第59話 館行き
甘ったるい匂い。煙い。
アリッサがはゆっくりと目を開ける。
まだ修道院の中だ。
頭が痛い。
自分の寝ている場所を確認する。
簡易ベッドに毛布。
背中の痛みは消えていた。
刺された肩の傷もふさがっている。
二本目のナイフは、
ホワイトタイガーの牙じゃなかった。
すぐ近くに、煙草を咥えたカサノバの横顔。
それが甘ったるい煙の正体だった。
子供のそばで煙草を吸うなんて、
相変わらずマナーのなってない奴。
部屋の隅には、武装した大勢の男たちがいた。
「シンディとメイトリックスは?」
上半身を起こす。
カサノバは、煙草を揉み消し、
指先で弾き飛ばす。
その先に、二台の簡易ベッドが並んでいた。
二人の横顔。眠っている。
「シンディは大丈夫だ。
傷も糸で縫ってやった」
カサノバが立ち上がる。
「俺たちがきた時は、
お嬢ちゃんに治療魔法を飛ばし続けてたよ」
ふっと笑う。
「コイツが刺さって、
気絶寸前だったけどな」
そして、アリッサの毛布の上に
ナイフを置く。
「ナイフ使いの帝国の女には逃げられた」
エリザベスの……
ホワイトタイガーの牙のナイフ。
刃がボロボロで使い物にならない。
使い捨て。だから置いていった……
私もこれで刺されてたら、死んでた。
アリッサは、ナイフから目を背ける。
「私、シンディを殺してたかも……」
カサノバが怪訝な顔をする。
「私に渡すために、
シンディが太股からナイフを抜いたら……」
「死んでたかもな」
カサノバがアリッサの声を遮る。
シンディに目を向ける。
「あいつは、死ぬのが怖くて
お前にナイフを渡せなかったと悔んでた」
アリッサは声を震わせた。
「でも、受け取っても、
使い物にならなかった」
カサノバのため息。
「面倒くさい奴だな。
そんな事はどうでもいいだろ」
そして、メイトリックスのベッドに近づく。
「問題は、こいつの方だ」
顔を覗き込む。
「シンディの魔法が限界だったからな」
チラッとアリッサの肩を見る。
……わたしのせいだ
アリッサの目に涙が滲む。
「俺たちで治療はしたが、
保つかどうか分からんな」
カサノバは平然と続ける。
そして、困った顔をした。
「館襲撃の計画が台無しだな」
アリッサは一瞬耳を疑った。
「どういうこと?」
カサノバはボリボリと頭を掻く。
「何も知らないんだな」
「メイトリックスとは、
ここで合流する予定だったのさ」
そして、台の上に置いてあった
シンシアのノートに気がつく。
「これか」
カサノバが手に取ってノートを開く。
「よく調べてあるな」
アリッサは、そっとノートを覗き込む。
メイトリックスの字と知らない字。
恐らくシンシアの筆跡。
帝国の様々な情報?
そして、地図。
地図の上では、
この修道院は
ガルバン王国と帝国の国境に
位置してる。
恐らく、昔は攻撃拠点だったはず。
そのすぐ先に館。
建物の詳細な見取り図。
警備の配置。
「これって……」
……シンシアノートは
医療記録じゃなかった?
「これがあれば、計画続行だな」
カサノバの嬉しそうな声。
男達の歓声。
「ベッドは置いていってやる。
しばらくの間、ここで休養するんだな」
そして、カサノバを先頭に、
男達はどかどかと修道院を出て行った。
ここで落ち合う約束をしてた?
エリザベスが待ち伏せしてたのは、もしかして……
「待って、私も……」
アリッサの声は届かず、
扉は閉まった。
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