第71話 淑女の秘密
「だったら、なぜ戻って来ない?」
メイトリックスが静かに口を開く。
「あいつは、あの日、突然消えた。出かけたまま、家に戻って来なかった」
少しの間。
「探しても……何度、探しても、見つからなかったんじゃ」
そして、ちらっとアリッサに目をやる。
「信じたくなかったが、この子が持ち帰ってくれた腕輪を見て、シンシアは帝国に捕まって館行きになったと……」
メイトリックスは、そのまま下を向いて口をつぐんだ。
カサノバは、メイトリックスをじっと見つめて黙る。
「あの……二人ともシンシアと付き合ってたんですよね」
マギーが我慢できずに声を出す。
「ちょ、ちょっと……何言い出すのよ」
アリッサが慌ててマギーの口を塞ぐ。
カサノバがニヤッと笑った。
「ゴシップ好きのお嬢さん。残念だが、それは不正確だな」
そして、空になったスキットルを覗き込む。
「酒がもっと必要だな。話が長くなりそうだ」
そして、スキットルを片手に席を立った。
マギーが、その姿を目で追っていた。
「アリッサ様、面白そうな話が聞けそうで良かったですね」
テンが喋る。
「うるさい。黙ってて」
アリッサはテンを黙らせて、メイトリックスの様子をうかがう。
メイトリックスは怪訝な表情でカサノバを見ていた。
――メイトリックスも、カサノバがシンシアの元カレだと知ってたんだわ。
――でも、何が不正確なのかしら。
アリッサも好奇心を隠せなかった。
新しい酒をスキットルに注いでカサノバが戻ってきた。
「おいおい、みんな興味津々だな」
そして、席に座って、スキットルを自分の目の前に置いた。
「まずは、お嬢さんへの回答だ。ちょいと不名誉だが、まあ、いいだろう」
一息つく。
「シンシアは俺のことなんか見向きもしなかったよ。幼馴染みの弟分だからな」
フッと笑う。
「なんせ、シンシアは、こいつにぞっこんだったからな」
「片想いだったのね」
マギーが遠慮なく口を挟む。
カサノバが苦笑いする。
「次に、この鈍感な勇者への追加情報だ」
カサノバは一旦咳払いをする。
『もう限界。このままだと、私もあの人も、いつかは帝国に捕まっちゃう。魔法使い狩りも私のせい。決着をつけに行くわ』
「シンシアは、俺にそう言って、わざと帝国に捕まったのさ」
メイトリックスが立ち上がった。
「なぜ止めなかったんじゃ」
「まあ落ち着け。もちろん俺も止めたさ」
スキットルから一口飲む。
「でも、あいつは言い出したら聞かない。お前もよく知ってるだろう」
「うむ……」
メイトリックスは勢いを失って席に座った。
「ここからは、お嬢ちゃん達の為に、勇者とシンシアのラブストーリーを話してやる」
そして、カサノバは修道院の戦いの話を始めた。
数年前、勇者達はガルバン王国を追われ、領地を取り戻す為に結集した。
そして、修道院を拠点に、帝国との戦いが始まった。
目的は、勇者達の聖なる地、館の奪回だった。
「あの館は、亡くなった勇者達の魂を弔う場所だからな」
カサノバは一旦言葉を切って、酒を口に含んだ。
そこでシンシアは勇者メイトリックスに出会う。医療従事者として。
しかし、シンシアの役割は、傷ついた勇者達を魔法で治療して、休みなく再び戦場に送り込む事だった。
「そこで、メイトリックスの鎧に魔法をかけたのね」
アリッサが口を挟む。
鎧を守る魔法。
あれは、メイトリックスを守る為に作られた魔法だった。
「勇者も死んじまったら復活出来ないからな。次々と減っていく勇者達を見て、気が気じゃなかったんだろう」
やがて、ガルバン王国の勇者達は帝国軍を押して行く。
そして、崩れた帝国軍は、館に立て籠もって戦力を立て直す。
「そこで、あいつが現れた」
黒い制服の指揮官。提督と呼ばれる男。
提督は今までの帝国軍と全く違う戦い方をした。
「飛ぶ機械を操って、勇者達の首を狙ったんだ」
――飛ぶ機械?ドローンだ。
アリッサは、ドローンが戦場を飛び回り、次々と勇者達を襲う風景を想像した。
――そんなんじゃ、勝てっこない
勇者達は次々と倒れ、やがてメイトリックスだけが残された。
ドローンがメイトリックスの首を狙って向かって来たとき、シンシアが飛び出した。そして、魔法で提督を攻撃した。
「医療従事者は戦っちゃいけない。ルール違反だな」
シンシアは移動支援の看護婦の資格を失った。そして、帝国軍はガルバン王国での魔法使いの存在や役割を知ってしまった。
「そして、こいつらの逃亡生活と、魔法使い狩りが始まったのさ」
カサノバがスキットルを傾けた。
もう、誰も口を開かなかった。
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