第31話 本能に従え
森での生活が何日か過ぎた。
毎日、パカラに餌をやり、味のない食事を摂る。
食材が心細くなればシンディの家へ行き、必要なものを調達してくる。
寝て、起きて、また同じ一日を繰り返す。
生きる以外に、目的のない日々。
時々、シンディとメイトリックスのことを思い出す。
――今、どうしているだろう。
何も言わずに出てきてしまった。
きっと心配しているはずだ。
あの時は本当に混乱していた。
――黙って出ていったのが、本当に正解だったのか……
アリッサは何度も考えた。
だけど、答えは出なかった。
そして、ある夜。
気配が森の奥から近づいてきた。
狼型の魔獣たちだ。
「オペレーター、通訳お願い」
『通訳モードに入ります』
『対象は、狼の魔獣』
「ウルフィ!」
アリッサが嬉しそうな声を出す。
大きな体を揺らしながら、ウルフィが前へ出てくる。
「勘違いするな」
低い声。
「お前に用はない」
そう言って、ウルフィはパカラを一瞥した。
「その馬をよこせ」
アリッサは、慌ててパカラの前に立った。
「駄目よ。この子は、食べ物じゃない!」
「ふん」
ウルフィが鼻を鳴らす。
「お前は、生きるために食うんじゃなかったのか」
皮肉だった。
でも、絶対にパカラは渡せない。
「この子は……」
アリッサは声を張り上げた。
「今の私の、唯一の救いなの!」
「救い?」
ウルフィは少し首を傾げた。
「救いとは何だ」
「お前は、ただ生きているだけじゃないのか」
胸に刺さる言葉。
アリッサは叫び声で返した。
「じゃあ、あなたはどうして生きているのよ!」
一瞬の間。
「……生きるのに、意味などあるのか」
ウルフィは静かに答えた。
「生き物は、本能で生きているだけだ」
「お前たちは、難しいことを考えすぎている」
「本能に、従え」
それだけ言うと、ウルフィは背を向けた。
振り返らない。
そして、仲間と共に森の闇へ消えていった。
アリッサはその場に残された。
本能。
感情。
――私がしたいことは、何?
アリッサは、パカラの方を振り返った。
大事なものを守りたい。
パカラ。
シンディ。
メイトリックス。
――何から?
帝国からだ。
でも、私は自分一人さえ守れない。
それでも武器はある。
オペレーター。
帝国が狙っているもの。
アリッサはそっと息を吸った。
そして、パカラに向かって言った。
「町に行くわよ」
「情報収集」
パカラは、ひひん、と小さく鳴いた。
それで十分だった。
アリッサは立ち上がった。
パカラを町外れに置いて、一人で町に忍び込む。
この町には何度も来ている。
もう勝手知ったる場所だった。
帝国の兵士たちは、いつも同じ酒場にたむろしている。
アリッサは、見つからないように、酒場の裏口からそっと中へ入った。
空いている席。
テーブルクロスの下に身を潜める。
息を殺して耳を澄ます。
そのうち店が混んできた。
帝国の兵士たちも近くの席にいる。
最初はくだらない話ばかりが聞こえてきた。
どこの飯が旨いとか。
どの店の女の子が可愛いとか。
聞いているうちに少しだけ眠くなる。
その時。
「ようやく砦の修復が終わって良かったな」
「そういえば、提督が砦に来るらしいぞ」
来た。
重要な情報。
「それまでに、あの小娘を見つけないとまずいな」
「似たような娘でいいんじゃないか」
「じゃあ、お前のお気に入りのあの子を連れて行くか」
「馬鹿。あいつ、とっくに二十を超えてる」
笑い声。
下品で無神経な笑い。
――提督。あの男が砦に来る。
――そして狙いは私じゃない。私の持つオペレーターだ。
アリッサは、兵士たちが酒場を出るのを待たなかった。
急いでパカラの元へ戻る。
――砦に、行こう。
あの場所で、この関係を断ち切る。
アリッサは、パカラの手綱を外した。
そして、そっと背中を押す。
「……パカラ、バイバイ。元気でね」
「悪い奴に、捕まらないようにね」
少しだけ考えてから付け足す。
「狼にも気をつけてね」
パカラは、名残惜しそうにぐるぐるとその場を回った。
けれど、やがて、ゆっくりとアリッサから離れていった。
――これで、いい。
――さあ。次は、兵士たちに捕まらなきゃ。
アリッサは、一度も振り返らず、町の方へ歩き出した。
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