第47話 すれ違い
「へー、
あのマギーがねぇ」
シンディが
嬉しそうに言った。
「で、
お相手の名前は
なんて言うの?」
「エリオット。
けっこうモテそうなタイプなの」
アリッサは、
少し得意げに言った。
「それで?
今はどうなのよ?」
シンディが身を乗り出す。
「まだ何も。
でも、昨日はちょっと話せたみたい」
アリッサは、
ませた口調で言った。
『マギー様の心拍数が115。
エリオット様は113でございました』
テンが淡々と補足する。
「心拍数ってなによ」
シンディが尋ねる。
『心臓の鼓動回数でございます』
「だから何よ」
「二人とも、
緊張してたってことよ」
アリッサが補足する。
「まだまだ
進展はなさそうね」
シンディが笑った。
その向こうで、
メイトリックスが咳払いをした。
「くだらん」
アリッサとシンディの
会話が止まる。
一拍。
『メイトリックス様は
現在、疎外感を抱いております』
空気が止まる。
『会話に入れて差し上げるのが、
よろしいかと』
沈黙。
メイトリックスの耳が赤くなる。
「わしは、
そんな話に興味はないわ」
『メイトリックス様は
本心を言っておられないご様子です』
ばんっ。
メイトリックスは、
テーブルを叩いて、
黙って部屋を出て行った。
「テン……」
残された
アリッサとシンディは
頭を抱えた。
次の日の朝。
メイトリックスは、
うつむいたまま朝食を頬張っていた。
誰も何も言わない。
アリッサが、
恐る恐る口を開く。
「メイトリックスって、
交渉事がうまいよね。
あれは、
何かコツがあるの?」
シンディも続けて言う。
「値切ってくれて
いつも助かるわ」
メイトリックスが顔を上げて
話し始める。
「それはじゃな……」
『メイトリックス様の自尊感情回復を
目的とした会話でございますね』
空気が凍りついた。
『成功確率は高いと推測されます』
メイトリックスは、
立ち上がり、
出て行った。
「テン……
ちょっとは空気読んでちょうだい」
シンディの怒った声。
『空気に何か書かれておりましたか?
気がつきませんでした』
「テン、
今は黙ってた方がいいわよ」
アリッサはそう言うと、
メイトリックスの後を追った。
アリッサがついていくと、
メイトリックスは剣を持って、
山の上に出ていた。
そして、
無心で剣を振り始めた。
右に左に、器用に剣を振る。
止める、払う、衝く、切る。
その奇麗な動きはスムーズで、
まるで無駄が無かった。
上手い。
自分が以前やってみた時と、
動きが全然違う。
どれくらい経ったのか、
分からなかった。
アリッサは少し離れて、
その動きを、
ずっと眺めていた。
その日の夜、
アリッサは、
メイトリックスの部屋を尋ねた。
「なんじゃ、こんな時間に」
怪訝な顔。
「わしの部屋は、
女子禁制じゃ」
そして、ドアを閉めようとする。
「剣の使い方を教えて欲しい」
アリッサは、
思い切って言った。
『アリッサ様は
本気のご様子です』
メイトリックスは、
困った顔をする。
「お前はわしのようにはなれん」
「そんなの分かってる」
アリッサは、
強い声で答えた。
「強く……なりたいから」
そして、少し俯いた。
メイトリックスは、
少し迷っているようだった。
そして、練習用の木剣を一本手に取り、
アリッサに手渡した。
「まずは、この剣からじゃな」
メイトリックスは、
少しだけ視線を逸らした。
『メイトリックス様が
充足感を得ております』
「ふっ」
メイトリックスは鼻で笑った。
メイトリックスの
特訓は厳しかった。
木剣は、
思ったように扱えず、
何度もアリッサの体に当たった。
「痛っ」
でも本物の剣だったら、
大けがを負ってた。
「剣に振り回されるな」
「はい」
「剣の重みに逆らうな。
重さを使うんじゃ」
「はい」
「腕と剣のバランスを捉えて、
流れるように動かすんじゃ」
「はい」
「考えてから動くな。
無心で動くんじゃ」
「はい」
アリッサは、
何か言われる度に、
その言葉を心に刻んだ。
しかし、
全く思うように行かない。
「今日はこれで終わりじゃな」
汗だくでクタクタだった。
今にも倒れそうだ。
「ありがとう……ございました」
アリッサは、
体を引きずって、
ようやく部屋まで戻った。
ベッドに倒れ込む。
そのまま、
泥のように眠りについた。
「ごはんよー!」
シンディの声。
ふらふらと食卓に着く。
シンディが、
ちらっとアリッサに目を向ける。
「なんだか、疲れてるみたいね」
『アリッサ様は、
剣の特訓をお始めになりました』
「テンっ」
アリッサの鋭い声。
「剣の特訓ですって」
シンディの顔色が
みるみる変わった。
「ダメよ、そんなの」
そして、メイトリックスを睨む。
「メイトリックス?
どういうつもりなの」
メイトリックスは
少し黙っていたが、
ゆっくりと話し始めた。
「アリッサに頼まれた時は、
わしも断ろうと思ったんじゃがな」
続ける。
「強くなりたい、
と言ったんじゃ」
一拍。
「アリッサがあなたみたいに、
なれるわけないじゃない」
メイトリックスはうなずく。
「わしも同じことを言った」
「そして、この子は、
分かってると答えたんじゃ」
アリッサは、
少し恥ずかしくなって
顔を伏せた。
「剣は戦うためだけのものではない。
身を守ることも出来る。
練習して損はあるまい」
メイトリックスは、
優しく笑った。
シンディは、
それ以上何も言わず、
少しの間黙っていた。
そして、
突然、思いついたように言った。
「それじゃ、
私は料理を教えてあげるわ」
嬉しそうに続ける。
「料理は出来た方がいいでしょ。
女の子なんだから」
「そ、そうねー」
アリッサは、
慌てて誤魔化す。
「そのうち、ね」
……
『アリッサ様が
逃避準備を始められたようです』
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