第26話 アリッサの夢
新しい隠れ家は、
思っていたよりも
ずっと広かった。
「じゃ、
ここが
アリッサの部屋ね」
一番小さい部屋だったけれど、
それでも――
やっと、
夢の
自分の部屋だ。
アリッサは、
嬉しくて、
狭い部屋の中を
ぐるりと駆け回った。
壁。
床。
天井。
全部、
自分の場所。
「あれ?」
ふと、
気づく。
「……ドアは?」
「無いわよ」
シンディが、
あっさり言った。
「私の部屋と
続きになってるの」
「便利でしょ」
――がっかり。
心の中で、
正直にそう思う。
でも、
ベッドはある。
それも、
使い放題だ。
完全な独立じゃないけど、
ゼロでもない。
なんとも、
中途半端な喜び。
……まあ、
いっか。
アリッサは、
考えるのをやめて、
ベッドに
そのまま倒れ込んだ。
メイトリックスは、
家の中を
あちこち歩き回っていた。
「うん、
ここは修理じゃな」
「水は、
地下水から
来ておるな」
「問題なさそうじゃ」
その声が、
部屋の向こうから
響いてくる。
シンディは、
もうキッチンに陣取っていた。
「広くて、
料理しやすそうね」
「火力も、
十分だわ」
――うるさいなあ。
アリッサは、
心の中で呟く。
口に出さなくても、
黙って
点検すればいいのに。
そう思いながら、
ベッドに
顔を埋める。
二人の声が、
遠くなっていく。
安心する音だ。
いつの間にか、
まぶたが重くなり、
アリッサは、
そのまま
うとうとと
眠りに落ちていた。
いつしか、
アリッサは
夢を見ていた。
自分は、
ITエンジニアだった。
机に向かい、
パソコンのキーボードを
叩いている。
画面に、
数字と文字が流れる。
そこへ、
一通のメールが届いた。
『本社は、
ビッグテック企業
ガーゴイル社に
買収されました』
『本日より、
新しい上司の指示に
従ってください』
嫌な予感が、
胸をよぎる。
振り返ると、
そこにいたのは――
スマートフォン。
オペレーターだった。
何をやっても、
追いつかない。
どんな作業も、
AIの方が速い。
正確で、
迷いがない。
自分の入力は、
遅く、
不正確で、
無駄ばかりだ。
勝てない。
どうしても、
勝てない。
オペレーターが、
淡々と告げる。
『業務不適合』
『提督に
報告、確認』
『館行き、
決定』
次の瞬間、
背後に気配が現れた。
帝国の兵士が、
両腕を掴む。
金属の感触。
冷たい。
嫌だ。
やめてくれ。
そう叫ぼうとして、
声が出ない。
気がつくと、
自分の身体が
変わっていた。
小さい。
細い。
――アリッサだ。
「やめて!」
「私は、
魔獣でも
魔法使いでもない!」
「子供は、
保護でしょ!」
必死に叫ぶ。
だが、
どこかから
あの、冷たい声が返ってくる。
『これは、
子供ではない』
『異質な存在』
『排除せねばならない』
視界が、
暗くなる。
「やめて――!」
跳び起きた。
息が荒い。
全身が、
汗でぐっしょり濡れている。
夢だ。
そう思おうとして、
違和感に気づく。
ポケットから、
スマートフォンが
滑り落ちていた。
ベッドの上で、
転がっている。
薄く、
液晶が点灯していた。
淡い光が、
アリッサの顔を照らす。
……見ている。
そう思った瞬間、
背筋が凍りついた。
その日の夜中、
アリッサは
高い熱を出した。
苦しい。
身体が、
内側から
焼けるように熱い。
「……そういえば」
メイトリックスが、
少し考えるように言った。
「夕食の時も、
元気が
なかったのう」
「疲れが、
出たんじゃろうな」
どこか、
呑気な口調だった。
シンディは、
何も言わずに動いていた。
冷たいタオルを
額に当てる。
汗で濡れた身体を、
丁寧に拭く。
何度も、
様子を確かめる。
必死だった。
アリッサの意識は、
現実と夢の間を
行き来していた。
昼間に見た
悪夢が、
何度も、
頭の中で
繰り返される。
『業務不適合』
『排除せねばならない』
「……やだ」
「……やめて」
うなされるように、
小さな声が漏れる。
シンディは、
その声を聞くたびに、
手を止めず、
世話を続けた。
夜が明けても、
熱は下がらなかった。
浅い息。
時折、
漏れるうめき声。
部屋の空気が、
重く沈んでいる。
やがて、
シンディが
意を決したように
顔を上げた。
「……魔法薬を調合する」
「材料を、
探してくるわ」
振り返って、
きっぱりと言う。
「メイトリックス」
「アリッサの世話を、
お願い」
「おい、
待て――」
メイトリックスが、
慌てて止めようとする。
だが、
シンディは
その手を振り払った。
迷いは、
なかった。
そのまま、
外へと
駆け出していく。
残されたのは、
熱に浮かされる
アリッサと、
そのそばに立つ、
メイトリックスだけだった。
「……うう……」
アリッサの、
苦しそうな
うめき声が漏れた。
メイトリックスは、
シンディを
追いかけていくわけにもいかず、
ただ、そこに立ち尽くしていた。
見よう見まねで、
冷たいタオルを
アリッサの額に乗せる。
汗を、
拭いてやりたい。
だが、
どうしていいか分からない。
仕方なく、
首元と、
手足だけを
そっと拭ってやる。
それでも、
熱は下がらない。
そのあと、
何をすればいいのか、
完全に分からなくなった。
アリッサが、
無意識に
布団を跳ね上げる。
「おっと……」
慌てて、
掛け直そうとした拍子に、
畳んであった
アリッサの服を
床に落としてしまった。
――カタン。
乾いた音。
何かが、
服のポケットから
転がり出る。
黒い、
金属の板。
鈍く、
光を放っている。
「……なんじゃ、これは」
拾い上げてみる。
重さがある。
冷たい。
どう見ても、
何かの機械だ。
まさか――
帝国の道具か?
ひっくり返すと、
文字が刻まれていた。
「……ガーゴイル社?」
聞いたことのない名。
その瞬間、
「……うぅ……」
アリッサの声が、
再び漏れる。
メイトリックスは、
はっとして、
黒い板を
元の服のポケットに戻した。
そっと、
何事もなかったかのように。
――なんじゃ、
今のは。
胸の奥が、
ざわつく。
アリッサが、
まさか――
そこまで考えて、
首を振った。
きっと、
拾ったもので
何か作ったのだろう。
あの子は、
手先が器用だ。
そう、
思うことにした。
だが。
違和感だけは、
どうしても
消えなかった。




