第70話 気取り屋の復活
「お前、記憶喪失で寝込んでたんじゃないのか?」
メイトリックスがカサノバに声を掛ける。
「出来れば忘れたかったさ。嫌なものを
見せられたからな」
スカした喋り方。いつものカサノバだ。
そして、サイの魔獣の落ちた穴を指差した。
「あの機械の箱、くっつけたままだと、奴らに筒抜けだぞ」
アリッサは穴の奥を覗き込む。
まだ動いている。
「その、腰についてるムチみたいなの。私に貸して頂戴」
アリッサはカサノバを睨みつけて言った。
「自分でやろうってのか」
カサノバは楽しそうに笑った。
「アリッサ、私が魔法で破壊するわ」
マギーの力強い声。
そして、穴の縁に立って杖を構えた。
杖が青白い光を放って穴の中を照らす。
「マギーちゃん、あの首筋に見える黒い箱よ」
マギーはアリッサの声に頷いて、慎重に狙いを定めた。
「えいっ」
白い光の玉が飛ぶ。逸れた玉が穴の壁を削る。
「もう1回」
マギーが再び杖を振る。当たらない。
「どうして……ターゲットは止まってるのに」
唇を噛む。
メイトリックスが剣を構えて、穴の縁に立とうとした。
アリッサが右手でそっと制止する。
「マギー様、肩の力を抜いてみては如何でしょうか」
スマートウォッチからテンの声が響いた。
マギーの口元が思わず緩む。
「テンちゃん。ナイスアドバイスありがとう」
そして、再び杖を振った。
放たれた光の玉は、真っ直ぐ魔獣の首筋へ吸い込まれていった。
バキッ
黒い箱から火花が飛ぶ。
当たった。
魔獣の動きが激しくなった。
穴の壁の土が崩れていく。
――なんか、凶暴化してない?
アリッサ達は穴から一歩遠ざかった。
うがーっおー
サイの魔獣が、突然、断末魔の鳴き声を上げる。
そして、しばらくすると動かなくなった。
「え?箱が壊れたら、死んじゃうの?」
アリッサが慌ててカサノバを振り返る。
「そりゃそうだろう。操られた魔獣が解放されるとでも思ってたか?」
呆れたようなカサノバの声。
――思ってたわよ
アリッサはカサノバを睨んだ。
「見ての通り、凶暴になってから死んじまうからな。機械の箱を壊した直後が一番危険なんだ」
そして、カサノバはマギーの肩に手を置いた。
「頑張ったな。いい魔法使いになれるぞ」
涙ぐんでいたマギーの表情が華やいだ。
アリッサはカサノバを睨み続ける。
「そんな顔をするな。いい物を持ってきてやったぞ」
そして、大きな瓶を取り出した。
「隠れ家を隠す魔法。シンシア渾身の作品だ」
瓶の蓋を開けて、瓶を空高く投げ上げた。
瓶から解放された魔法が、山の中の隠れ家全体を包み込む。
アリッサ達にも降り注ぐ。
「これで、ここにいる者達と一緒にいないと、隠れ家が見えなくなる。俺の町外れの酒場と同じようにな」
――そういえば、最初にあの酒場に行った時、メイトリックスも帝国なんて来ないって言ってた。
――魔法で守られていたんだ。
アリッサは妙に納得した。でも1つだけ分からなかった。
「どうして私だけの時も、酒場に行けたの?」
カサノバはニヤッと笑ってパカラを顎で指した。
「あの馬はシンシアの愛馬だからな」
それに応えるように、パカラがヒヒンと鳴いた。
「さて、色々と話したいことがある。いい酒とお茶も持ってきた。隠れ家に入らないか?」
そして、アリッサをちらっと見る。
「そこの、ずっと睨んでるお嬢ちゃんのために、ミルクも持ってきてやったぞ」
アリッサは、カサノバに向かって舌を出した。
三人の若い魔法使い達は、一旦家に帰って行った。マギーからの指示だ。
「今回の件も、魔法使いの連絡網で報告しないといけないしね」
マギーが美味しそうに紅茶をすする。
ダイニングテーブルを囲んでいるのは、メイトリックス、アリッサ、マギー、そして、カサノバだ。
シンディは魔力を使い果たして倒れた後、ずっと眠ったままだ。目覚めるまで、あと二、三日は掛かるだろう。
「マギー、お前は帰らなくていいのか」
メイトリックスの心配そうな声。
そして、ビールのジョッキを豪快にあおる。
「マギー様は、話の内容とカサノバ様に興味がおありのようです」
「テンのバカ……」
マギーがちょっと赤くなってうつむく。
――マギーちゃんにはエリオットがいるでしょうに
アリッサが軽くため息を付く。
カサノバは、静かに会話を聞いていた。
隠れ家に入った後は、ずっと黙ったままだ。
時々、スキットルを出しては、中身の酒を口に含んでいる。
「それで、おぬしが話したい事ってなんじゃ?」
メイトリックスがしびれを切らして、カサノバに向かって言った。
カサノバは一瞬動きを止めた。そして、意を決したように低い声で話し始めた。
「俺は、館でシンシアに会ったよ」
そして、スキットルの残りを一気にあおった。
全員が息を飲んだ。
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