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第52話 旅立ち

「ありがとうございました」


アリッサは、

早朝からの剣の稽古で

汗だくになっていた。


剣を鞘に納めるメイトリックスの背中を、

ちらりと見る。


――今日のメイトリックスは厳しかったな。


打ち込みの一太刀一太刀が、

いつもより重かった。


まるで、

何かを振り切るように。


「ごはんよー」


シンディの明るい声が響く。


「もうお腹ペコペコ」


空気を切り替えるように、

アリッサはダイニングへ向かった。


朝食を頬張っていると、


不意に、メイトリックスが口を開いた。


「旅に……出るぞ」


スプーンが止まる。


――え?


アリッサは声が出ずに、

シンディを振り返った。


シンディも、

口を半開きにしたまま固まっている。


「早速、準備じゃな」


何でもないことのように言いながら、

メイトリックスは立ち上がる。


だが、その動きはどこか早い。


「ま、待って。今なんて?」


シンディの声が上ずる。


「どこに行くの?」


アリッサもすかさず聞いた。


メイトリックスは一瞬だけ視線を逸らし、


「行き先は、すでに決めておる」


それだけ告げる。


「さて、馬車を借りに行かんとな」


そう言うと、

逃げるように部屋を出ていった。


残されたアリッサとシンディは、

しばらく無言で顔を見合わせる。


「……突然すぎない?」


シンディが小声で言う。


アリッサは、

閉じられた扉を見つめた。


「何か、あったのかな」


アリッサは、しばらくシンディと話したが、

理由は全く分からない。


部屋に戻る途中で、

スマートウォッチが微かに振動した。


『アリッサ様』


「なに?」


『ここ数日のメイトリックス様の行動記録に、大きな変化がございます』


「……変化?」


『深夜帯に

 紙の摩擦音を検知しております。

 一定間隔で、ページを捲る音』


アリッサの胸が、ざわつく。


――本?

――あるいは……ノート?


『その後、長時間の無音の後、

 呼気の乱れが観測されます』


テンが、わずかに間を置く。


『また、微量な音声も検知しております』


「……何?」


『固有名詞を含むと推定されます』


短い沈黙。


「……再生して」


一瞬のノイズ。


〈……あの子は、強い……〉

〈……わしは……〉


途切れる。


そして、


〈シンシア……〉


アリッサは、

しばらく何も言えなかった。


「……シンディには、

 黙ってて」


胸の奥が、少しだけ痛んだ。



メイトリックスは、その日のうちに

馬車を調達し、荷物をまとめ、

旅の準備を整えていた。


「お前たちは、

 一緒に来る必要はないからな」


その言葉を遮るように、


「私、旅は賛成だから」


アリッサは言った。


すでに自分の荷物をまとめながら。


シンディも、困った顔のまま、

渋々と支度を終える。


「出発は明日の朝じゃな」


そう言うと、

メイトリックスは夕食もそこそこに

部屋へ戻っていった。


「……アリッサ」


シンディが手招きする。


「どういう事なの?」


責めるような目。


「みんなで旅行なんて、

 楽しいじゃない」


アリッサは、無理に笑った。


そして、そのまま部屋を出る。


廊下は、静かだった。


自分の部屋へ戻る途中で、

アリッサは立ち止まる。


メイトリックスの部屋の前。


そっと、スマートウォッチを床に置いた。




次の日の朝、

アリッサはテンを回収して

記録されていた内容を確認した。


――魔獣たちは、結局殺されてしまった。


それを――

メイトリックスが声に出して読んだ。


テンは、その声だけを記録していた。


どういう意味だろう。


アリッサは、馬車の中で考えていた。


メイトリックスは、御者台で無言のまま手綱を握り、

シンディは不満げに外を眺めている。


「シンディ」


「シンシアのこと……聞いてもいい?」


「いいわよ。どうせ暇だし」


シンディは振り向く。


「どんな人だったの?

 仕事とか……」


「あの子はね、とても出来る子だった。

 私なんかより、ずーっと」


「優しくて、強くて、

 大好きな双子の妹だった」


少し間を置いて。


「看護婦だったのよ。

 移動支援のね」


ちらりと、御者台の背中を見る。


「だから、あちこち旅ばかりしてたわ」


アリッサは、何も言わない。


「あのバカが旅って言った時に、

 ピンと来たわ。

 でも昔のことなんて、

 どうでも良くない?」


吐き捨てるように。


アリッサも、背中を見る。


馬車は、森の中へ入っていった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!


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もちろん、読んでいただけるだけでも大変励みになります。

それでは、また次話で!

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