第27話 大魔法使いサリー
メイトリックスの
心の中は、
ぐちゃぐちゃだった。
不安。
疑惑。
シンディの
無謀とも思える行動への怒り。
それに――
どうでもいいはずの、
カサノバへの
嫉妬心まで湧いてくる。
「……いかん、いかん」
「落ち着け、
わし」
小さく、
自分に言い聞かせる。
「まずは、
アリッサの看病が
優先じゃ」
何とか気を落ち着かせ、
アリッサの額に乗せていた
タオルを取り替えた。
ふう、と
一息つく。
その時だった。
「……そこに、
誰かおるか?」
いきなり、
老婆の声が
部屋に響いた。
メイトリックスは、
文字通り
跳び上がった。
「おるなら、
返事をせい」
慌てて、
声を絞り出す。
「……お、
おります」
「メイトリックスと
申します」
声の出所に、
気づく。
アリッサの
服のポケット。
先ほど落ちた、
あの
黒い金属の板からだった。
「よし、
ちゃんと
繋がったな」
老婆の声は、
どこか
嬉しそうだ。
「私は、
大魔法使いの
サリーと言う者だ」
「シンディとかいう
魔法使いが
こちらに来ておる」
「高熱の子供が
いるそうだな」
「もう少し、
状況を
教えてくれんか」
メイトリックスは、
一瞬だけ
迷った。
だが、
隠す理由はない。
昨夜から
高熱が続いていること。
汗が引かず、
熱がまったく
下がらないこと。
時折、
うなされていること。
一つ一つ、
丁寧に
説明した。
「……ふむ」
短い、
考える間。
「ところでな」
老婆が、
ふと思いついたように
言った。
「これは、
純粋な
好奇心なんじゃが」
「私の声は、
どこから
出ておる?」
「……鉄で出来た板のような」
「なんだか、
よく分からない
物です」
気づけば、
メイトリックスの
口調から、
いつもの
“爺さん言葉”が
消えていた。
「ふうん……」
「変な物じゃな」
「遠隔魔法で
使えそうな物を
探したら、
それが
見つかったんじゃが」
「……機械のような
物か?」
「いえ」
「私にも、
よく分かりません」
メイトリックスは、
胸の奥に
小さな警鐘を
感じていた。
これ以上、
話を続けるのは
危険だ。
だから、
話題を切る。
「……それで」
まっすぐに、
尋ねた。
「私は、
どうすれば
よろしいですか?」
「……ふうむ」
老婆は、
少し考えるように
声を低くした。
「正直に言うとじゃな」
「私にも、
本当の原因は
分からん」
その言葉に、
メイトリックスの胸が
沈んだ。
「恐らく、
魔法薬を
調合しても、
効かんじゃろう」
やはりか。
メイトリックスは、
がっかりと
肩を落とした。
だが、
老婆は続ける。
「だからな」
「この魔法使いに、
解熱剤を
持たせる」
「魔法薬ではない」
「普通の薬じゃ」
……ん?
メイトリックスは、
思わず眉をひそめた。
「どういうこと
でしょうか」
「原因は、
その娘の
心の中にある」
老婆の声は、
静かだった。
「強い、
ストレスじゃろう」
「それは、
私にも
治せん」
胸の奥が、
きゅっと締まる。
――ストレス。
わしらと
一緒にいることが、
負担なのか。
「じゃが」
老婆は、
きっぱりと言った。
「薬は、
応急手当てには
なる」
「熱を下げ、
眠らせることは
できる」
「とにかく、
待っておれ」
「この、
そそっかしい
魔法使いが
帰るまでな」
その言葉を最後に、
声は途切れた。
部屋に、
静けさが戻る。
メイトリックスは、
しばらく
その場に立ち尽くした。
……それにしても。
あの、
黒い板は
何だったのか。
なぜ、
アリッサは
あれを
持ち歩いている。
そして、
なぜ、
わしら二人に
隠しているのか。
何度、
考えても、
答えは出なかった。
違和感だけが、
胸の奥に
残っている。
「……はあ」
メイトリックスは、
大きく息を吐いた。
そうだ。
ここで、
自分が
アリッサを
疑ってどうする。
この歳の子供には、
知られたくない
秘密の一つや二つ、
あって当然じゃ。
見なかったことにしよう。
そして、
忘れよう。
シンディにも、
このことは
絶対に話さない。
それが、
守るということだ。
メイトリックスの中で、
静かに、
覚悟が決まった。
その時だった。
――外で、
慌ただしい足音。
そそっかしい
魔法使いが、
帰ってきた。
早速、
大魔法使いサリーに
貰った解熱剤を
アリッサに飲ませる。
あれだけ高かった
アリッサの熱は、
次の朝には、
すっかり下がっていた。
「ところで……」
「サリーとは、
どうやって
話したの?」
追及するような、
静かな声。
メイトリックスは、
一瞬、
言葉に詰まった。
「え、ええと……」
しどろもどろになりながら、
なんとか説明する。
話は要領を得ず、
肝心なところは
ぼかしたままだ。
「……まあ、いいわ」
シンディは、
小さく息を吐いた。
「アリッサが
元気になったんだもの」
その一言で、
話は終わった。
メイトリックスは、
九死に一生を得た。




