18
オズヴァルド様とは、もう一度しっかり明日の約束を確認してから丘の麓で別れた。
その後、待たせていた馬車に乗り込み屋敷へ向かう。
『ひとつ聞いてもいいか?』
馬車が走り出してすぐに心の中でワタシの声がする。
(なあに?)
浮かれた気分のまま、私は弾むように答える。
『アメリアは、なぜ末っ子王子がわざわざ訪ねてくると思っている?』
(ただ遊びにいらっしゃるだけでしょう?)
『……ワタシには、国から使者が来たことと無関係ではないように思えるが』
(あら、そう?)
『そうだ。それに、末っ子王子はアメリアのことを憎からず思っているようにも感じるが』
(それは……確かに、そうでしょうね)
『なんだ。気づいていたのか』
(もちろん。私のことを、夜の女神と重ねて見ていらっしゃるってことぐらいは分かっているわ)
オズヴァルド様が私に好意的なのは、私のこの黒髪と紫の瞳が夜の女神を連想させるからだ。
ひとりの女として好ましく思われているわけではないとよく分かっている。
――なんと美しい。その艶やかな黒髪と鮮やかな紫の瞳は、まるでこの世に顕現した夜の女神のようだ。もし叶うことなら、キールハラルの夜の砂漠に貴方を連れて行きたいぐらいだ。
私とオズヴァルド様がはじめて出会って、そんな言葉を賜ったのは王宮だった。
オールモンド王国とキールハラルの王族同士の顔合わせの席で、私は第一王子の婚約者――国内では婚約内定者だが、外国に向けては婚約者と称されていた――としてオズヴァルド様に紹介されたのだ。
そんな公式の場で、王族の婚約者である女に、ひとりの男としての好意を堂々と口に出来るはずがない。
あの場でのあれは、あくまでも『夜の女神の現し身』に対する賛辞だった。
もしもひとりの男としての好意からの言葉だったとしたら、第一王子の婚約者(……内定者だけど)を、単独で母国に招きたいと発言したことになってしまう。そうなってしまっては、良好な隣国同士の関係にヒビが入りかねないほどの大問題だ。
オズヴァルド様は、あくまでも『夜の女神の現し身』としての私を好ましく思ってくださっているだけ。
勘違いしてはいけないと、ちゃんと分かっている。
信仰する女神と同一視されるのは恐れ多いが、同時に特別扱いされることを嬉しくも思ってしまう。
この色を与えてくださった両親に感謝しなくては……。
『……気づいているようには思えないな』
呆れたような溜め息が胸の中で聞こえた時だった、馬車が不自然に急停車した。
「なにかしら?」
「アメリア様、いけません」
窓から外を見ようとした私を、侍女のエリスが止めた。そして私の代わりにそっと外の様子を伺う。
「……お屋敷の執事補佐がいらしているようです。護衛隊長となにか話しています」
「フォスターが来ているの?」
わざわざこの馬車を待ち伏せていたということだろうか?
でも、どうして?
しばらくして、馬車のドアがノックされた。
エリスに頷いてドアを開けさせると、フォスターと護衛隊長が乗り込んでくる。
フォスターは二十代半ば、筆頭執事の孫でひょろっと細身なので特に気にならなかったが、長身でみっしりと筋肉のついた壮年の護衛隊長が馬車の座席に収まると、なんだか急に馬車の中の空気が薄くなったような気がした。
「なにかあったの?」
「はい。少々まずい事態になっています。屋敷の方に、前触れもなくルコント様がいらしているのです」
「ルコント様? 確か……イスナール侯爵家のご長男でしたっけ?」
「そうです」
私の曖昧な答えに、フォスターはほっとしたようだった。
「確認しますが、会ったことは?」
「どこかの夜会で一度だけ……。粗野な感じがしてあまり好きにはなれなかったわ。たぶん、一年以上前のことだったと思うけど」
「やはり、嘘でしたか……」
フォスターが言うには、屋敷に来たルコント様は、私と結婚の約束をしていると言い張っているのだそうだ。私が婚約内定者の地位を降りたことを王宮で耳にしたとかで、これでやっと結婚できると満面の笑みを浮かべているのだとか。
「……会えばすぐにばれるような嘘をどうしてつくのかしら?」
「それなんですが、お嬢さまの馬車を捜してここに来るまでの間に、普段は見かけない傭兵達の姿が妙に目につきまして……」
屋敷から学園に通じる道のあちこちに、傭兵達はまるで隠れるように潜んでいるらしい。
『なるほど。その粗野な男は、アメリアとすんなり会う気はないらしいな』
心の中で響いた声に、どういうこと? と問い返す。
『言った者勝ちということだ。屋敷に帰る前にアメリアが攫われ女性としての尊厳を傷つけられた後、以前からの約束だからと言い張って、傷ついたアメリアを妻に娶るつもりでいるのかもしれない。もしくは、傭兵達に攫わせてから、自らの手で直接アメリアを汚――』
(もういいわ)
それ以上は聞きたくなくて、私は慌ててワタシの言葉を止めた。
「縁側でひとやすみ」がネット小説大賞の一次選考を通過しました。
読んでくださった皆さまのおかげです。
ありがとうございました。




