポンサー逃げろ》
霧島が笑う。
「いやスポンサーいるから死ねないんだよなぁ!」
コメント欄が盛り上がる。
上手い。
ちゃんと“配信者”だ。
でも。
違和感があった。
霧島だけ周囲と呼吸が合っていない。
初心者たちが緊張してるのに一人だけ浮いている。
ミオも気づいたらしい。
「……今日ちょっとテンション高すぎるな」
その時。
《灰原レン、配信見てるらしいぞ》
コメント欄に流れた。
一瞬。
霧島の笑顔が止まる。
「え、マジ?」
声の温度が少し下がる。
でも次の瞬間にはもう笑っていた。
「いやいや、死神来たら困るって!」
《草》
《もう死亡フラグ》
《霧島ちょっと焦ってね?》
俺は水を飲む。
冷たい。
でも、まだ喉が乾く。
嫌な感じだった。
その時。
霧島の後ろにいた初心者の一人が小さく映った。
ヘルメットを何回も触っている。
落ち着いていない。
視線もずっと出口側だった。
耳鳴り。
小さく。
でも、はっきり。
ミオがこちらを見る。
「……また?」
「うん」
「やめてくださいよその“分かった”顔」
《死神モード入った》
《BGM変わりそう》
《空気読める主人公怖い》
霧島は笑いながら歩いていた。
「いやー最近ぬるい配信多いじゃないですか」
《わかる》
《命張れ》
《最近の探索者安全すぎ》
「だから今日は“本物”見せます」
その瞬間。
耳鳴りが強くなる。
世界の音が少し遠くなる。
俺は立ち上がった。
「行くぞ」
「え?」
「ダンジョン」
「いやいやいや」
ミオが引く。
「完全にホラー映画の流れなんですけど」
「俺もそう思ってる」
《現地凸!?》
《うおおお》
《死神出動》
《霧島終わった》
俺はパーカーを掴む。
その瞬間、通知。
【切り抜き速報】
『灰原レン、“次の事故”も察知か』
「早すぎるだろ」
《切り抜き師は人の心がない》
《24時間監視》
《もう専属マネージャーだろ》
ミオが小さく笑った。
たぶん今日初めて、少しだけ自然に笑った。
「……行きます」
「マジで?」
「一人で事故るよりマシな気がするので」
ミオは立ち上がる。
黒パーカーの袖を少し引っ張った。
その時。
スマホ通知がまた鳴る。
【登録者数:42万人】
ミオが固まる。
「……増えてる」
《死神ブースト》
《コラボしただけで伸びて草》
《炎上業界のインフルエンサー》
ミオはしばらく数字を見つめていた。
そのあと、小さく言う。
「これだから辞められないんですよね」
少しだけ怖い顔だった。




