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第55話 希望の谷 - ナディア

今回の帝国の対応は早かった。


きっかけは、恐らく2つ。

使った魔法の検出。

そして、村人のデータ送信。


“それ”は、次の目的地に向かう途中、

希望の谷(ナディア)で現れた。


「まずいな」

メイトリックスが低い声で呟く。


馬車の前方には、

白い大きな塊がうずくまっていた。


ホワイトタイガーの魔獣だ。


何度も見た首輪と、

首から垂れ下がった機械の箱。


焦点の合わない目つきで

こちらを窺っている。


ゆっくりと立ち上がる。

牙を剥き出して吠える。


馬車馬が怯えて、

ガシャガシャと

音を立てる。


逃げられそうもない。


メイトリックスが

剣を構えて前に立つ。


杖を持ったシンディが、

その後ろ。


アリッサは、

更に離れた場所に待機する。

剣もないので心許ない。


少しの間、

睨み合いが続く。


最初に仕掛けたのは、

メイトリックスだった。


ホワイトタイガーに走り寄り、

剣を左右に振りながら、

相手を後退させる。


そして、

ホワイトタイガーの鼻先を蹴り上げる。

軽く掠った。でもダメージになってない。


更に剣を繰り出して攻撃を続ける。


魔獣の動きは機敏だ。

メイトリックスの攻撃を、

ギリギリでかわしている。

蹴りを警戒して後ずさって行く。


アリッサは、

後ろでハラハラしながら見ていた。

相手が強すぎる。


メイトリックスの息が上がってきた。

その隙を見て、

ホワイトタイガーの牙が襲いかかる。


ガツッ。

牙が金属に当たる音。


ガリッ。キーッ。

牙が金属を削る音。


バシュッ

メイトリックスの剣が

肉を切り裂く音。


「ぎゃうっ」


ホワイトタイガーが悲鳴を上げる。


動きが止まった。


シンディの杖から光の球が飛ぶ。

幾つも連続で、魔獣に向かって行く。


光の球を受けて、

ホワイトタイガーの体から血しぶきが上がる。


白い体が赤く染まってくる。


ドスッ

魔獣の倒れる音。


――やった?


メイトリックスに

駆け寄ろうとした所を、

シンディが腕を掴んで止める。


「まだよ」


驚いて魔獣に目をやると、

ゆっくりと立ち上がっていた。


牙を剥き出しにして、

唸っている。


剣を警戒して距離を取っている。


メイトリックスは剣を構えたまま、

ホワイトタイガーにゆっくりと近づく。


と、その時、

ホワイトタイガーが跳び上がった。


メイトリックスは頭を押さえつけられて、

たまらず地面に倒れ込む。


――まずい

アリッサはシンディに目を向ける。


――魔法は?


シンディは打てない。


魔獣とメイトリックスが

地面の上で絡みあって、

土埃が上がる。


ホワイトタイガーが噛み付く。

メイトリックスが避ける。


攻防が続く。

これでは持たない。


アリッサは地面から石を拾う。

投げようとしたが、

タイミングが合わない。


――やられる……


石を投げる。

まるで見当違いの方に飛んで行く。


カンッ

石の跳ねる音。


魔獣に一瞬の隙が生まれた。


メイトリックスが、

おもむろに魔獣の首に手を回す。

力いっぱい締め上げる。


「ガウッツ、グルー!」

ホワイトタイガーは苦しそうに

口を開け閉めして喚く。


メイトリックスが、

何かに気づいた。


ホワイトタイガーの口に手を突っ込む。

何かを引っ張り出す。


――布の切れ端?

ビデオの映像と同じ色


メイリックスは、

息も絶え絶えになった魔獣から手を離し、

布切れをじっと見つめる。


――様子が変だ。

動かない。


「メイトリックス!」

アリッサが駆け寄ろうとすると、

再びシンディに止められた。


少しの間


それは、唐突だった。

メイトリックスは剣を両手に構え、

剣をホワイトタイガーに振り下ろした。

繰り返し、繰り返し。


赤い血が周辺に飛び散る。

メイトリックスの

顔も鎧も血だらけになる。


ホワイトタイガーは

とっくに死んでいる。


「やめて、メイトリックス……」

シンディが声を絞り出す。


メイトリックスが、

一瞬だけ二人を見たような気がした。


でも、動きは止まらなかった。

執拗に、何度も、何度も、

ホワイトタイガーを切り刻んで行く。


――泣いてる?


ガシャン


メイトリックスが剣を落とす。

空を仰ぐ。

「うぉうおぅおぅ」

咆哮のような泣き声。


アリッサはゆっくりと近づく。

そして、メイトリックスの剣を拾い上げた。


機械の箱が、肉の塊の近くに転がっていた。

アリッサは力を込めて、

その箱に向けて剣を叩き込んだ。


顔を上げると、遠くから飛翔してくる竜達の影が見えた。

クリツァ達が、この魔物を回収しに来る。


視界の端で、

メイトリックスが地面に倒れ込んだ。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました!


「続きも読んでみたい」「面白かった」と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。


もちろん、読んでいただけるだけでも大変励みになります。

それでは、また次話で!

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