第33話 決別
乱暴に、
振り起こされた。
――砦に、
着いたらしい。
手足は、
縛られたまま。
身動きが取れない。
兵士に引きずられ、
建物の中へ
連れて行かれる。
そして――
檻の中に、
放り込まれた。
手足を縛られたまま、
服も、そのまま。
――少し、
想定と違った。
囚人服に
着替えさせられると
思っていたからだ。
檻の中を、
素早く見回す。
……なんだか、
前より古く、
薄汚れている。
その瞬間、
背筋がひやりとした。
鍵が、
電子式じゃない。
無骨な、
金属の鍵穴。
――古い鍵だ。
前のやり方じゃ、
出られない。
心臓が、
どくんと鳴る。
アリッサは、
髪の奥に
隠していたものに
指を伸ばした。
――赤い柄の、
折り畳みナイフ。
手探りで、
それを引き抜く。
食い込んだ縄に、
刃を当てる。
――切れる。
繊維が、
ほどけた。
手足が、
自由になる。
まだ、
兵士の気配はない。
スマートフォンは、
下着の内側に縫い付けられた
秘密のポケットに入れてある。
アリッサは、
慌てて息を整え、
口を開いた。
「……オペレーター」
反応は、ない。
画面を見る。
〈危険レベル:最大〉
――そんなこと、
分かってる。
時間がないの。
「鍵の場所を、
調べて」
『それは分かりません』
「どうしてよ」
『該当データが、
存在しません』
「そこを、
何とかしてよ」
悪態をつきながら、
別の可能性を探る。
「前に、
セキュリティの甘い場所なら
入れるって
言ってたわよね」
『はい』
『ただし、
外部スピーカー系統は
現在、
対策済みです』
唇を、
噛む。
「……じゃあ」
「どこなら、
入れるの?」
『一般書類の
格納場所です』
「そこを、
探して」
画面が、
切り替わった。
一般書類の
格納ディレクトリ。
無数のファイル。
――全部、
見るしかない。
一つずつ、
開いていく。
食堂のメニュー。
新兵用鎧の発注手順。
休暇申請の様式。
――なんだか、
会社みたいだ。
その時。
画面の隅に、
小さな警告。
〈削除済みデータの
痕跡を確認〉
一瞬だけ。
別のファイルが、
浮かび上がる。
ファイル名は、
ただ一言。
――「館」。
息を、
止めた。
そっと、
開く。
中身は、
名簿のようだった。
だが、
名前はない。
記されているのは、
対象者の特徴だけ。
新しい順に、
並んでいる。
一番上。
――勇者。
――魔法使い。
――二人組。
「……え?」
次の瞬間。
画面が、
切り替わった。
ファイルは、
跡形もなく消えている。
〈完全消去を確認〉
〈復元は
不可能です〉
アリッサは、
何も言えなかった。
檻の鍵が、
どこにあるのか。
結局、
分からなかった。
それにしても。
砦の様子が、
前とは
明らかに違っている。
服も、
スマートフォンも、
取り上げられていない。
扱いが、
雑だ。
統制が、
取れていない。
――人員不足?
それとも、
何か
別の理由があるのか。
それに――
さっき、
見たものは?
アリッサは、
背中に
嫌な汗を感じた。
胸の奥に、
不安が
じわじわと溜まっていく。
でも――
今は、
考えちゃ駄目だ。
アリッサは、
必死で
別の脱出方法を探した。
しばらくすると、
砦の雰囲気が変わった。
兵士たちは明らかに、
緊張している。
そして、一際、
甲高い靴音が響く。
――提督が来たんだ。
アリッサは震え上がった。
「不正アクセスを
検出したそうだな」
聞き覚えのある声が漏れて来た。
「はっ。しかも館内からです」
「……ふふっ」
「やっぱりそうか」
アリッサは思わず
スマホの画面を見た。
――アクセスがバレていた。
確かに、
危険レベルが最大と
警告が出ていた。
――それを無視してたのは
自分だ。
ここじゃ
オペレーターは使えない。
アリッサは
自分の無力さを
見にしみて感じたが、
どうしようもなかった。
ただ、
スマホを右手で
握りしめて、
次の瞬間を待つしかなかった。
提督の足音が、
遠ざかっていった。
どこかの部屋に
入ったらしい。
そして――
別の、
二つの足音が、
檻に近づいてくる。
兵士たちだ。
ガチャガチャと、
鍵を回す音。
檻が開く。
アリッサは、
そのまま
引きずり出された。
何も、
できない。
床を擦る音。
そのまま、
廊下を引きずられ、
提督の部屋へ
近づいていく。
「遅い。
早くせんか」
怒りに満ちた、
提督の声。
その一言で、
兵士たちの手が
わずかに緩んだ。
――今だ。
やるしかない。
アリッサは、
一瞬で
判断した。
すっと、
身体をひねる。
拘束を抜け、
兵士たちの方へ
向き直る。
折り畳みナイフを取り出して、
握って頭上に構える。
「こいつ――」
兵士の槍が、
アリッサのナイフを目がけて
振り下ろされる。
アリッサは、
迷わなかった。
ナイフを捨てて、
両手でスマートフォンを、
頭上に掲げる。
――受けた。
バキン!
ガラスと、
金属が
砕け散る音。
衝撃。
次の瞬間、
液晶は
一切の光を失った。
アリッサは、その衝撃で
思いっきり後に倒れ込んだ。
手の中でスマホの熱が冷めていく。
さよなら……ごめんね。
「何事だ!」
提督が
立ち上がる音。
兵士たちは、
はっとして
振り返る。
その隙に――
アリッサは、倒れたまま、
壊れたスマホを
思いきり投げた。
スマホは、壁に当たり、
跳ね返り、
そのまま、
提督のいる部屋へ
転がり込んで行った。
カラカラカラ。
床で回転する、
乾いた音。
部屋から、
スマホを拾い上げた提督の声が響く。
「……こいつは、
もう動かんな」
不満げに鼻を鳴らす音。
「もういい」
「お前たちは、
いつも
期待を裏切る」
冷たい断罪。
「子供は、
適当に
処分しておけ」
その言葉で、
兵士たちは
一瞬、凍りついた。
混乱。
恐怖。
命令と現実が
噛み合わない。
――その隙を、
アリッサは
逃さなかった。
アリッサは、
立ち上がって踵を返した。
――逃げる。
砦の出口へ。
体が痛い。
でも、全力で、
走る。
砦の外へ。
冷たい空気が、
肺に流れ込む。
アリッサは、
転がるように
砦を脱出した。
――もう、
オペレーターはいない。




