第72話 館の惨劇
カサノバが荷物から何かを取り出し、メイトリックスに向けてテーブルの上を滑らせた。
パサッ
1冊のノートがメイトリックスの目の前で止まって開く。
「こいつを返すよ」
「シンシア様のノートでございますね」
テンが横から口を出す。
「え?何が書いてあるの?」
マギーの目が輝いた。
――ちょっと、マギーちゃんたら……
アリッサは、今にもテーブルに伸びそうなマギーの腕を押さえた。
メイトリックスが苦笑してノートを手に取る。
「シンシアが消えた日、このノートだけがこれ見よがしに残されていたよ」
「こいつを辿れば、あいつのことを、もっと知れると思ったんじゃがな」
ふっと笑う。
「結局、何も分からんかった」
――それが、あの旅の目的……
アリッサは、旅の道中で見たアビス森の魔獣達の檻や、ソゾポルの村人と墓地を思い出した。
「おまけに、わしは修道院に取り残されて、カサノバ達だけで館に行かせてしまったな。わしの恨みを晴らすために」
カサノバが左右に首を振った。
「お前、本当に何にも分かっちゃいねーな」
メイトリックスを指差す。
「帝国に恨みがあるのは、お前だけじゃない」
スキットルから一口。
「ガルバン王国のエゼルカイン王がリヒテンルージュ城の大広間で暗殺されたのは、お前も忘れられまい」
もう一口。
「例えば、あの日、父親の国王が、帝国の刺客に首を切られ死ぬのを目の前で見ていた双子の王女達……とかな」
そう言って、シンシアのノートを指さす。
「でなきゃ、そこまで執念持って調べるかよ」
「まさか!」
メイトリックスが目を見開く。
「え?どういうこと?」
アリッサとマギーが驚いて口に手を当てる。
メイトリックスは天を仰いだ。
「二人の王女は王と一緒に殺された……と皆が思っておった」
唸るような声。
「しかし、娘達は生き延びていたと……そして、それがシンシアとシンディなのか……」
そして、がっくりと首を垂れる。
「なんで、わしは何も気づかなかったのじゃ。あんなに忠誠を誓ったのに」
「その上、結婚までしちゃって。身分を超えた恋だわ」
マギーが目を輝かせる。
「そういうマギー様も全く気付かれておりませんでした。女性の見た目は髪型と服装で変わりますしね」
テンがマギーに突っ込む。
アリッサは呆然としていた。
――あのシンディがお姫様……
シンディにどういう顔して会えばいいのか分からない。
「もちろん俺も帝国には恨みがある。同じ、ガルバン王国の生き残りだからな」
チラッとマギーに目をやる。
「それで、片思いの幼馴染みの弟分が、父親を殺されて帝国を恨む王女様の為に頑張っていたという訳さ」
カサノバは、そう言い捨てて酒をあおった。
「カサノバ様がシンシア様を利用していたのではなく、カサノバ様達はシンシア様の子分だったという事でございますね」
テンが横から口を出す。
カサノバが顔を伏せる。
「その為に、あいつの計画通りの館襲撃だったはずなんだ。それが……」
メイトリックスはカサノバを射るような目で見つめた。
「おぬし、館で何を見たんじゃ」
ハッとして全員が口をつぐんだ。
そして、カサノバの言葉を待つ。
『俺は、館でシンシアに会ったよ』
……この男は、さっき確かにそう言った。それがこの会話の始まりだったはずだ。
あの時、アリッサ達は、修道院でエリザベスに散々やられて全滅寸前だった。そこをカサノバと仲間達に助けられた。
そして、彼らは、落ち合う予定だった意識のないメイトリックスを置いて、館襲撃に出掛けて行った。
惨劇が待っているとも知らずに。
アリッサは、修道院に逃げ帰ってきたカサノバの仲間たちに聞いた話を思い出していた。
館で待ち受けていた帝国の兵士たちは、倒しても倒しても魔法で復活した。
疲労困ぱいしたカサノバの仲間たちは、ナイフで身体を切り刻まれ、次々と命を落としていった。
そこに居たのは、エリザベス。
そして、治療魔法が得意な魔法使い……それが恐らく……
そして、カサノバは語り始めた。
「あいつは、館の塔の上から回復魔法を掛け続けていた。遠くてよく見えなかったが、あれは……シンシアだった」
カサノバの声は震えていた。
「帝国は、ガルバン王国のやり方を、そのまま模倣したんだ」
「そして、館にはシンシアの凛とした声が響いていたよ」
『勇者たちよ、再び戦場に戻りなさい。そして、我が王国の仇を討つのよ!』




