第37話 おかえり
食糧は沢山残っていた。
干し草も。
アリッサは、早速、パカラに干し草を持っていった。
パカラは嬉しそうに、干し草をモグモグと食べている。
「そのままいい子にしててね」
そして、アリッサはゴソゴソと秘密基地に潜り込む。
適当な缶詰を開けて頬ばる。
通話用の管には、干し草と布切れを押し込んでおく。
――誰も他にいないけど、念のためね。
アリッサはスマートウォッチを取り出した。
それを、机のような箱にそっと置いた。
そして、祈るような気持ちでスマートウォッチの電源を入れた。
〈起動〉
画面に文字が表示される。
〈システム更新中〉
それだけだった。
待つ。
何も起きない。
音もない。
振動もない。
――失敗したのかも。
アリッサは小さく息を吐いた。
隣に壊れたスマホを置く。
黒く、ひび割れた画面。
もう、何の反応もない。
その時だった。
黒い煤のようなものが、スマホの隙間から滲み出してきた。
煙でも液体でもない。
粒子のような、細かなもの。
それは、ゆっくりと、スマートフォンからスマートウォッチの方へ流れていった。
そして、スマートウォッチの画面の縁から吸い込まれるように消えていった。
――今のは何?
アリッサの胸の奥に引っかかるものがあった。
以前、オペレーターが何気なく言っていた言葉。
『私は、ナノマシンを内蔵しています』
その時は深く考えなかった。
確信はない。
でも、何かが動いていった。
――今のがナノマシンだとしたら……
アリッサは、胸の奥がほんの少しだけ温かくなるのを感じた。
大きな期待はしない。
まだ、何も分からない。
それでも、少しだけ希望が持てた。
今は、このまま静かに待つしかない。
アリッサは、毎日、スマートウォッチを確認しに行った。
画面は暗いまま。
同じメッセージのまま。
昨日と何も変わらない。
指で触れる。
反応はない。
毎日同じだった。
今日も、時間だけが過ぎて行く。
このままじゃ、シンディとメイトリックスを助けに行けない。
無事なのか。
まだ生きているのか。
あの名簿の意味は何なのか。
確かめる方法が分からない。
考えないようにしても、頭から離れなかった。
アリッサは、秘密基地で寝そべったまま考えた。
――私が相談できる人って誰だろう。
一人だけ思い当たった。
カサノバ。
味方かどうかは分からない。
裏切られる可能性だってある。
それでも、他に頼れる相手が思いつかなかった。
アリッサは急いで出かける準備をした。
そして、パカラの手綱を握った。
進路を、町外れの酒場へ向けた。
今度は逃げるためじゃない。
確かめるために。
町外れの酒場は、相変わらずゴロつき達が集まって混んでいた。
カサノバは、アリッサとパカラを交互に見て嬉しそうに笑った。
「ずいぶん可愛がってくれているんだな。」
アリッサからパカラの手綱を預かる。
「前の持ち主も喜んでいるだろうぜ。」
そう言って、カサノバは寂しそうな表情を見せて、優しくパカラの背中をなでた。
カサノバの腕輪がカランと鳴った。
パカラは動かずに、大人しく撫でられていた。
「それで、今日は何の用だ?ボサボサの髪のお嬢ちゃん」
相変わらず嫌な奴だ。
「館行きについて、知ってることを教えて」
「それと、シンディとメイトリックスがどこにいるのかも」
カサノバは、ぽりぽりと頭をかき、困ったような顔をした。
「まずは入りな。話を聞くぜ」
そして、カサノバは酒場の店内を顎で指した。
「ミルクぐらいなら奢ってやる」
アリッサは、顔をしかめて舌を出した。
カサノバは二人の館行きの噂は知らなかった。
ただ、館のある場所の噂を教えてくれた。
旧ガルバン王国領。
メイトリックスの故郷だった。
「すまんな。本当に二人の居場所は
知らないんだ。」
カサノバが頭を下げた。
アリッサは意気消沈してパカラに跨った。
「お嬢ちゃん、またな。こいつはお土産だ。」
カサノバは、食糧の沢山入った袋をパカラに積んだ。
そして、軽くパカラのお尻を叩きアリッサを送り出してくれた。
アリッサとパカラが山の中の隠れ家に戻ると、スマートウォッチの更新が完了していた。
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