第49話 兆候
アリッサが
魔法の杖屋に着くと、
店は休業だった。
しかし、中からは、
かすかに、物音がする。
――おかしい。
アリッサは、
そっと扉を押した。
開いている。
カラン
「だれ?」
驚いた声。
「マギーちゃん?」
小さく呼び、店の中に入る。
薄暗い店内で、
マギーが棚の奥を探っていた。
「良かった。
無事だったのね」
マギーは振り向き、
すぐに指を唇に当てた。
「しっ」
そして、店の外を指さす。
二人は、静かに外へ出た。
商店街は、
いつもよりも人通りが少なかった。
マギーはアリッサの手を引いて、
杖屋の横の路地に入った。
「最近ね」
マギーは小声で言った。
「お店のお得意さんが、
立て続けに捕まってるの」
アリッサは、息をのむ。
「捕まってるって……帝国に?」
マギーは、頷いた。
「兵士たちが町に入ると、
商店街の連絡網で分かるの」
周りを警戒しながら続ける。
「魔法使い同士で知らせ合って、
お店は閉めてた」
ため息。
「だから、
今までお店は安全だった」
少し、間。
「でも、お客さんたちは、
自宅で捕まった」
「どうして?」
マギーは、店の中をちらっと見る。
「配達」
「配達?」
「杖の修理とか、特別注文とか。
住所を聞いて、届けに行くでしょ」
アリッサの胸が、ざわつく。
「店の中に、
何か仕掛けられてるとか?」
マギーは、ゆっくり頷いた。
「それでお店の中に、
帝国の装置がないか、
ずっと探してたの」
「私も手伝う」
二人で店内を探した。
棚の裏。
杖の箱の間。
床板の隙間。
天井の裏。
何もない。
「……何もないわね」
マギーがぽつりと言う。
アリッサは、ふと顔を上げた。
「捕まったお客さんを、
接客してたのは誰?」
マギーは、
一瞬だけ目を伏せる。
「……全部、カール爺さんだわ」
静かな声。
「そういえば、
わたしが相手したお客さんは、
捕まってない」
アリッサの胸の奥で、
何かが引っかかった。
「カール爺さんは責任を感じて、
しばらく店を閉めるって」
閉まった扉を、もう一度見る。
――一体、何が起きているんだろう……
山の中の隠れ家に帰ると、
シンディが、
買い物から戻っていた。
メイトリックスも、
部屋でくつろいでいる。
「何か美味しそうな物、
あった?」
アリッサは、
シンディの鞄を覗き込む。
「何もないわよ。
何か変わったことはなかった?」
シンディは、
アリッサの手を押しのけて、
買ってきた物を片付ける。
『カサノバ様がいらしておりました』
その場の空気が、ぴたりと止まった。
「あいつ、何しに来たの?」
『シンディ様を置いて、
出て行くご提案のようでございました』
「テンっ!」
アリッサは叫んだが遅かった。
シンディの肩が震えていた。
「私は魔法使いで、危険だものね」
メイトリックスが慌てて立ち上がる。
「アリッサ、テンを貸して頂戴。
もう少し詳しく聞きたいから」
アリッサは恐る恐る、
スマートウォッチを差し出す。
シンディは、
それをむしり取って、
部屋を出て行った。
「どうしよう」
アリッサは眠れなかった。
テンもシンディが持って行ったままだ。
――テンは、どこまで話しちゃうだろう。
――メイトリックスは、どうするつもりだろう。
いろいろな考えが頭を駆け巡る。
胸が、少しだけ苦しくなる。
そして、
明け方になって、
ようやく眠りについた。
アリッサが目を覚ますと、
昼をすっかり過ぎていた。
重い頭を抱えて起き上がり、
昨日のことを思い出す。
――シンディとメイトリックスは?
慌てて家の中を探したが、
二人の姿はなかった。
テンも、
シンディが、
持って行ったままだ。
――どこに行ったんだろう。
不安が、じわじわと広がる。
アリッサは、
ゆっくりと厩舎に向かい、
パカラの馬体にもたれ掛かった。
――どうしよう。
静かに目を瞑った。
夕方になると、
二人とも隠れ家に帰ってきた。
メイトリックスは、
シンディとアリッサを目の前に座らせ、
静かに言った。
「わしらは、
ここを出て行かん」
「カサノバには、
次の隠れ家の鍵を返してきた」
そして、シンディを見て言った。
「最初から、お前を置いていくつもりなど
なかったからな」
そして、照れ隠しのように、
ふんと鼻を鳴らした。
シンディとアリッサの視線がぶつかる。
――あやまらないんだ。
そして、同時にふふっと笑った。
「それと、カサノバに聞いたんじゃが……」
少し口ごもる。
「幾つかの町で、
魔法使いの追放が始まったそうじゃ」
「追放って?」
アリッサが、小さく聞いた。
「町の人たちが、
魔法使いを追い出してるってことよ」
シンディは驚いた風でもなく答えた。
「私はここにいるわよ。
この家は町の外だから、
追い出されないわよね」
少し皮肉っぽい視線を、
メイトリックスに送る。
そして、シンディは
ガサゴソと
スマートウォッチを取り出した。
「アリッサ、これ、返すわ」
アリッサは、そっとテンを受け取った。
『アリッサ様、ただいま戻りました』
テンが帰ってきた。
聞きたいことが、たくさんある。
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