第53話 深淵の森 - アビス
森は薄暗く静かだった。
――ガタン
突然馬車が止まった。
シンディが座席から前につんのめる。
「メイトリックス、危ないじゃない」
御者席から返答はない。
アリッサは
窓から顔を出して
道の先を眺める。
樹々の間に
何か箱のような物が
並んでいる。
「メイトリックス、あれは何?」
返事の代わりに
メイトリックスが御者席から
降りて来た。
そして、呟くように言った。
「……檻、のようじゃな」
シンディもキャビンから降りて
道の先を見つめていた。
「ここは、もしかして
……深淵の森?」
シンディは、振り返ると
アリッサに言った。
「ここには、帝国に捕獲された
沢山の魔獣がいたのよ」
少しの間
「そして、シンシアが助けたの」
――助けた?
「じゃ、魔獣たちは?」
「全部逃げたんじゃない?」
シンディが明るく答える。
「でもね、あの子、
噛まれちゃって
少し怪我したって
言ってたわ」
そして、ふっと笑った。
「ほんと世話焼きなんだから」
アリッサは、
メイトリックスから
盗み聞きした言葉を思い出す。
――魔獣たちは、
結局殺されてしまった。
でも、シンディは
シンシアが助けたって……
「様子を見に行ってみるかの」
メイトリックスが歩き出す。
アリッサは、慌てて後を追った。
檻の数は膨大だった。
道に沿って延々と設置されている。
100以上はあるだろう。
檻の鍵は全部開いていた。
これを全部、
シンシアが解錠して、
魔獣を逃がしたの?
メイトリックスは、
一つ一つ、檻を点検して行く。
アリッサは、その動きを観察しながら
一緒に着いて行った。
シンディは、気味悪そうに、
ゆっくりと歩いている。
言葉はない。
そして、メイトリックスが
一つの檻の前で止まった。
アリッサは、
メイトリックスの背中越しに、
檻の中を覗き込んだ。
床に黒ずんだシミが広がっている。
「血のあと?」
メイトリックスは
檻の中の血痕に触れ、
そして何か拾い上げた。
折れた杖。
シンディが追いついて来て
口に手を当てる。
「これって、シンシアの血?
でも、あの子、
ちょっとだけ噛まれたって」
アリッサは檻の中を見渡した。
監視カメラがある。
「テン!
あのカメラの映像、
どこかに出せる?」
声に反応して、
スマートウォッチの画面が明るくなる。
『アリッサ様。
恐らく、
近くに制御ルームが
あると思われます』
周りを見渡すと、
それらしい白い箱の部屋が見えた。
「メイトリックス、シンディ、
着いて来て」
アリッサは2人を引き連れて
白い箱の部屋に向かった。
制御ルームの鍵は開いており、
電源も生きていた。
二人が
目を丸くしているのを
他所に、
カメラ映像を
画面に出せるように
設定する。
「シンシアが怪我したのって
いつ頃?」
「2年ぐらい前の夏頃かしらね」
シンディが答える。
――私が転生中たっだ頃か……
アリッサは檻の番号と時期を頼りに、
ビデオ記録を探した。
「あった。これだ。」
さっきの檻の中の映像が
画面に映し出された。
最初は
檻に閉じ込められた
ホワイトタイガーの魔獣が
映っていた。
檻の鍵が開く音。
そして、魔獣が画面から消えた。
魔獣の唸り声と
女性の叫び声。
「ひっ」
シンディの声にならない悲鳴。
「助けた魔獣に襲われたのか」
メイトリックスの
怒気をはらんだ声。
そして、画面に
下半身が血だらけの女性の姿が
映し出された。
「檻の中に、逃げ込んだのか」
画面の女性は太股を手で押さえている。
そして、檻の中の地面に倒れ込んだ。
魔獣の呻り声は消えない。
その映像は
何日も続いていた。
シンシアは
檻の中で消耗していく。
ホワイトタイガーの魔獣は
何度も吠え、檻を叩き、
獲物を狙い続けた。
三人は無言で、
衰弱していく
シンシアの映像を
見続けた。
7日目、
唐突に銃声が響いた。
魔獣の声が止まる。
帝国の兵士たちの足音。
次々に銃声が続く。
檻の中の魔獣たちを
次々に殺害して行く。
シンシアは檻の隅に
ひっそりと身を潜める。
兵士たちに、
気がつかれないように。
銃声が止む。
「魔獣の死体はどうするんだ」
「全部、持ち帰れとさ」
兵士たちの声が、
遠ざかっていく。
シンシアは、床に倒れ込み、
そのまま動かなくなった。
そして、数日後に、
体を引きずって画面から消えた。
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