第一話 「今日は誰が死ぬんですか?」
毎朝7:30更新予定
配信開始から40秒で《今日は誰が死ぬんですか?》というコメントが流れた。
「天気予報みたいに言うなよ」
《本日の死亡指数》
《死神配信きた》
《定期巡回》
同接187。
コメント欄だけはいつも元気だった。
スマホのインカメに自分の顔が少し映る。
黒髪は寝癖のまま。目の下には薄くクマが残っていた。灰色のパーカーも昨日コンビニへ行った時から変わっていない。配信者なのに見た目に金を使わなさすぎて、《一般通過ニート》って切り抜きタイトルを付けられたことがある。
否定はできなかった。
「こんばんは。灰原レンです」
《まだ活動してて草》
《スポンサー0の男》
《人殺し配信者》
「スポンサーは一回ついたぞ」
《3日で消えた》
《企業判断が早い》
《危機管理能力SSS》
少し笑う。
ダンジョン配信者は炎上すると終わる。
でも完全には終わらない。
一番面倒なのは“半分だけ終わる”ことだった。
検索候補に事故動画が残る。企業案件は来ない。でも野次馬だけは増える。
地下鉄中央線跡地ダンジョンの入口は、平日なのに妙に混んでいた。
配信者も多い。
スポンサー名入りのジャケット。サムネ用ライト。撮影スタッフ。昔は命懸けの探索ってもっと暗い仕事だったらしいけど、今はサムネの方が重要だった。
《今日どこまで?》
「7層」
《ソロ?》
《死ぬぞ》
《切り抜き師待機》
「お前ら俺が死ぬ前提で見てるだろ」
《はい》
《死なない程度に死んでほしい》
《伝説期待》
入口ゲートを抜ける。
空気が少し冷たくなった。
コンクリートの壁は湿っていて、遠くの音が妙に反響する。ダンジョンは深くなるほど距離感がおかしくなる。近くで喋ってるみたいなのに、実際は20メートル先だったりする。
地下4層を過ぎた辺りで人が増え始めた。
今日は妙に探索者が多い。
その中に見覚えのある男を見つけた。
「あ」
先に気づいたのは向こうだった。
「うわ、灰原レンじゃん」
青崎ユウト。
登録者82万人。
探索配信界のトップ層。
白ジャケットに高そうな装備。明るい金髪はセットまで崩れていない。笑った瞬間、周囲の視線が自然に集まる。
ああ、こういう奴は人生でずっと“映る側”なんだろうなと思った。
隣には撮影スタッフ。
カメラを向けられた瞬間、青崎の笑顔が少し完成する。
《最悪の遭遇》
《事故配信コラボ》
《青崎逃げて》
「こんばんは」
「こんばんはじゃないって」
青崎が笑う。
「今日は誰か死ぬ予定ですか?」
周囲が少し笑う。
でも青崎はすぐ、
「あ、冗談っす」
と付け足した。
《フォローうま》
《青崎やさしい》
《陽キャすぎる》
俺は水筒を開けた。
金属みたいな味がした。
嫌な感じだった。
青崎は露骨に人を嫌わない。
でも、“危ない空気の人間”とはちゃんと距離を取る。
そこが上手かった。
「今日は下層でボス更新あるらしいんすよ」
青崎が言う。
「だから人多いんじゃないですか」
「……そうですね」
その瞬間だった。
耳鳴り。
小さく。
嫌な感覚。
探索者たちの声が妙に小さい。
湿った臭いも薄い。
代わりに、鉄みたいな臭いが強い。
俺は立ち止まった。
《来た》
《灰原センサー》
《死亡フラグ探知》
「どうしたんすか?」
青崎が笑う。
初心者パーティの方までちゃんと見る。カメラ映りを意識した動きだった。
俺は天井を見る。
黒い。
いや。
細かい亀裂だった。
背筋が冷える。
「上戻った方がいいです」
一瞬、空気が止まった。
《始まった》
《不安煽り》
《再生数稼ぎ》
「いやいや」
青崎が苦笑する。
「初心者いる前でそういうの良くないって」
言い方が柔らかい。
怒ってる感じはない。
でも、“空気を戻そう”としているのが分かった。
「昨日もそれで助かった人いたじゃん」
俺が言う。
青崎は少し困った顔をした。
「あれは結果論っすよ」
《あ》
《空気変わった》
《それ言う?》
でも青崎はすぐ笑顔を戻す。
「いや、灰原さん責めてるわけじゃないですからね?」
「ただ、不安煽ると初心者パニックになるんで」
正論だった。
だから面倒だった。
初心者パーティが不安そうに天井を見る。
違う。
これ近い。
空気が静かすぎる。
人が多い時ってもっと雑音が混ざる。
でも今は違う。
みんな少しずつ周囲を見ている。
不安を隠してる時の空気だった。
「本当に戻った方が――」
低い音がした。
地下の奥。
巨大な何かが軋む音。
その瞬間、俺は壁際へ飛んだ。
「伏せろ!!」
1秒遅れて、天井が崩れた。
轟音。
悲鳴。
粉塵。
照明が消える。
スマホが激しく揺れた。
《うわ》
《え!?》
《ガチ!?》
《待って待って》
《うわあああ》
視界が白くなる。
誰かが叫んでいた。
崩落は10秒くらい続いた。
やっと静かになる。
耳鳴りだけ残った。
粉塵の向こうで誰かが泣いている。
俺は咳き込みながらスマホを拾った。
画面が割れていた。
でも配信は続いている。
《青崎どこ!?》
《埋まってる!?》
《救助!!》
《え、怖》
《なんで分かった?》
そのコメントを見た瞬間、同じ文が一気に増え始めた。
《なんで分かった?》
《また当てた》
《偶然じゃなくね?》
《こいつ本物?》
画面右上を見る。
同接。
187。
↓
21431。
「……うわ」
思わず声が出た。
《自分で引いてて草》
《死神バズってる》
《切り抜き師起きろ!!!》
《昨日まで叩いてた奴www》
通知が鳴る。
【急上昇ランキング4位】
【切り抜き速報】
『炎上配信者・灰原レン、ダンジョン崩落を完全予知』
その直後。
コメント欄に一つの文が流れた。
《でも前に人死んでるよね?》
空気がまた少しだけ変わった。




