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人殺し配信者と呼ばれた俺、なぜか毎回ダンジョン事故を当ててしまう  作者: 有馬 凪


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10/13

第十話 青崎ユウトは燃えない

【全部出したら次は青崎ユウトの番だ】


 青崎はその画面をしばらく見ていた。


 事務所の中は静かだった。


 さっきまで18万人が見ていた場所とは思えない。


 ライトはまだ点いている。


 カメラもまだ机の上にある。


 配信ソフトの画面には終了済みの文字。


 でも通知だけは止まらない。


 誰かの反応。


 誰かの切り抜き。


 誰かの考察。


 誰かの怒り。


 画面の中だけがまだ燃えている。


「……警察に」


 ミオが言った。


「これは警察じゃないですか」


 青崎は小さく頷いた。


「協会にも共有します。警察にも相談します」


 声は落ち着いていた。


 でも、スマホを持つ指に少し力が入っている。


 青崎ユウトが怖がっている。


 そのことが妙に現実味を持っていた。


「青崎さんの番って何ですか」


 俺が聞くと、青崎はすぐには答えなかった。


 間があった。


 その間が答えみたいなものだった。


 ミオが少し身を乗り出す。


「何かあるんですか」


「あります」


 青崎は言った。


 あまりにもあっさりだった。


 ミオが固まる。


 俺も少し黙った。


「……あるんですか」


「ありますよ」


 青崎は薄く笑った。


「燃えない配信者なんていません。燃える前に消してるだけです」


 その言い方が嫌だった。


 でも、青崎らしかった。


 青崎はパソコンを閉じる。


 その動きが少しだけ重い。


「ただ、誤解しないでください。犯罪とかそういうことではないです」


「じゃあ何ですか」


「配信者としてあまり綺麗じゃないことです」


「幅広すぎません?」


 ミオが言う。


 青崎は少し笑った。


「幅広いですね」


「怖いです」


「俺も怖いです」


 その言葉だけ少し本音に聞こえた。


 俺は椅子にもたれたまま、青崎を見る。


 白いシャツ。


 整った髪。


 疲れているのにまだ崩れない顔。


 配信を切った後でも青崎は青崎ユウトのままだった。


 でも今は少しだけ綻びが見える。


「三年前の事故に関係あるんですか」


 俺が聞く。


 青崎は一度だけ目を伏せた。


「少し」


 それだけで喉が乾いた。


「少し?」


「当時、俺はまだ今ほど登録者がいませんでした。中堅にも届かないくらいで」


「それは聞いたことあります」


「で、神谷リョウさんは伸びていました」


 リョウの名前が出る。


 胸の奥が少し縮む。


 青崎は続けた。


「明るくて、喋りが上手くて、危険な場所でも絵になった。企業案件も来始めていた」


 リョウの笑顔が頭に浮かぶ。


 画面の中の声。


『危なかったらレンがまた叫んでくれるから』


 あの軽い言い方。


 今なら分かる。


 リョウも配信者だった。


 危険を軽く見せるのが上手かった。


 俺はそれを羨ましいと思ったことがある。


「俺はリョウさんが羨ましかった」


 青崎が言った。


 俺は顔を上げる。


 青崎は笑っていなかった。


「明るくて、好かれて、危ないことをしても嫌な感じにならない。コメント欄も味方にできる。ああいう人が伸びるんだなと思ってました」


「……」


「だから、事故のあと」


 青崎は少し言葉を止めた。


 スマホがまた鳴る。


 青崎は見なかった。


 初めて通知を見なかった。


「事故のあと、俺はリョウさんの追悼配信をしました」


 ミオが小さく息を吸う。


「それ自体はおかしいことじゃないですよね」


「おかしくはないです」


 青崎は言う。


「でも伸びました」


 その一言でだいたい分かった。


 ミオも黙った。


 青崎は続ける。


「すごく伸びました。俺のチャンネルで初めて、同接1万人を超えました。登録者も一気に増えた」


 配信者は数字を覚えている。


 良い数字も。


 悪い数字も。


 人が死んだ日の数字も。


「その配信で俺は泣きました」


 青崎は淡々と言った。


「本当に悲しかったです。でも、泣いている自分がどこかで、伸びている数字も見ていた」


 ミオが唇を噛む。


 俺は何も言えなかった。


 その感覚は分かりたくなかった。


 でも分かる。


 今日、俺も同接を見た。


 誰も死んでいない日に。


 助かった日に。


 それでも最悪だと思った。


 数字が増えて少し熱くなった。


「その切り抜きが今の俺の最初のバズです」


 青崎は言う。


「神谷リョウの死を悼む若手探索者、みたいな切り抜き」


 言葉が重かった。


 でも青崎の声は揺れない。


「それがなかったら俺はたぶん今ここにいません」


 ミオが小さく言う。


「それを誰かが出すってことですか」


「たぶん」


 青崎は頷いた。


「当時の配信アーカイブは消しています。でも誰かが録画しているでしょう」


「それだけなら…」


 ミオは言いかけて止まった。


 それだけなら悪くない。


 そう言いそうになったのだと思う。


 でも言えなかった。


 悪くない。


 でも綺麗でもない。


 人が死んだあとで泣いてその配信が伸びた。


 それだけなら誰にでも起きる。


 でもそれを人は許すとは限らない。


 特に、青崎ユウトみたいに“ちゃんとしている人”には。


「青崎さんは、だから俺の映像を持ってきたんですか」


 俺は聞いた。


 青崎がこちらを見る。


「罪悪感で?」


「それもあります」


 即答だった。


「でもそれだけじゃないです」


「じゃあ何ですか」


「怖かったからです」


 青崎は言った。


「灰原さんの件を放置したまま、俺だけ綺麗な配信者でい続けるのが」


 ミオが黙る。


 俺も黙った。


 青崎は少しだけ笑う。


「格好悪いでしょ」


「まあ」


 俺は言った。


「かなり」


「そこは少し否定してほしかったですね」


「すみません」


「いや、いいです」


 青崎は椅子に座った。


 初めて、ちゃんと疲れたように座った。


「俺、燃えないようにずっとやってきました」


 白い壁に青崎の影が少し揺れる。


「言葉を選んで、誰かを直接責めないで、謝る時は早く謝って、コメント欄が荒れそうなら先に水をかける」


「水筒案件ですか」


 ミオが言った。


 青崎が一瞬きょとんとする。


 俺は少し笑ってしまった。


 ミオも自分で言ってから、しまった、という顔をした。


「すみません。今のは違いました」


「いえ」


 青崎は少し笑った。


「でもだいたい水筒案件みたいなことをしてきました」


「真面目に拾わないでください」


《ここ配信してたら切り抜かれてた》

 と、頭の中でコメント欄が流れた。


 配信していないのに。


 もうコメント欄が身体に入っている。


「俺は燃えないようにしてきた」


 青崎は続けた。


「でも、その分、他の人が燃えた時に少し安心してたんだと思います」


 その言葉は嫌だった。


 嫌だけどかなり正直だった。


「自分じゃなくてよかったって」


 青崎の声が少しだけ低くなる。


「霧島が燃えているのを見て、俺は正しい側に立てると思った。灰原さんの映像を出せば、今度は灰原さんを助ける側にも立てると思った」


 ミオが青崎を見る。


「それ言っちゃうんですか」


「言わないと、たぶんまた同じことをします」


 青崎は言った。


「俺は空気を整えるのが得意です。でも、そのせいで見えなくなるものもある」


 俺は、さっきの隔壁の前を思い出した。


 青崎の言葉。


「まず全員生きてます」


 正しい。


 必要だった。


 でもその言葉で霧島は少し救われ、初心者の男は少し黙らされた。


 青崎はそれに気づいていた。


 気づいていたから、今こうしている。


「青崎さん」


 俺は言った。


「それ配信で言うんですか」


 青崎は顔を上げる。


 ミオもこちらを見る。


「脅迫されたから先に出すんですか」


 青崎は黙った。


「それをやったら、結局また早押しじゃないですか」


 言いながら、かなり嫌なことを言っていると思った。


 でも言わない方が嫌だった。


「反省配信の早押し」


 青崎が小さく繰り返した。


「さっき白瀬さんが言ってましたね」


「すみません」


 ミオが少し小さくなる。


「いや」


 青崎は首を横に振る。


「その通りです」


 スマホがまた鳴る。


 青崎は画面を見た。


 さっきの脅迫アカウントからだった。


【青崎ユウトの追悼配信、まだ残ってるよ】


 添付画像。


 昔の青崎の顔。


 今より幼い。


 今より垢抜けていない。


 でも泣いている顔だけは、今よりずっと生々しかった。


 テロップ。


『神谷リョウさんへ』


 コメント欄の一部が画像に映っていた。


《泣いた》

《青崎くんいい人》

《リョウさんの分まで伸びてほしい》

《チャンネル登録した》


 ミオが息を止めた。


 俺も少しだけ目を逸らしたくなった。


 青崎は画面を見ている。


 じっと。


 自分の昔の泣き顔を。


「……懐かしいな」


 青崎が呟いた。


「嫌な意味で」


 次のメッセージ。


【今日中に出す】


 短い。


 それだけ。


 ミオが言う。


「どうしますか」


 青崎はすぐに答えなかった。


 沈黙が長い。


 それでもさっきまでみたいに配信を始めようとはしない。


 燃え方を選ぶ人間が、初めて燃え方を選べずにいる。


「出されたら」


 青崎は言った。


「たぶん燃えます」


「でも、青崎さんが悪いって話になるんですかね」


 ミオが言う。


「分かりません」


 青崎は正直だった。


「ただ、“綺麗な青崎ユウト”は少し壊れます」


「それ、そんなに大事ですか」


 ミオの声は優しかった。


 でも少し刺すようでもあった。


 青崎は少しだけ笑う。


「大事ですよ」


 そして、続けた。


「それで食ってきたので」


 その言葉で青崎が急に近くなった。


 綺麗な言葉ではない。


 正しい言葉でもない。


 でも生活の言葉だった。


 レンが案件を気にする。


 ミオが登録者を見てしまう。


 霧島が神回と言ってしまう。


 青崎が綺麗な自分を守ろうとする。


 全部、同じ場所にあるのかもしれない。


「出される前に出すんですか」


 俺が聞く。


 青崎は少し考えた。


 そして首を横に振った。


「出しません」


 意外だった。


 ミオも驚いた顔をした。


「いいんですか」


「よくないです」


 青崎は言った。


「でも今出したら、脅迫に反応して自分を守るための配信になります」


「そうですね」


「それはたぶん、また誰かの死を使うことになる」


 青崎はスマホを伏せた。


「だから今は出しません」


 言葉は静かだった。


 でもさっきより少し強かった。


 ミオが小さく頷く。


「じゃあ、どうするんですか」


「協会と警察に出します」


「表には?」


「出されたらその時に話します」


「遅くないですか」


「遅いです」


 青崎は苦笑した。


「燃え方を選ぶのを少しやめてみます」


 俺は青崎を見た。


 その言葉は青崎にとってかなり怖いもののはずだった。


 燃え方を選ばない。


 それはコメント欄に身体を預けるみたいなものだ。


「大丈夫ですか」


 俺が聞くと、青崎は少しだけ笑った。


「大丈夫じゃないです」


「ですよね」


「でも、さっき灰原さんもやったので」


「俺は勢いです」


「じゃあ俺は真似です」


 ミオが言った。


「トップ配信者が死神の真似するんですか」


「嫌ですね」


 青崎が言う。


「かなり嫌です」


 少しだけ笑えた。


 その時、ミオのスマホが鳴った。


 ミオは画面を見た。


 顔が曇る。


「……出ました」


 青崎の手が止まる。


 俺も画面を見る。


【暴露】


『青崎ユウト、神谷リョウの死でバズっていた』


 動画はもう投稿されていた。


 サムネには若い青崎の泣き顔。


 赤い文字で、


【追悼で登録者爆増】


 と書かれている。


 悪意のあるサムネだった。


 でも、完全な嘘ではない。


 それが一番嫌だった。


 再生数はまだ1万。


 でも伸びている。


 コメント欄は、もう始まっていた。


《青崎もかよ》

《綺麗ぶってたのに》

《追悼で伸びたのは事実》

《泣いてるだけじゃん》

《これを叩くのは違うだろ》

《でも今日の態度見るときつい》


 青崎は画面を見た。


 顔色は変わっていない。


 でも、目だけが少し揺れていた。


 ミオが言う。


「配信、しますか」


 青崎は首を横に振った。


「しません」


 スマホが何度も鳴る。


 通知。


 DM。


 関係者からの連絡。


 青崎の顔に見たことのない疲れが浮かぶ。


 それでも配信はしない。


 俺はその横顔を見ていた。


 この人は今、たぶん初めて、空気を整えないことを選んでいる。


 青崎のチャンネルに、コメントが流れているのが見えた。


《青崎説明しろ》

《逃げるな》

《配信まだ?》

《いつも早いのに》

《こういう時だけ黙るの?》


 早く説明しろ。


 逃げるな。


 謝れ。


 いつもの言葉。


 俺が何度も見た言葉。


 それが今、青崎に向かっている。


 青崎はスマホを伏せた。


 でも、手はその上に置いたままだった。


 見たい。


 見たくない。


 その両方が指先に出ていた。


「青崎さん」


 俺は言った。


「スマホ、預かりましょうか」


 青崎がこちらを見る。


 一瞬だけ驚いた顔をした。


 それから少し笑った。


「お願いします」


 青崎はスマホを差し出した。


 受け取る。


 さっきまでミオに取り上げられていた俺が、今度は青崎のスマホを持っている。


 かなり変な状況だった。


 ミオが言う。


「配信者の介護ですね」


「嫌な介護だな」


 俺が言う。


 青崎が少し笑う。


「助かります」


 その笑い方は配信用じゃなかった。


 ただ疲れた人の笑い方だった。


 事務所の中で、三人とも黙った。


 通知音だけが鳴り続ける。


 俺の手の中で青崎のスマホが震えている。


 燃えているのは青崎なのに、なぜか俺の手まで熱くなる気がした。


 その時、ミオがぽつりと言った。


「これ、相手の目的って何なんですかね」


「俺と青崎さんを燃やすことじゃないですか」


「でも、霧島さんも燃やしてますよね」


 ミオは画面を見る。


「灰原さん、青崎さん、霧島さん。全部、三年前につながってる」


 俺は顔を上げる。


 青崎もミオを見る。


「白瀬さん」


 青崎が言った。


「霧島は三年前の現場にはいません」


「でも、今回の火種には使われてます」


 ミオは少し考えながら話していた。


「相手は三年前の事故そのものを出したいというより、三年前を使って今の配信者たちを燃やしたいんじゃないですか」


 その言葉に部屋が少し冷えた。


 三年前を使って、今の配信者たちを燃やす。


 俺。


 青崎。


 霧島。


 ミオも、もう巻き込まれている。


「じゃあ次は」


 俺が言いかけた時だった。


 ミオのスマホが震えた。


 ミオが画面を見る。


 顔から色が引く。


「……私です」


 画面には新しい投稿。


【次は白瀬ミオ】


 本文。


【死神の女が三年前に何をしていたか知ってる?】


 ミオは黙った。


 俺は画面を見た。


 三年前。


 ミオはまだ配信者ではなかったはずだ。


 年齢を考えると、高校生にもなっていない。


「何ですかこれ」


 俺が聞く。


 ミオはすぐに答えなかった。


 スマホを握る手がかすかに震えている。


 青崎が静かに言う。


「白瀬さん」


 ミオは画面から目を離さない。


 そして小さく言った。


「私、三年前の事故の日」


 声が震えていた。


「あの配信を見てました」


 通知音が鳴る。


 また一つ。


 新しい画像が投稿されていた。


 三年前のコメント欄のスクショ。


 そこに、知らないユーザー名が映っている。


【mio_0912:戻れって言ってるの怖すぎw】


 ミオの顔が真っ白になった。


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