第24話 交渉成立
酒場の奥の、
個室へと
連れて行かれた。
カサノバの背後には、
不安そうな顔をした
男たちが
連なっている。
誰も、
笑っていない。
――愚連隊、
みたいな連中ね。
アリッサは、
ふと、
そう思った。
メイトリックスは、
ゆっくりと、
だがはっきりと話し始めた。
まず一つ。
シンディの飛行魔法は、
確実に
検知されていたということ。
それなのに、
帝国はすぐに
追っ手をよこさなかった。
時間をかけていた。
慎重すぎるほどに。
二つ目。
あの黒豹の魔獣は、
初めて見る存在だった。
魔獣でありながら、
明らかに
帝国に操られていた。
首の金属。
ぶら下がる装置。
不自然な動き。
そして三つ目。
あの黒豹は、
一度も
魔法を使わなかった。
使えなかったのか、
使わせてもらえなかったのか。
いずれにせよ、
魔法は
封じられていた。
――ここまでは、
連中も
知っている話だ。
でも。
アリッサしか
知らないことがある。
あの黒豹は、
あの後、
処分されていた。
回収されたのは、
機械だけだった。
魔獣は、
その場に
捨てられていた。
――それを見たのは、
アリッサだけだ。
でも、
それはきっと、
重要なことだと
思えた。
カサノバは、
一通り聞き終えると、
ふう、と息を吐いた。
「つまり……」
「帝国は、
魔獣を使って
新しい兵器を
作っている」
「そういうことか」
「恐らくな」
メイトリックスが、
短く同意する。
しばらく、
誰も口を開かなかった。
個室に、
重たい沈黙が落ちる。
やがて、
ふと思い出したように、
カサノバが言った。
「そういや」
「コロシアムでの
おまえの立ち回りも、
もう噂になってるぞ」
メイトリックスが、
眉をひそめる。
「……あの時、
暴れていた竜も」
「帝国の兵器か?」
「それは、
違うと思うのじゃ」
即答だった。
「竜は、
人を襲っていなかった」
「コロシアムに
現れたのは、
偶然じゃ」
「……そんな偶然、
普通は起きねえだろ」
カサノバが、
低く言う。
――だよね。
アリッサも、
心の中でそう思った。
「それじゃ、
対策を考えなきゃな」
カサノバは、
背後にいた連中の一人に、
小さく何か指示を飛ばした。
男は黙って頷き、
部屋を出ていく。
それを見届けてから、
カサノバは
こちらに向き直った。
身を乗り出す。
「で……」
「この情報の代わりに、
何が欲しいんだ?」
メイトリックスが、
わずかに口元を歪める。
ニヤリとした笑み。
「お主の隠れ家を、
一つ、
譲ってくれんか?」
それだけだった。
――そのために、
ここに来たのだ。
アリッサの中で、
一つの疑問が、
すとんと解けた。
「……ふん」
シンディが、
不機嫌そうに
鼻を鳴らす。
「いいぜ、
とっておきのを
譲ってやる」
カサノバは、
悪びれもせずに答えた。
「……そこは、
本当に安全なの?」
シンディは、
まったく信用していなかった。
カサノバは、
にやりと笑う。
「俺たちが、
いまだに生きてるのが
証拠だな」
メイトリックスも、
どこか疑わしそうにしていたが、
「まあ、
野営よりは
ましじゃろうな」
そう言って、
話を進める。
「場所と、
鍵をくれんか」
「その前に――」
カサノバが、
指を鳴らす。
「交渉成立の一杯と
いこうぜ」
合図と同時に、
テーブルの上へ、
次々とジョッキと
料理が並べられた。
「お嬢ちゃんは、
ミルクで
いいかい?」
――バカにしてる。
アリッサは、
はっきりとそう思った。
本当に、
嫌なやつ。
「それじゃ、
ホットにして」
「ティーカップで
いただけるかしら」
できるだけ、
上品な声で言った。
隣で、
シンディが
目を丸くしていた。
カサノバが、
ふっと破顔した。
「お嬢ちゃん、
やっぱり
俺たちと
飲まねーか」
「お断りよ」
「まずは、
その身なりを
何とかしなさいな」
即答だった。
その瞬間、
隣で
シンディが
思わず吹き出した。
アリッサは、
久しぶりに見る
シンディの笑顔に、
思わず嬉しくなった。
胸の奥が、
少しだけ軽くなる。
いい気になって、
アリッサは
カサノバに向かって、
ほんの少し得意げな顔をした。
その時。
――カラン。
軽い金属音が、
鳴った。
カサノバの腕から、
何かが揺れる。
……見覚えのある形。
アリッサの心臓が、
跳ねた。
慌てて、
シンディの手首を見る。
――同じもの。
まったく同じ腕輪が、
そこにあった。
……二つ?
シンシアの腕輪が、
二つある?
どうして。
言葉が、
追いつかない。
シンディは、
アリッサが
それに気づいたことを、
すぐに察した。
ほんの少しだけ、
顔を寄せる。
小さな声。
「あの嫌なやつ……」
「シンシアの、
元カレよ」
一拍。
「メイトリックスは、
知らないけどね」
アリッサは、
完全に言葉を失った。
アリッサは、
シンディが不機嫌だった理由を、
少しだけ悟った。
そして、
居心地が、
最高に悪くなった。




