第二話 昨日まで叩いてたくせに
朝起きたら、登録者が18万人増えていた。
「増えすぎだろ……」
寝起きのままスマホを見る。
通知が止まっていない。
【急上昇1位】
【おすすめ急増中】
【切り抜き47件】
嫌な予感しかしなかった。
《おはようございます》
《死神起床》
《今日誰死ぬ?》
《伝説の始まり見に来た》
「朝の挨拶として最悪だな」
《起きて第一声それ?》
《本人いた》
《配信してないのにコメント返すな》
配信していないのにコメント欄だけが動いている。
昨日の崩落切り抜きが完全に祭りになっていた。
【伏せろ!!が早すぎる件】
【灰原レン、ガチで予知能力者説】
【人殺し配信者、また事故を当てる】
おすすめ欄が全部自分だった。
再生数480万。
730万。
1100万。
昨日まで同接187だった男とは思えない。
《同接187→2万は草》
《成り上がり始まった》
《アンチ息してる?》
《昨日まで叩いてたくせに》
俺はスマホを伏せた。
「怖……」
《自分で引いてて草》
《バズった本人が一番被害者顔》
《その顔でよく配信者やってるな》
「俺もそう思う」
通知がまた鳴る。
【スーパーチャット ¥50,000】
《崩落回避ありがとう代》
「重いんだよ名前が」
《命の恩人》
《死神なのか救世主なのか統一しろ》
《ダンジョン防災課》
少し笑う。
笑った瞬間、また通知。
【企業案件】
『防災グッズPRのご相談』
「仕事早すぎだろ」
《適任》
《災害カテゴリ配信者》
《お前もう防災YouTuberだよ》
《案件名:死なないための水筒》
俺は冷蔵庫を開ける。
水しかなかった。
「登録者増えたのに生活変わってないな」
《まず食料買え》
《その前に寝癖直せ》
《防災以前に自炊しろ》
俺は無意識に水を飲む。
冷たい。
少し落ち着く。
事故が起きる前は逆に喉が乾く。
自分でも意味は分からない。
喉の奥が乾いて、音が遠くなって、世界の輪郭が少しだけ薄くなる。
昨日もそうだった。
三年前もたぶんそうだった。
思い出しかけて、やめる。
スマホが震えた。
【青崎ユウトがライブ配信を開始しました】
嫌な予感がした。
開く。
同接9.4万。
タイトル。
【昨日の件について】
青崎は病院の待合室みたいな場所で配信していた。
白パーカーに腕の包帯。
少し疲れた顔。
でも髪はちゃんと整っている。
照明の位置まで綺麗だった。
「いやー、昨日はマジで危なかったです」
青崎が苦笑する。
コメント欄が高速で流れていた。
《生きててよかった》
《青崎無事で安心》
《灰原レンやばくね?》
《昨日の崩落怖すぎた》
青崎は少し笑う。
「いや、偶然でしょ」
コメント欄が少し割れる。
《でも当ててたじゃん》
《崩落前に言ってた》
《タイミング怖すぎ》
《偶然であの速度は無理》
青崎は困ったように笑った。
「いやー……でも、ああいう“不安煽り”って前からやってる人なんで」
《あ》
《空気変わった》
《それ言う?》
でも青崎はすぐフォローを入れる。
「いや、責めてるわけじゃないっすよ?」
「結果的に助かった人もいたと思いますし」
《青崎まとも》
《やっぱ登録者多いだけある》
《言い方うまいな》
コメント欄が、ゆっくり青崎側へ戻っていく。
上手いなと思った。
空気の戻し方を知っている。
俺が言うと角が立つことを青崎が言うと「冷静な意見」になる。
配信者の才能ってこういうところにも出る。
「ただ、初心者がパニックになると危ないんで」
《まあそれはそう》
《灰原怖いしな》
《正直あの顔で言われたらビビる》
「顔は関係ないだろ」
思わず呟く。
《本人見てる?》
《灰原潜伏中説》
《エゴサ死神》
その時。
《でも青崎、逃げ遅れてたよな》
青崎の笑顔が一瞬だけ止まる。
本当に一瞬。
でも止まった。
次の瞬間にはもう戻っていた。
「いやマジ危なかったっす」
少しだけ声が硬い。
《顔引きつってね?》
《切り抜き師そこ頼む》
《今の0.2秒保存した》
《人の心ないんか》
俺は配信を閉じた。
「うわ、配信者って大変だな」
《お前も配信者定期》
《他人事で草》
《寝癖直してから言え》
インターホンが鳴る。
時計を見る。
11時42分。
こんな時間に来る人間なんてだいたいろくでもない。
ドアスコープを覗く。
女だった。
黒キャップ。
白マスク。
スマホ。
でもすぐ分かった。
白瀬ミオ。
最近ショート動画で急激に伸びてる探索配信者だ。
ドアを開ける。
思ったより小さい。
黒キャップから明るい茶髪が肩辺りまで落ちている。毛先だけ少し跳ねていた。寝不足なんだと思う。
オーバーサイズの黒パーカーに短パン。
脚だけ妙に白い。
動画だともっとキラキラして見えるのに、実物はかなり疲れていた。
目の下に薄くクマがある。
でも顔はかわいい。
というか“動画で強い顔”だった。
目が大きい。
表情がよく動く。
ショート動画向きの顔だなと思った。
「急にすみません」
声は動画より少し低い。
ミオは部屋へ入る前に、ずっと通知を見ていた。
通知音が止まらない。
「ミオさん炎上した?」
「しました」
即答だった。
「灰原さん擁護したら」
「最悪だな」
「“死神の女”って呼ばれてます」
少し笑ってしまった。
《二つ名増えるの早い》
《ネット民楽しそうで草》
《死神の女は強キャラ感ある》
ミオがスマホを見せてくる。
【白瀬ミオ、灰原レン擁護で炎上】
【売名か? 死神にすり寄る新人配信者】
【死神の女、爆誕】
「爆誕してますね」
「してますね、じゃないんですよ」
「おめでとうございます」
「祝わないでください」
ミオが部屋を見回す。
「……何もないですね」
「炎上すると外出なくなるから」
「引きこもりの理由が現代的すぎる」
「外出たら誰かに撮られるし」
「それはちょっと分かります」
ミオは少しだけ笑った。
動画の時よりその方が自然だった。
スマホが震える。
ミオは反射みたいに笑顔を作った。
「あ、はいっ、大丈夫でーす! 全然気にしてないです!」
急に声が明るくなる。
完全に配信モードだった。
「はい、はい! むしろおいしいかなって! あはは!」
通話が切れた瞬間、笑顔も消える。
「……あれ疲れるんですよね」
「だろうな」
「最近、寝る前にエゴサして気絶するのが趣味です」
「終わってる趣味だな」
「配信者の8割そうですよ」
「地獄の業界か?」
「天国だと思って始める人だけが地獄を見ます」
「妙に名言っぽく言うな」
ミオはソファに座った。
パーカーの裾から細い脚が投げ出される。
本人は全然気にしていない。
《脚助かる》
《切り抜き師仕事しろ》
《死神の部屋に女が来た》
「今、配信してないですよね?」
ミオが怪訝そうに見る。
「してない」
「じゃあなんでコメント欄みたいな顔してるんですか」
「コメント欄みたいな顔って何だよ」
「人の一番嫌な反応を先読みしてる顔です」
「嫌な特技だな」
「灰原さんの顔、だいたいそれです」
ミオがスマホを見て顔をしかめる。
「うわ、もう切り抜かれてる」
「何が?」
「私がこの部屋に入ったところです」
「まだ配信してないのに?」
「入口で撮られてました」
ミオが画面を見せる。
【死神の女、灰原レン宅へ】
「タイトルがもう終わってる」
「終わってます」
「俺の住所、大丈夫か」
「大丈夫じゃないと思います」
「軽く言うな」
少し静かになる。
スマホの光だけがミオの顔を照らしていた。
通知が来るたび、視線がそっちへ引っ張られる。
配信者ってずっと誰かに見られてるんだなと思った。
俺もそうなのに他人を見ると分かりやすい。
「で、なんで来たんですか」
ミオが少し真顔になる。
「昨日の、なんで分かったんですか?」
またその質問だった。
でも今回は少し違う。
怖がっている。
「なんとなくです」
「それで崩落当てるの意味分かんないんですけど」
「俺も分かってない」
「分かってない人が一番怖いです」
「それはそう」
ミオはしばらく黙っていた。
そのあと、小さく言う。
「私、今日8層行くんです」
嫌な感じがした。
俺はミオを見る。
視線が落ち着いていない。
通知を気にしすぎてる。
それに、部屋に入ってから一回も水を飲んでいない。
「やめた方がいいですよ」
ミオが固まる。
「……また分かるんですか?」
「いや」
「じゃあなんで」
俺は窓の外を見る。
曇っていた。
昼なのに、少しだけ暗い。
「でも今日、空気悪いんで」
ミオが少し眉をひそめる。
「空気?」
「炎上する日の配信ってコメント欄ちょっと似る」
「なにそれ怖」
「あと、数字欲しがってる人間の配信も似る」
「もっと怖い」
《コメント欄霊感》
《ネットの地縛霊見えてそう》
《この能力いちばん嫌》
ミオはスマホを握ったまま、目を伏せる。
「今日、コラボなんです」
「誰と」
「霧島ハヤトさん」
名前を聞いた瞬間、少し嫌な感じが強くなった。
知っていた。
危険系探索配信者。
炎上で伸びるタイプ。
最近かなり数字を持っている。
赤いジャケットと、カメラに近すぎる笑顔。
危険を「撮れ高」と呼ぶ人間。
「やめた方がいい」
「でも、断ったら」
「叩かれる?」
「はい」
ミオは笑おうとして、失敗した。
「昨日から登録者増えてるんです」
「いいことでは」
「いいことです。でも、増えた分だけ、今日何かしないといけない気がして」
その声は、動画のミオとは全然違った。
小さくて、少し掠れていた。
「何もしなかったら、すぐ見られなくなる気がするんです」
分かる気がした。
数字は増えると安心する。
でも増えた瞬間、次も増やさないといけなくなる。
たぶんそれは、罰に近い。
その瞬間。
ミオのスマホが震えた。
【霧島ハヤト:早く来いw】
短文だった。
でも嫌な感じがした。
急かしているというより、“数字が欲しくて浮いてる”。
耳鳴りがした。
小さく。
世界の音が少し遠くなる。
俺は水を飲んだ。
冷たいはずなのに、喉がまだ乾く。
「その配信、何時からですか」
「……30分後ですけど」
「URLください」
ミオが少し引いた顔をする。
「灰原さん」
「はい」
「なんかもう“死亡フラグ”って感じなんですけど」
「俺もそう思ってる」
「言わないでくださいよ」
「嘘つくよりいいだろ」
「場合によります」
その瞬間。
通知が鳴る。
【青崎ユウトがあなたをフォローしました】
コメント欄が一気に加速した。
《うわ》
《青崎、数字の匂い嗅いでる》
《昨日まで距離取ってたやん》
《でもフォローするタイミング神》
俺は少しだけ笑った。
「配信者って鼻いいな」
「灰原さんも今、霧島さんの配信見ようとしてますよね」
「事故の匂いがするので」
「言い方」
さらに通知。
【登録者数:38万人】
昨日の朝まで俺はほとんど終わった配信者だった。
案件はない。
企業からは避けられる。
おすすめ欄に出るのは三年前の事故の切り抜きだけ。
それが今、通知ひとつで人生が少しずつ戻ってくる。
戻ってくるというより別のものに変わっていく。
それが嬉しいのか怖いのか自分でも分からなかった。
ミオがスマホを見つめたまま小さく言う。
「灰原さん」
「はい」
「これ、見に行くだけですよね?」
「そのつもりです」
「“そのつもり”って一番信用できない言葉ですよ」
「配信者の“大丈夫です”よりは信用できる」
「それはそうです」
ミオが立ち上がる。
黒キャップを被り直す。
さっきまで疲れていた顔に少しだけ配信者の表情が戻る。
でも目だけはまだ怖がっていた。
俺はスマホを持つ。
霧島ハヤトの配信待機画面を開く。
【8層未確認ルート凸】
【今日はガチ】
【命知らずだけ来い】
待機人数。
3.8万人。
「命知らずだけ来い、か」
俺は水筒を掴んだ。
喉が乾く。
かなり嫌な感じだった。
その直後。
【切り抜き速報】
『灰原レン、次の事故を察知か』
早すぎる。
まだ何もしていない。
ミオが画面を覗き込んで引いた顔をする。
「切り抜き師って人の心ないんですか?」
「たぶんない」
俺は玄関へ向かった。
スマホの中で霧島の待機画面のコメント欄が流れている。
《神回確定》
《今日死人出そう》
《灰原レン来る?》
最後のコメントだけ、やけに目に残った。
俺はドアを開ける。
外の空気は思ったより冷たかった。




