第23話 町外れの酒場
朝になって、メイトリックスとシンディの目は、少し赤く腫れていた。
三人は静かに身支度を始めた。
誰も口を開かない。
アリッサは、昨夜の話を口に出しそうになって、思い留まった。
――胸の奥にそっとしまっておこう。
それでいい気がした。
身支度が終わると、メイトリックスが短く言った。
「さて、まずは連中に会いに行く」
シンディが露骨に嫌な顔をした。
アリッサは、その空気に気づかないふりをして、無邪気に聞く。
「連中って、誰?」
シンディは即座に答える。
「ゴロつきみたいな奴らよ、信用しちゃ駄目。裏切られるから」
メイトリックスは、ちらりとシンディを振り返った。何か言いかけてやめる。
そして、メイトリックスは何も言わずに歩き出した。
シンディとアリッサも無言で後を追った。
到着したのは、町外れの酒場だった。
派手な店構えで、カラフルなグラフィティが店の外壁を覆っている。
外に繋がれた馬たちも、競うように奇抜な装飾を施されていた。
どう見ても、まともな場所じゃない。
中からは、大勢の下品な笑い声が聞こえてくる。
酒と、汗と、何か危ない匂いが外にまで流れ出していた。
アリッサは思わず体をすくめた。
――不良の溜まり場だわ。
そんな言葉が頭に浮かぶ。
――もしかして。かなり、ヤバい人たちに会いに行こうとしてる?
恐る恐る聞いてみる。
「……わたし、こんな場所で保護されたりしない?」
アリッサのか細い声。
メイトリックスは、アリッサの不安に気づかないまま明るく答える。
「大丈夫じゃ」
「ここは安心じゃよ」
「帝国の連中は、こんな所には来んからな」
その言い方が、逆に少しだけ不安を煽った。
その間、シンディはずっと不機嫌だった。
酒場の中に一歩、足を踏み入れた。
その瞬間……
「よお、メイトリックスじゃないか!」
奥の席から、軽薄そうな声が飛ぶ。
「英雄のお出ましだな」
それに合わせて、わざとらしい歓声と下品な口笛が響く。
笑い声が、あちこちから聞こえてくる。
メイトリックスが、ほんの一瞬だけ顔をしかめた。
それから、いつもの調子で答える。
「……相変わらずだな」
声は落ち着いている。
奥の席から、リーダー格らしい男が立ち上がった。
酒杯を片手に、こちらへ歩いてくる。
そして、シンディとアリッサをなめまわすように眺めた。
「へえ……」
口元を歪めて、にやりと笑う。
「両手に華とはいいご身分だな」
「羨ましいぜ」
酒場に、くすくすと笑いが広がる。
――何、この軽い男。
アリッサは、思わず男を睨みつけた。
そして男は、もう一度シンディをちらりと見る。
シンディが一瞬だけ、嫌悪を混ぜた視線を返す。
男は少し苦笑して、アリッサに向き直った。
「なあ、お嬢ちゃん。俺たちのとこに来るかい?」
軽い声。
「もっといい女たちに、育ててもらえるぜ」
――失礼な奴。
アリッサは即座にそう思った。
シンディが、この男を嫌っている理由が分かった気がした。
アリッサは男を睨みつける。
「おっと。こえー顔だな」
男がにやにやと笑う。
「メイトリックス。ガキはちゃんと躾けておけよ」
その言葉に、酒場の笑いが一瞬だけ止まった。
皆がメイトリックスの反応を伺っている。
だが、メイトリックスは動じない。
落ち着いた声で淡々と言った。
「カサノバ。もう、軽口は終わりにせんか」
少し間を置いて続けた。
「帝国の情報を持ってきた」
その瞬間、カサノバと呼ばれた男の、顔色がはっきりと変わった。
さっきまでの下品な薄ら笑いが、顔から消えた。
酒場の連中の視線が、一斉にメイトリックスに集まった。
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