第78話 シンシアのジレンマ
抜け道は狭くてじめじめしていた。
シンディがランタンを手に先導し、メイトリックス、カサノバ、アリッサ、マギー、そして、魔法使い連盟の若い4人が続く。
道は、一人が通るのがやっとの幅で、岩肌が剥き出しになっており、所々で地下水が流れている。
「こりゃあ、抜け道と言うより洞窟だな。岩に気を付けないと怪我するぞ」
カサノバが注意を促す。
「こんな抜け道があったとはな。城を作った何百年も前に作られたという事か」
メイトリックスが感心した声でつぶやいた。
「どうせ、掘った人たちは消されたのよ。秘密を守って王族だけが逃げる為にね」
シンディの皮肉を含んだ声。そして、全員が黙り込む。
いくつかの分岐を経てしばらく進んで行くと、少しずつ道幅が広くなってきた。
「そろそろ、リヒテンルージュ城の正門真下辺りよ」
シンディが天井を見上げながら声を潜める。
地上は帝国の兵士たちで埋め尽くされているはずだ。
無言でゆっくりと進んで行く。
ガツッ
大きな音。
全員が体をこわばらせ、歩みを止める。
「すまん。鎧が壁にあたっちまった」
メイトリックスの申し訳なさそうな声。
――隠密行動なのに、なんで重装備で来るのよ。
アリッサは心の中で毒づいた。
後ろを見ると、マギーと若い魔法使い達が緊張で青い顔をしていた。
「みんな、危険を感じたら、魔法で逃げていいからね」
アリッサの声に、マギーが反論する。
「逃げないわよ。そんなことしたら、お祖母ちゃんに笑われちゃうじゃない」
若い魔法使い達もうなづく。
「しーっ、静かにして」
シンディの囁き声。
そして、再び抜け道を進み始める。
しばらく進むとシンディの足が止まった。
「この上がシンシアの部屋よ」
上を見上げると小さな扉が見えた。
カサノバとメイトリックスが足場を作り、シンディがそっと扉を開けた。
「マギーちゃん、魔法使いのみんな、今よ。シンシアの部屋に結界を張って!」
アリッサの合図を受けて、魔法使い連盟の四人が同時に杖を振った。
青い光が扉から部屋に吸い込まれて行く。
それを見届けて、シンディ達は順番に扉から部屋に滑り込んでいった。
薄暗い部屋。
目が慣れてくると、部屋の様子がぼんやりと見えてきた。
テーブルや椅子、家具、天蓋付きのベッド。
部屋の周辺の壁は、青白い結界で覆われている。
そして、ベッドに横たわる1人の女性の姿があった。目を覚ました直後のようで、ゆっくりと起き上がる。そして、シンディ達の方に顔を向けた。
「メイトリックス……シンディ……カサノバ?」
鈴を転がすような声。
「シンシア!」
メイトリックスが真っ先に駆け寄って、シンシアの体に抱き付いた。
「お前、いったい……生きて……俺が分かるのか……」
メイトリックスが言葉にならない声を発した。
「何を言ってるの。当たり前じゃない。愛するあなた」
シンシアは優しい声でメイトリックスを包み込む。
シンディがゆっくりと歩み寄り、シンシアの体に手を回す。
「心配してたわ。元気そうで良かった」
そして、こっそりと涙を指で拭った。
和やかな雰囲気の中で、アリッサだけが厳しい顔で佇んでいた。
――シンシアに金属の首輪と機械の箱が……
――あの首輪と箱を付けた魔獣達は操られて監視されてた。そして、箱を壊したら魔獣は死んだんだ……
「なんだか悪い夢を見ていたわ。昔の戦場に戻って、勇者達を戦場に送り返す夢……」
シンシアが虚ろな声でつぶやく。
そして、辺りを見渡す。
「わたし、どうして城にいるの?ここは帝国に奪われたと思ってたわ」
「シンシア様、いえ、ジョセフィーヌ様は帝国に操られておいでです」
テンが突然喋りだす。
「その金属の首輪は脳に繋がっており、記憶、視神経、聴覚神経もコントロールされております。金属の箱は情報を集めてサーバーに送信する役割です」
「テン、待って。黙ってて」
アリッサが慌ててテンを黙らせる。しかし、遅かった。
「何だと?」
「何ですって?」
「どういうことだ?」
メイトリックス、シンディ、カサノバが声を上げる。
マギーと魔法使い達は、シンシアから距離を置いて後ずさった。
シンシアの澄んだ視線がアリッサを射止める。
「可愛らしいお嬢さん。あなたは、誰かしら?」
「首輪って、何のこと?」
そして、自分の首を手で触れた。金属の感触に指先が震えた。
「これは……なに?」
そして、突然、メイトリックスとシンディを振り払ってベッドから立ち上がった。
「駄目、みんな逃げて!私に近づかないで」
シンシアが、部屋の隅まで走ってうずくまる。
肩が大きく震えている。
「テン!首輪と機械を外す方法はないの?」
シンディが叫ぶ。
「壊せば外せますが、シンシア様は死んでしまいます。今のところ、シンシア様が生きたまま機械を外す方法は見つかっておりません」
テンの冷たい声が響く。
「じゃあ、どうすればいいんじゃ」
メイトリックスが両手で地面を叩く。
「アリッサ!結界が、そろそろ限界よ」
マギーの叫び声。
――結界が解けたら、シンシアは帝国に操られちゃう。兵士たちにも気付かれる。どうすれば……
アリッサは唇をかんだ。何も思いつかない。
その時、シンシアの小さな声が聞こえた。
「メイトリックス……私を殺して逃げて……」
シンシアが両手を広げてメイトリックスに近づいて行く。
「このままだと、私はいつかあなたを殺してしまうわ。だから、その前に殺して」
「そんなこと、出来るわけないだろう!」
メイトリックスの涙声。
「だったら、俺がやる」
カサノバが剣を振り上げて、シンシアを切りつける。
シンシアが血吹雪を上げて倒れ込んだ。
「急所は外してある。シンディ!シンシアを凍らせろ!」
カサノバの叫び声。
「え?わ、分かった」
シンディが慌てて杖を振る。氷結魔法がシンシアを包み込んだ。
「首輪を安全に外す方法が分かったら、解凍してから魔法で治療してやれば大丈夫だ。俺も子供の頃に大怪我で死にかけて、シンシアの凍結魔法で助けてもらったことがある」
カサノバの言葉に全員が我にかえる。
「シンシアを運び出して逃げるぞ!」
結界が消えかかっている。
メイトリックスとカサノバが凍らせたシンシアを担いで、抜け道への扉に向かう。メイトリックスが先に降りて、シンシアの体を受け止めた。
続いて、カサノバが穴から飛び降りる。
そして全員がそれに続いて抜け道に降りていった。
扉を閉めた瞬間に、結界が消滅した。
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