第31話 本能に従え
森での生活が、
何日か過ぎた。
相変わらず、
パカラに餌をやり、
味のない食事を摂る。
食材が心細くなれば、
シンディの家へ行き、
必要なものを調達してくる。
寝て、
起きて、
また同じ一日を繰り返す。
生きる以外に、
目的のない日々だった。
時々、
シンディと
メイトリックスのことを
思い出す。
今、
どうしているだろう。
何も言わずに
出てきてしまった。
きっと、
心配しているはずだ。
あの時は、
混乱していた。
黙って出ていったのが、
本当に正解だったのか。
アリッサは、
何度も考えた。
だが、
答えは出なかった。
――そして、
ある夜。
気配が、
森の奥から近づいてきた。
狼型の魔獣たちだ。
「……オペレーター、
通訳お願い」
「対象:狼型魔獣」
〈通訳モード:オン〉
「――ウルフィ!」
大きな体を揺らしながら、
ウルフィが前へ出てくる。
「勘違いするな」
低い声。
「お前に用はない」
そう言って、
ウルフィは
パカラを一瞥した。
「その馬を、
よこせ」
反射的に、
アリッサは
パカラの前に立った。
「駄目」
「この子は、
食べ物じゃない」
ウルフィが、
鼻を鳴らす。
「……ふん」
「お前は、
生きるために
食うんじゃなかったのか」
皮肉だった。
だが――
パカラは渡せない。
「この子は……」
アリッサは、
声を張り上げた。
「今の私の、
唯一の救いなの!」
ウルフィは、
少し首を傾げた。
「……救い?」
「救いとは、
何だ」
「お前は、
ただ生きている
だけじゃないのか」
胸に、
刺さる言葉。
アリッサは、
叫ぶように返した。
「じゃあ、
あなたは
どうして生きているのよ!」
一瞬の、
間。
「……生きるのに」
「意味など、
あるのか」
ウルフィは、
静かに答えた。
「生き物は、
本能で
生きているだけだ」
「お前たちは、
難しいことを
考えすぎている」
「……本能に、
従え」
それだけ言うと、
ウルフィは背を向けた。
振り返らない。
そして、
仲間と共に
森の闇へ消えていった。
アリッサは、
その場に残された。
――本能。
――感情。
私が、
したいことは、
何?
アリッサは、
パカラの方を振り返った。
大事なものを、
守りたい。
パカラ。
シンディ。
メイトリックス。
――何から?
帝国からだ。
でも。
私は、
自分一人さえ、
守れない。
それでも。
――唯一の武器は、
ある。
オペレーター。
帝国が、
狙っているもの。
アリッサは、
そっと息を吸った。
「……パカラ」
アリッサは、
名前を呼んだ。
「町に、
行くわよ」
「情報収集」
パカラは、
ひひん、と
小さく鳴いた。
それで、
十分だった。
アリッサは、
立ち上がった。
パカラを、
町外れに置いてきた。
そして、
アリッサは
一人で町に忍び込む。
食材の調達で、
シンディの家には
何度も来ている。
この町は、
もう
勝手知ったる場所だった。
帝国の兵士たちは、
いつも
同じ酒場に
たむろしている。
見つからないように、
裏口から
そっと中へ入った。
空いている席。
テーブルクロスの下に
身を潜める。
息を殺し、
耳を澄ます。
最初は、
くだらない話ばかりだった。
どこの飯が旨いとか。
どの店の女の子が
可愛いとか。
聞いているうちに、
少しだけ
眠くなる。
――その時。
「そういえば、
提督が
砦に来るらしいぞ」
来た。
重要な情報。
「それまでに、
あの小娘を
見つけないと
まずいな」
「似たような娘で
いいんじゃないか」
「じゃあ、
お前のお気に入りの
あの子を
連れて行くか」
「馬鹿。
あいつ、
とっくに
二十を
超えてる」
笑い声。
下品で、
無神経な笑い。
――提督。
あの男が、
砦に来る。
そして、
狙いは――
私、
じゃない。
私の持つ、
オペレーターだ。
アリッサは、
兵士たちが
酒場を出るのを
待たなかった。
急いで、
パカラの元へ戻る。
――砦に、行こう。
あの場所で、
この関係を
断ち切る。
アリッサは、
パカラの手綱を外した。
そして、
そっと、
背中を押す。
「……パカラ」
「バイバイ」
「元気でね」
「悪い奴に、
捕まらないように」
少しだけ、
考えてから、
付け足す。
「……狼にも、
気をつけてね」
パカラは、
名残惜しそうに、
ぐるぐると
その場を回った。
けれど、
やがて。
ゆっくりと、
アリッサから
離れていく。
――これで、いい。
さあ。
次は、
兵士たちに
捕まらなきゃ。
アリッサは、
一度も
振り返らず、
町の方へ
歩き出した。




